微笑みの仮面劇 | ナノ
六角にて3
「今日からマネージャーになります、天宮優です。よろしくお願いします」
結局、テニス部全部員の前で挨拶している私。フェンスの向こうには全女子生徒であろう塊がいる。
「…葵君」
「はい!何ですか!?」
「じゃあ私、海に居るから」
「えぇ!?」
要するにマネージャーは居るだけで良い。なら私はぼんやり海を見ていよう。仕事する気はさらさら無い。
「いや、あの!海はまずい…!」
「剣太郎、任せろ」
「サエさん!」
「天宮さん」
「…?」
呼ばれて振り向けば、テニス部副部長こと佐伯先輩。
「なんですか?」
「確かに居るだけでいいって言ったけど、初日一回くらいはやってくれないかな?」
佐伯先輩はちらっとフェンスの方を見てそう言った。
…成る程。女子生徒達に一回くらいは真面目に働いてるところを見せたいってことか。
私はそっとため息をつき、佐伯先輩を見る。
「わかりました」
「じゃあとりあえずドリンク作りから…
「柏木」
「かしこまりました」
「「え?」」
佐伯先輩と葵君が同時に声をあげる。
氷帝では禁止されてたけど、六角では禁止されてない。使えるものは存分に使う。これ基本。
「それで、次はなんですか?」
「ああ…じゃあ今から練習試合を行うから、そのスコアを…
「これですね、わかりました」
今日は柏木しか居ないから仕方ない。これは私がやろう。次からはもうちょっと使用人を連れて来るようにして……いや、でも私は形だけのマネージャーだから、大丈夫か。今日だけだし。
…そういえば、いつも浜にいるレギュラーが居ないな。私を無理矢理引き込んだ天根君も居ないし…サボりか。
さて、やりますか。
「…お疲れ様でした」
部活が終わった。後片付けも終わり、一般部員たちが帰路につく。
「柏木、お疲れ様」
「お疲れ様でした、優様」
洗濯物も柏木に丸投げして、大分楽した。今日私がしたのは簡単なスコアつけだけ。
「今日はどうなさいますか?」
「海に寄ってから帰る」
「…もう暗いです。お体に触ります」
「車から見る」
「かしこまりました」
自分の荷物を片付けて、私も帰路につく。
「天宮」
と思ったら、天根君に呼ばれた。
「…何?」
「地が出てるぞ」
「貴方以外居ないんだから問題ないでしょ」
相当不機嫌な顔をしていたんだろうと、少し反省。
「海に行くんだろ?」
「そうだけど」
「こっちだ」
天根君はテニス部の部室がある浜辺を指差した。
…なにかあるのか?
海に行きたかった私に断る理由はなく、彼の後に付いて行った。
「「「ようこそ!!六角テニス部へ!!!」」」
「へ?」
夕日に染まる浜辺で、レギュラー達がバーベキューをしていた。クラッカーが鳴り響き、声が揃って聞こえてきた言葉から推測するに…もしかしなくても、これは…
「天宮の歓迎会だ」
「…………」
歓迎会、私の…?
「じゃあ、まず初めは自己紹介からだよね!改めまして、六角テニス部部長の葵剣太郎です!」
「副部長の、佐伯虎次郎。皆にはサエって呼ばれてるよ」
「俺は知ってると思うが、黒羽春風だ」
次々とレギュラー達が私に自己紹介をしてくる。
「……………」
最後、天根君も自己紹介をしてきて、私もする空気になった。
おかしい。たかが名前を言うだけなのに、声がでない。
「…天宮優です」
やっとの思いで出たのは名前だけ。何かが変だ。私じゃないみたい。自己紹介なんて、社交界やら転入やらでいつもやってるのに。さっきの部活でもしたのに。
「よーし!じゃあ早速食べようか!これ持ってね」
佐伯先輩に渡されたのは、割り箸。
「はい、これ」
木更津先輩には、焼きそばの乗ったお皿をいただいた。
「次これなー」
黒羽先輩はその上に大きな貝をのせた。
「お皿、ここに置いて良いですよ!」
「椅子に居座る…プッ」
葵君は長机、天根君は椅子。
「これ。俺の秘蔵ドリンク、飲んでくれ!」
首藤先輩は不思議な色の飲み物を私の前に置いて行く。
「次の焼きそば出来たのねー」
樹先輩は奥のコンロで焼きそばを焼いていた。
「…じゃあ、皆食べ物持った?」
葵君の言葉に皆頷き、長机に集まる。
「それじゃあ、天宮さんの歓迎会に、いただきまーす!!」
「「「いただきまーす!!」」」
口上は変だが、皆楽しそうに食べはじめた。
私のお皿には湯気のたった焼きそばと貝。
「食べないのか?」
「あ…」
雰囲気に押され、固まっていた私に、天根君が話しかける。
「樹っちゃんは料理上手だ、食べなきゃ損だぜ」
黒羽先輩が焼きそばにがっつきながら、そう言ってきた。
…そういえば、私、焼きそば初めて食べる。
机にお皿を置き、割り箸を両手で割り、焼きそばに箸をつける。
麺を一口で食べれるよう箸で小さく畳み、口へ運ぶ。
「……おいしい」
素直な言葉が口から出た。
「そう言ってもらえると作った甲斐があるのね」
「ハマグリはどうだ?」
黒羽先輩が嬉嬉として聞いてくる。
…ハマグリって、この貝のこと?
箸でつまんで見るが、殻からとれない。
「……………」
もう一回。
「……………」
…もう一度。
「…とれない」
挫折。
「あー…手で持ってかじりつくのが手っ取り早いよ」
見かねた佐伯先輩がそんなことを言った。
「…手で、持って、かじりつく…?」
が、言われたことが衝撃過ぎた。
「手で、持って、かじりつく…」
復唱。
内容は変わらない。
「……………」
ハマグリを凝視。
「あ、そっか。天宮さんて、お嬢様何だっけ」
「とってあげようか?…クスクス」
「そういや、焼きそばも大分上品な食べ方してたしなー」
「…手で、持って、かじりつく…」
もう一度、復唱。
私は静かに目を閉じ、ゆっくりと目をあけ、ハマグリを見つめた。
「…郷に入っては郷に従え…というもの」
恐る恐る手を伸ばし、貝を口元へ運ぶ…
「「「……………」」」
レギュラー陣はその様子を凝視していた。
ぱく…
「………おいしい」
ハマグリは、おいしかった。
「だろー!俺とダビデが部活サボってとってきた奴だからな!」
「……サボタージュで…
「…おいダビデ!お前またくだらねーこと言おうとしただろ!!」
「え!ちょ!バネさんタンマ!!まだ何も…ぐはっ!!!」
「………………」
視界の端では見慣れた光景が広がる。本当に天根君は飽きないな。
「…あれ?天宮さん、今、笑った?」
「…え?」
佐伯先輩にそう言われ、手で頬を触る。確かに、今一瞬、気は抜けてた。
…私が、笑った?
「よかった!ずっと無表情だったから、楽しくないのかと思ってた!」
葵君が嬉しそうにそう言う。
「…いや、ちょっと戸惑ってまして、」
すんなり出来なかった自己紹介。
初めて食べる料理。
…そして、笑い。
「…とても楽しいです。ありがとうございます」
素直な気持ちでそう言えば、レギュラー達は素敵な笑みを返してくれる。
ああ、わかった。
私、こういうの、初めてなんだ。
友達なんて居なかった。作ろうとも思わなかった。にこやかに笑えば、皆が騙された。誕生日は豪勢な社交界。大人達に囲まれて、媚びを売られ、お嬢様として周りに合わせる。礼儀作法に縛られ、笑い方すら事務的になる。
初めて出来た友達すら、守れなかった。
私は、私自身でのコミュニケーションの取り方を知らない。
私の為にいくつもの金と、人が動いた。
でも、こういうのは、初めてだった。
同年代による手作りパーティー。潮風が吹き抜ける浜辺という会場。材料はほぼ目の前に広がる海から。
お金で塗り固められた社交界とは違う。
焼きそばも、ハマグリも、今まで食べてきたどの三ツ星シェフの料理より、おいしかった。
「……本当に…ありがとうございます」
上辺の付き合いに慣れてしまっている私にとってこの場所は、辛いような…こそばゆいような…不思議な場所だった。
「「「…………」」」
レギュラー達は顔を見合わせ、やがて笑い出す。
「これから!よろしくお願いします!天宮さん!!」
葵君は爽やかな笑顔でそう言った。
−−−
もし優ちゃんが六角のマネージャーになるなら…みたいな話。
勢いで書いたので、優ちゃんの性格ちょっと変わっちゃったかも…修正入ります、きっと。
後付け設定の柏木君。執事ね、一応。執事長とは違います。
本編で出て来る霊安室から飛び出したあと迎えに来てくれたのは柏木君。後付けだけど←
証拠写真を撮ってたのはメイド達。
ややこしーい!ごめんなさい。