微笑みの仮面劇 | ナノ



猛獣


『…………』
『これを、ここに入れて…』
『……先輩』
『なぁに?』
『…粉の分量間違えてますよ』
『え!?』
『…それと晴れているんですから、洗濯は外干ししないと』
『で、でも…!』
『あ。このスコア、付け方間違ってる』
『…………』

あーあ。なんて滑稽なんだろう。さっきの部室でのことを思い出すたび、お腹が痛くなる。ドリンクも作れない、洗濯は部屋干しだし、スコアも違う。こんなに使えないマネージャーがあるだろうか?…まあ洗濯乾燥機は明日届くように手配しておこう。私だって外干しは嫌だ。焼けるじゃないか。

というか、わざわざあの女にマネージャーの説明をさせた跡部さんに悪意を感じる。私への嫌がらせだろ。あーむしゃくしゃする。そんなに朝、生徒会室で寝てたことを怒ってるのか。

「天宮」

そんなことを考えながら校門に向かって歩いていると、後方から声をかけられた。

「君は…」

振り向くと、テニスバックを肩にかけた青年が立っている。

この子は…確か…


『私の幼なじみ、レギュラーなんだ!』
『すごいじゃん』
『でしょ!?名前はね−−−』


そうだ。真奈美の幼なじみの…


「二年の日吉だ」

『日吉若って言うんだよ!』


ああ…君が

私はそっと笑いながら、日吉君を見た。

「立ち話もなんだし、車内でお茶でもする?」

そういうと、彼は小さく頷いた。






氷帝の正門から少し外れた小路に、その車は停まっていた。どこにでもありそうな普通より少し大きめのバン。住宅街に停まっていてもなんら疑問のない外装の普通車だ。しかしこのバンが、リムジン並の内装とちょっとやそっとの弾丸は跳ね返す程の防御力を誇っていることは、天宮家関係者しか知らない。

そんな車内で、私と日吉は優雅にお茶をすすっていた。

「で、何のよう?」

喉の渇きが潤った所で、私は日吉君にそう言った。

「…あいつの葬儀のあと、お前と跡部さんが話しているのを聞いた」
「……ふーん」
「興味なさそうだな」
「うーん、実際ないし。それを聞いた君はだれ側?私側?姫川側?それとも、真奈美側?」
「……どういう意味だ…?」

日吉君は眉間にシワを寄せて、私を見た。

「お前は真奈美のために復讐するんじゃないのか?」

…復讐ね

「幼なじみなんだからわかるでしょ?真奈美は復讐なんて望む子じゃないじゃない。これは私の自己満足。わざわざ“復讐”なんて名目はつけないよ。あの子のためにとか、そんな責任転嫁は嫌いだ」
「…………」
「…私はね、」


『私が貴女の居場所を取り戻す!姫川愛美の策略に乗るフリしながら叩き潰す!騙されたあいつらの根性も叩き直す!!』


「わからせてあげたいんだ」

日吉君は私の話しを静かに聞いている。

「自分達がいかに重いことをしたのか。いかに取り返しのつかないことをしたのか。……日吉君は?どうしたい?」

先程から黙ってしまった日吉君を見た。

「俺は…」

日吉君は少し考えるように俯き、そして言った。

「…元の部活に戻したい。それが、俺からあいつへの罪滅ぼしだと思うから」

戻したい、か
そうかもね。あの子は優しいからそれを望むよね。

「君は君のしたいようにしなよ。私は私のしたいようにするからさ。…そのかわり、口ださないでね」
「…………」

私がそういうと彼は何か言いたげに黙った。

「じゃあ運転手さん。日吉君、ちゃんとお家に届けてね。私は歩いて帰るわ」
「かしこまりました。優様」

日吉君はまだ何か考え込むように黙ってる。


「明日から、よろしく。日吉君」


私はそう言って、車から出た。







俺の家へ向かう車の中。適度な揺れに揺られながら、俺は思った。

爽やかな笑顔を振り撒いていた天宮。それは全校生徒から、天使の微笑みと例えられる程だ。


『…そのかわり、口ださないでね』


あの時、天宮は笑った。
いつもの爽やかなものではなく…そう、妖艶な笑み。まるで、この世の全てを見限っているような…そんな雰囲気。

俺には今のあいつが、死に場所を求めてもがく、手負いの猛獣にしか見えなかった。









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -