海寮 | ナノ



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前寮長が卒業する時、次の寮長に彼は私を指名した。
前任が怖かった寮生たちはその突拍子な指名に文句を言わず、私を寮長に押し上げた。成績は中の中、自身の隠蔽に必要不可欠な魔法薬学くらいしか誇れるものはないが、前寮長がいうには私が偶然の産物で手に入れたユニーク魔法があればなんとかなるらしい。
本当かよ。
「だが、なりたい奴が居たらいつでも譲ればいいさ。寮長なんてなりたい奴がなった方がいいからな」
寮長、副寮長は部屋が個室だ。女の私が苦労しないよう前寮長はそれを置き土産にしてくれたようだ。一年間とても世話になったが、最後まで見ず知らずの私を気にしてくれた。最後の最後まで悪人面だったが、とてもいい人だった。夜中には会いたくない顔だが。

寮長として初仕事である入学式を終えて、しばらく。
ある噂が流れてきた。
オクタヴィネルのアズール・アーシェングロットに願い事をすればなんでも叶うらしい。
ふむ。自寮の学生はなんとなく把握している。成績優秀、眉目秀麗、飛行術以外弱点らしい弱点のない後輩だ。まあ悪い噂でもない、人助けをしているのならば、海の魔女の慈悲の精神にかなっている。

だから放っておいたのだが、
どうしてこうなった。

「ロックウェール寮長。ここにあなたが寮長に相応しくないと思っている寮生たちの署名があります。この署名の元、この僕と、寮長の座をかけて決闘をしてください!」
「.........」

オクタヴィネルの談話室で一人茶をしばいていたら突然突きつけられた決闘の申し込み。正式なものとして学園長まで呼んでいるとは用意周到だ。
受け取った署名は確かにうちの寮生たちのもの。チラッと近くにいた寮生達を見れば、気まずそうに視線を逸らした。なるほど。
『オクタヴィネルのアズール・アーシェングロットに願い事をすればなんでも叶うらしい』
ーーお願い事を叶えるのに対価がないわけがない。海の魔女でさえそうだったのだから、彼らはきっと何か弱みを握られてこの紙に署名したのだろう。
「ロックウェール君、アーシェングロット君の決闘の申し出を受けますか?」
「.........」
署名をテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。肩に羽織った寮長の証しであるコートに手をかけた。

「本日をもって、オクタヴィネル寮寮長は、アーシェングロットとする」
「「なっ!!!!」」

愕然とした様子のアーシェングロットと学園長にコートを放り投げた。その場を立ち去ろうとする私に、アーシェングロットの慌てた声が届く。
「ま、待ってください!!僕は決闘を申し込んだんです!!」
「そ、そうです!あなたのユニーク魔法なら、アーシェングロット君なんて、いやいや片方の生徒の肩を持っては...いやしかし、うーんこのままアーシェングロット君が寮長になってしまったらうーんウンタラカンタラ...ブツブツ...」
「と、とにかく、僕と戦ってください!そして、僕を、
「もともと、」
アーシェングロットに向き直る。
「前寮長からなりたい奴が現れたら譲るよう言われていたし、その署名、寮生の半数以上が私の退身を望んでいるならそうするべきだ。そしてそれを集めた君には素質があるんだろう。だから無意味な決闘などせず、退身する」
「ッ!!!」
他人の注意をずらす魔法薬を使っている以上、本来であれば寮長などと目立つ役職はつかない方がいい。正直ちょうどよかった。部屋が個室ではなくなることはおいおいなんとかすればいいだろう。
「そ、そうですか...残念ですが決心は固いようですね。では、オクタヴィネルの寮長は本日より、アーシェングロット君ということで」
「なッ!!!!」
「あぁ、そのコートは前寮長のままだから大きければリメイクするといい」
言い忘れたことを言って今度こそ未練なく立ち去ろうとすれば一際大きく呼び止められる。

「取引ですッ!!!契約をしましょう!!!」

「...は?」
「あなたは決闘をしたくない、僕はあなたと決闘をし、寮生達の前で正式な寮長になりたい。双方の意見が合わない時は、取引をするべきでしょう?」
「寮生の前で私が決闘を棄権、寮長を辞職した今、次の寮長として指名されたお前は正式な寮長だ。学園長も認知している」
「いえ!寮長は実力を寮生に示してこそのはず。つまり僕はあなたに指名されてはいても寮生に支持されていないんです」
「......」

いや待て。そんなこと言ったら私だって前寮長からの指名だが??支持なんてなかったが???寮生達は前寮長が怖かっただけだが????

「ですので、決闘をしない代わりに、副寮長になってください」
「.........は?」

さあここにサインを!!!とスラスラとペンを紙に走らせた即席の契約書。本当になんの変哲もない契約書で、内容も在学中寮長アズール・アーシェングロットが望むまで副寮長になることといったシンプルなものだ。
「…………」
「…………」
「…まあ、いいか」
考えることを放棄した。
寮長は辞めたいと思っていたし、個室じゃなくなる心配もなくなるし、意外といい落とし所かもしれない。なぜ私を副寮長に望むのかは謎だが、まあ、いいだろう。
「...はい」
「...ッ!」
受け取ったペンでサラサラとサインをすれば、アーシェングロットは一瞬目を見開いたが、こほんと咳払いし、契約書を丁寧に畳んでジャケットの内側に仕舞い込んだ。
「で、ではロックウェール副寮長、これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくアーシェングロット寮長」




とまあこんな感じで副寮長から寮長になりまた副寮長に戻ったわけだ。アーシェングロットがなぜ私を副寮長に据えたのか、よくわかっていないが、寮長となった彼は凄かった。
私に決闘を申し込む前に学園長に話を通していたのか、モストロ・ラウンジというカフェを寮内にオープンさせ、弱みを握っている寮生達を適度にこき使い、軌道に乗らせていた。後になり実家がレストランテだと聞いたが、彼には経営手腕もしっかりとあるようだ。
寮生達は多かれ少なかれシフトに必ず入っているが、副寮長の私は入っていない。そもそも認識されにくい魔法薬を使っているせいで接客業が向かないのだが、アーシェングロットが僕にお任せをと何も言ってこない。新メニューの試食会に呼ばれるくらいで、本当に寮のことを何もしていない日々が続いている。

「お味はいかがですか?」
「美味しい、と思うが......なあ、毎回思うが、これ私の意見いるのか?」
「もちろんです」

他寮生が見たら胡散臭いと言われるであろうスマイルを、アーシェングロットはにっこりと浮かべた。




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