気づかなくていいよ そばにいてあげる
「
リアリティーに欠けるよね」
クリスマスの夜。俺を急に呼び出した名前は唐突にそう言った。
レギュラー達のクリスマスパーティーを抜け出して、指定されたファミレスに入れば、どこか呆けている名前の姿。
「…どうしたの?」
話の続きを促せば、名前はため息混じりに話し出す。
「別れよう。だってさ」
「…!」
言われた言葉は、少なからず衝撃だった。
「…さっき、学校帰りに呼び止められて、別れようって」
「…そうか」
でも…どこか喜んでる自分もいて、嫌になる。
「まさか今日だよ?今日。クリスマス。夢なんじゃないかって…そう思う。あ、でも精市と話してたらちょっと現実味帯びてきたかも」
自嘲気味に笑い、またため息を一つ。
「理由は?」
「…好きな子が出来たって」
「そう…」
「何がいけなかったのかな?結構仲良かったと思うんだけど」
明るい声。でも震えてる。
「そうだね、仲良かったと思うよ」
「だよねー。何がいけなかったんだろ」
泣きたいなら泣けばいい。でも彼女は泣かないだろう。
「私は好きだったんだけどなー」
「うん」
「魅力ないかな?」
「あるよ」
「幼なじみに言われてもねー」と茶化した言葉が返される。無理に笑おうとして、変な顔になってることは黙っておこう。
「…………」
「…………」
やがて訪れた沈黙。
ファミレス独特の騒々しさが、ここにはない。
「…ていうか、ごめんね。呼び出して。テニス部でパーティーあったんでしょ?」
「ああ、もう終わってたんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「そっか」
嘘。午後の部活こなしてから始まったから夜通しやるよ。まあそんなこと、絶対教えないけど。
「だから俺のことは気にしないで。俺に用があったんだろ?」
「あーいや…ごめん。呼び出しといて何なんだけどさ、別に何もないんだよね。ただちょっと、こう…さっきも言ったけど…夢みたいでさ。いろいろ唐突過ぎて、頭がついてかなくて」
名前は申し訳なさそうにしながらそう言い、窓を見る。
「…まだ夢の気分」
「……………」
名前につられファミレスの外を見れば、何組もの若い男女が仲良さそうに歩いていた。
街のイルミネーションに照らされて、キラキラと輝いて見える。
「……………」
俺は窓を見たまま動かなくなった彼女の頬を、むぎゅーとつまんだ。
「…いひゃい」
「つまんでるからね」
「…はにゃしへよ」
「やだ」
「……………」
名前は俺を睨んでくるが、頬が伸びている時点で迫力なんてない。
「いたい?」
「…いひゃい」
「じゃあ起きてるね」
そう言いながら頬から手を離す。
「…………そうだね」
名前は片方だけ赤くなった頬をさすり、そう言った。
「あはは、片方だけ赤い」
「誰のせいよ、誰の」
「俺、かな」
「あんた以外の何者でもないから!」
ああ、こう言う会話もいつ以来だろう。
「…うん。やっぱり名前はそうやって怒ったり笑ったりした方が可愛いよ」
「……………」
「沈んだ顔なんて面白いだけだしね。あはは」
「…ちょっと!それどういう意味!?」
「うんうん。怒った顔の方がいいよ」
「…怒った顔がいいって…女として不安なんだけど」
そう言ってため息をつくも、先程の様な暗い表情は見えない。よかった、いつもの名前だ。
「あー!やっぱり精市呼び出して正解かな!なんか考えるのが馬鹿らしくなってきた」
「ふふふ、それはよかったよ」
「やっぱり持つべきものは友達ね!」
屈託のない笑顔を俺に向ける名前。
友達。
幾度となく聞いてきたこの言葉。
そして何度も、俺を傷つける。
「…あ」
「?」
小さな声を聞き顔をあげると、名前は外を見ていた。その視線の先には、一組の男女の姿。男の方は俺も名前もよく知った人物だった。
…別れたその日にデートか。ずいぶん面の皮が厚いね。
「…好きな子ってあれ?」
「そうみたいね」
男女は親しそうに腕組みをしながら街を歩いている。
「あいつも見る目がないな。あんな女より名前の方が絶対いいのに」
「あはは、そう言われると気分いいよ」
名前はそう言ってから伸びを一つし、自分の頬を両手で軽く叩いた。
「よっしゃ!リセット!やっぱこういうときはドカ食いだよね!」
「…この時間に?名前、太るよ」
「いいの!クリスマスだから!ほら、精市もなんか頼んで!気分いいから奢ってあげる」
「…後で泣きを見ても知らないよ」
「どんだけ食べるつもりよ!まあいいや、あ。すみませーん!クリスマス限定超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐パフェくださーい!!−−え。売り切れ!?あーじゃあ裏メニューの超メガトンワンダーデラックス山噴火クレープでいいです。−−え。ない!?一体何ならあるのよー!!!」
「…あーあ。行っちゃった」
名前は席を離れ、店員の元へ。
「−−−!!」
「〜〜〜!?」
何やら交渉中のようだ。
「ふふふ、あの様子なら大丈夫かな」
心ここに在らずだったさっきとは違い、今はいきいきとしている。うん。やっぱり君は、そういう顔の方が似合うよ。憂い顔は似合わない。
「……………」
俺はもう一度外を見る。もうあの二人の姿は見えない。街はカップルで溢れてる。
何も知らない人が見たら、俺達も恋人同士に見えるのだろうか。
見えるだろうな。
でもそれはありえない。
名前にとって俺はただの幼なじみで、それ以上でもそれ以下でもない。
『やっぱり持つべきものは友達ね!』
何度も突き付けられる壁。
でも俺は、この立場も心地好い。
捨てられない。捨てたくない。
弱者の選択かもしれない。
だからこそ俺は、
「…ずっと、君を見ているよ」
近くに居るだけで幸せなんだ。
気づかなくていいよ そばにいてあげる例えその好意が、一生俺に向かなくとも
俺は君のそばにいる
俺はこの気持ちに蓋をするから
君は何も知らないまま
俺の、幼なじみでいてね
−−−
プリムローズ様提出作品。
クリスマスなのに…暗い!
夏に引き続き素敵な企画に参加させて頂き、ありがとうございました!
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