微笑みの仮面劇 | ナノ
開幕
「…ねぇ天宮さん。ちょっといいかな?ドリンク作ろ?」
「ああ姫川さん。わかりました」
フェンスで喚く子達の相手をしていたら、姫川愛美に話し掛けられた。
へぇ…ドリンクね。昨日は私を誘わなかったのに。自分が今どんな顔してるのか分かってるのかな?
「じゃあ行こ?」
「はい」
醜いよ
とってもね
二人っきりの部室。
私達は会話もせず、黙々とドリンクを作ってる。作ってると言っても、私がタンクに入れたドリンクを、彼女がレギュラーの専用ボトルに詰め替えてるだけだが。働いてるのは私だけだね、全く。
姫川愛美のボトル詰めが終盤に差し掛かった頃。
「あのね、天宮さん」
彼女がぽつぽつと話し出した。
「私はね、特別な人間なんだ」
「そうですか」
「神さまっているんだよ」
「そうですか」
「この世界は、素晴らしい所なのよ」
「そうですか」
ボトルを見ながらそう語りだす姫川愛美。
こいつ…頭おかしいんじゃないの?自分が特別なんて。阿呆らし。馬鹿みたい。くだらない。
「私は、選ばれたのよ…だから」
姫川愛美は呪文のようにそう言う。
「何をやっても許されるわ…」
虚ろな瞳には、ボトルなんて見えてないかもしれない。
「ヒロインは、二人もいらないものでしょ?」
「……………」
ああ、ヒロインか…
まるで漫画やゲームの中みたいに話をする。
「大丈夫」
姫川愛美は私に向き直る。その眼は虚ろな瞳から一転し、どこかぎらついていて、気持ちが悪かった。
「ちょっと、嫌われるだけだから」
そう言って近くにあったボトルを逆さまにし、ドボドボとドリンクを頭から被りだす。
「……………」
あーあせっかく昨日部室綺麗にしたのに。
からっぽになったボトルをポイと捨てて、彼女は私を見る。
「これで私が叫べば、貴女は終わり。怖いでしょ?ねぇ、怖いでしょ?」
彼女はそう言い、息を吸い込む。
そして…
バッシャアアアン!
私は彼女が叫ぶ前に、タンクのドリンクを彼女に向かってぶちまけた。
「…なっ…」
「遅い。長い。なんなのその前フリ。さっさと叫べばいいじゃない。頭からドリンク被って少しは頭冷えた?」
「あ、あんた…私にこんなことして良いと思ってるの…!?」
「はあ?お馬鹿さん、自分で被ってたじゃない。ほーら、自作自演じゃつまらないから、お手伝いしてあげたの。私いい人でしょ?」
「……………」
姫川愛美は驚いたように私を見て固まった。まあ急にタメになったんだし、当たり前か。
「ねぇ姫川さん。真奈美の時より頑張んなよ。滅多なことじゃ私は泣きもしないし、自殺なんてしない」
「ま、真奈美って…!」
あら、覚えてたんだ。
私は微笑みを携えながら、姫川愛美に向き直り…
「私は、何をされても」
にっこりと笑って
「笑っててあげる」
そう告げる。
彼女は青ざめ、叫んだ。
「…き、きゃああああああああああああ!!!」
さあ叫んで喚いてもがくがいい
貴女は私の手の上で踊る喜劇のヒロインよ
監督は私
生徒たちはみんな役者
観客は…そうね、跡部さんと日吉君かな
あははは
悲鳴は開幕の合図だよ
さあ
仮面劇の開幕だ