微笑みの仮面劇 | ナノ
悪人
「何事だ!?」
しばらくして、跡部さんを筆頭にレギュラー陣が入ってきた。
彼等の目の前には、ドリンクタンクを持った私と、ずぶ濡れで青ざめてる姫川愛美。
まあぱっと見は私が悪者ね。あ、実際悪者か、ドリンクかけたの私だし。
「…何があった」
跡部さんは私を見て聞いてくる。
「姫川さんが……
「優ちゃんが…!ドリンク作ってたら急に真奈美ちゃんの敵討ちって言ってドリンクをかけてきたの!!」
「…………」
姫川は目に涙を浮かべ、跡部さんに擦り寄る。
おい、誰が真奈美の敵討ちって言った。しかも急に名前で呼ぶとか本当に気持ち悪いな。あーあ絶対制服にドリンクついたよね、跡部さんドンマイ。
「穂高の敵討ち、やて…?」
そんなことを思っていたら、忍足さんが聞いてきた。
「違いますよ」
「信じられるか!お前らどんだけ愛美をイジメれば気が済むんだ!!」
宍戸さんは頭に血が上っているご様子。すごい形相で睨んでくる。
「……………」
はあ…ため息でそう。
私はいつもの微笑みを携えて、レギュラー陣をみた。
「真奈美はたしかに私の友達ですが、敵討ちなんてしませんよ。私は私個人意志で動いてますから、敵討ちなんて責任転換しません」
レギュラーは黙り、跡部さんが私に話し掛ける。
「…天宮、何があったか説明しろ」
「姫川さんがご自分でドリンクを頭から被ったので、手伝ってあげただけですよ」
「愛美がそんなことするわけねーだろ!!」
「信じるも信じないも皆さんにお任せします。でもまあ…」
「私が姫川さんにタンクのドリンクかけたのは本当ですけどね」
「おまっ…!」
「!」
ドコッ!!
殴られた。忍足さんに殴られた。
なんだ、もっと冷静だと思ってたのに。あははは。頭に血が上るとみんなクズになっちゃうのね。
私は唇から流れる血を拭き、笑う。
「そのすまし顔がいらつくんや…!」
「忍足!!」
もう一発私を殴ろうとした忍足さんを跡部さんが止めに入った。
あーあダメだよ跡部さん。貴方はお客さんなんだから、この劇を楽しまなくちゃ。手出しは無用だよ。
「殴って気が済むなら殴ればいい。皆さん暴力でしか解決できない無能なんでしょう?」
「てめぇ…!!」
「宍戸やめろ!!天宮お前もだ。むやみに煽るな」
「…………」
あーあ跡部さんは分かってない。“わざと”煽ってるんだよ。
「忍足、とりあえず姫川を保健室に連れていけ。他の奴らは練習に戻れ」
「跡部はどうするんや」
「俺は天宮と話がある」
「…………」
レギュラーは納得出来なさそうな顔をしながらも、跡部さんに従った。
部室に残ったのは跡部さんと私だけ。
「何を考えてやがる」
しばしの沈黙の中、跡部さんが口を開いた。
「別になにも」
俺の問いに、天宮はしれっとした様子で答えた。
「…事実を話せ」
「事実もなにも、さっき言った通りですよ」
「…………」
わからねぇ。天宮が何を考えているのか。さっきの挑発は、自分から虐められるよう仕向けているようにすら見えやがった。
「ねぇ跡部さん」
「なんだ」
「これから私がすることに手出ししないで下さいね」
天宮は俺に詰め寄り、そう言って笑った。いつもの仮面のような笑顔じゃない。もっと、もっと…どす黒い闇色の瞳を携えた、妖艶な笑み。
「繰り返すんですよ。真奈美がされたことを再現するんです。殴られて、蹴られて、無視される。ね、跡部さん。私はそれを全部受けなきゃ。私は彼女の“友達”なんだもん」
にっこりと笑う天宮。
「“俺がお前を守ってやる”って言いましたよね?いりません、それ。跡部さんは姫川愛美を裏から崩すネタ持ってきてくださいよ。他の手出しは許さない。だってこれは…」
天宮はまた闇色の瞳で
「私の劇ですよ?」
笑いながら、そういった。
「お客さんはすっこんでて下さい」
「天宮…」
「では床掃除するんで、倉庫からモップとってきます」
「…………」
天宮が部室から出て行って、俺は一人残された。
「…………」
どこで何を間違えた…?あいつはいつからあんなふうに笑うようになった…?いつもの仮面のような笑顔の方がまだマシだ!あれじゃあまるで、
「あいつの方が悪人じゃねぇか…!!」
俺はやり切れない感情を机にぶつけた。