海寮 | ナノ



幸せな豆の日2



私は、どうやら乗り物酔いしやすい体質だったらしい。
えぇそうです。リーチ酔いです。

「気持ち悪い…」
「えぇー!俺の上で吐かないでね」
「降ろしてくれ…」

やっと地面に足がついて、どこかほっとしている自分がいる。やはり人間、地に足がついていないとダメらしい。そもそも、あの後もどこからともなく襲い掛かってくる怪物達を、私を抱えたまま撃退しているのだから察してほしい。えぇそりゃあもう飛んだり跳ねたり。しかも腹部は圧迫したままだし、頭に血は上るし。これで気持ち悪くならない方がおかしいと思う。

「おや、そこにいるのはフロイドですか?」
「あれ、ジェイドじゃん」
「あ!リタくんもいる!」
「ほんとなんだゾ!」
「リタさん!」

コロシアムの前の、縁石に腰掛けて気分を整えていると、ジェイドとダイヤモンドとユウとグリムがやってきた。みんな農民チームでここまで生き残ったらしい。

「ジェイドいいもん持ってんじゃん」
「えぇフロイド。とある筋からとだけ言っておきましょうか」
「リタくんも迷彩ジャケット手に入れてるんだね」
「あぁ。…ユウもグリムもよく生き残ったね」
「でももう豆がないんだゾ…」
「グリムは考えなしに投げるからだよ」

もう農民も怪物も残り少ない…それぞれ精鋭が残った。

「向こうにはトレイくんとルークくんが残ってるよ」
「副寮長コンビか…」
「トレイさんは一度僕の豆に当たったのですが、レアアイテムである復活薬をルークさんがお持ちでして、復活いたしました」
「それは惜しかったな。…しばらく会ってないけど、多分アズールとジャックも生き残っていると思う」
「あぁ…そのコンビはいい具合に役割分担ができていますね」
「ウニちゃんは俺の獲物だから手ェ出すなよ」
「…なにがあったんだゾ?」
「まあ、いろいろ」

「では乗り込む前に装備を確認いたしましょう」
「あぁ」

持ち豆は、ダイヤモンドが4粒、ジェイドは6粒、グリムとユウが0…、そしてフロイドが15粒。

「えぇー!なんでそんな持ってるんだゾ!?」
「珊瑚ちゃんがくれたから」

ロングレンチのビーンズシューターLが1丁に、ビーンズシューターSが2丁。『30秒だけ小さくなれる魔法薬』に『10秒だけ速く走れる魔法薬』…か。

「僕に少し考えがありますが、その前に。ーーフロイド」
「なぁにジェイド」
「あなたはジャックさんの相手が出来ればよろしいんですね?」
「うん、いいよぉ。ウニちゃんを仕留めさせてくれれば」
「ふふ、わかりました」

ジェイドは人好きのする笑みを浮かべた後に、とても愉快そうに顔をニヤァと歪めた。

「うわぁ、絶対ろくでもないこと考えてる」
「リタくんの後輩だよ、止めてよ」
「いや、無理」

「さぁ皆さん。お耳を貸していただけませんか?」

思わずダイヤモンドやユウ達と顔を見合わせてから恐る恐る聞いた作戦は、思ったより真っ当な作戦だった。








「…スキャン完了。怪物チームの残りは四名、農民チームの残りは六名…ですか。そろそろ、”仕掛けて”きますね」
努力の君ロア・ディ・フォート!」
「おーいアズール!」
「その呼び方とその声は、ルークさんとトレイさんですね」
「今しがた、君の腹心であるムシュー・計画犯にしてやられたよ。トレイくんは彼の鋭く狂おしい豆の一撃に散った…」
「おいおい、確かに撃たれたけど、お前が復活させたんだろ」
「ジェイドくんは遠くから豆を投射できる、ビーンズシューターLを所持しているようだね」
「残った農民チームのうち一人はジェイド…」
「あとは、ケイトとユウとグリムだな」
「…残り不明なのは二名…ということは必然的にあの二人ですね」

やる気のなかったフロイドを手懐けて、ここまで残ったのだろう。想像に容易い。

「残りの二人はリタさんとフロイドです。フロイドはジャックさんに執着してるはずですので真っ直ぐ乗り込んでくるでしょう。問題はジェイドとリタさん…」

あの二人がどう出るか…。








「では皆さん、これより竪琴奪還作戦開始です」
「あの怪物を乗り越えて、竪琴を手に入れられるのはユウちゃんだけだよ!」
「ウニちゃんはぁ俺が仕留めるから。小エビちゃんはその後のんびり取りに行けばいいよ」
「頼んだよ、ユウ」
「僕たちの命、あなたに預けます」
「ううっ、心臓が飛び出しそうです…!」

ジェイドの作戦をみんなで確認し、突入前に声を掛け合う。まるで運動会の円陣のようだ。勝ったらみんなで写真を撮ろうとの約束に、口を挟みたかったが、白けそうだったのでやめた。大事な最終決戦前に、チームの輪は乱すものではない。

「では、我々も行きましょうか。リタさん」
「ああ!」

私とジェイドは突入部隊とは別行動。三人と一匹を見送って、私たちもその場を後にした。









ケイト達がコロシアムに入ると、そこにはジャックとルーク、そしてトレイがいた。

「来たな、農民チーム!」
「愛の狩人の名にかけて、ここは通さないよ!ムシュー・マジカメ、それにムシュー・毛むくじゃら…おや、トリックスター・ユウくんの姿が見えないが…それにムシュー・計画犯と透明の人トンスターホンもいないね」
「なんでもいい、俺はあいつらを捕まえるだけだ!」
「俺も秘密兵器、『速く走れる薬』を飲んで…っと。今の俺の走りはさっきとは一味違うよ!けーくんの本気、見せたげる!」
「ウニちゃん、絞めにきたよ?」
「上等だ!ラギー先輩の仇をとってやる!!」
「あっはははは!!大人しく散れよ犬っころぉ!!!」

フロイドの雄叫びのような声とともに、ハッピービーンズデー最後の決戦が始まった。

「俺とルーク、2人を相手に琴が取れるかな?ケイト!」
「だからそういう揺さぶりは性格悪いって言ってるじゃん!」
「俺様もいるんだゾ!」
「忘れてないさ!ムシュー・毛むくじゃら!」
「ぎゃーー!こっちに来るんじゃないんだゾー!!

「ちょこまかと動いてねーで、ウニらしく止まってろよォ!!」
「俺は!狼だッ!!!」

ケイトは速くなった足でトレイとルークを翻弄し、コロシアムを駆け巡る。が、副寮長二人の壁は厚く、竪琴には近づけない。ジャックを執拗に狙うフロイドの豆は正確に彼を捉えるが、当たる寸前で避けられる。フロイドに苛立ちが見え始めるが、ジャックを狙う豆の正確さは変わらなかった。

「ーー時間だよ!フロイドくん!!」

トレイ達から逃げ回っていたケイトがそう声をかけると同時、フロイドは何かを竪琴に向かって思いっきり投げつけた。

「なんだ!?豆!?ーーいや、違うッ!」
「いっけー!小エビちゃん!!!」

フロイドが投げた”何か”は、次第に大きくなり…やがて空中で人の形をとった。

「「ユウ!?」」
「トリックスター!?」

「へへ『30秒だけ体を小さくできる』薬を飲んで、フロイドのやつにしがみ付いてたんだゾ!」

ユウは竪琴の少し手前で着地し、少しふらつきながら竪琴へ駆けていく。

「チィ!!!!」
「よそ見すんなよ!!!」
「くっ!!」
ジャックがすぐさま追おうとするが、フロイドの豆の強襲に阻まれた。

「まずい!竪琴が!!」
「行かせないよ!トレイ!」
「君もね!ムシュー・マジカメ!!」
「ふなああ!!トレイがユウに!!!」

トレイの手がユウに届く寸前、

ポコンっ!
「あいて!」

場にそぐわない、気の抜けた音が響いた。

「なに!?」

どこからともなく放たれたロングレンチのビーンズシューターの豆は、ユウに手が届きそうだったトレイの後頭部にクリーンヒットした。

「薔薇の騎士シュヴァリエー!!!」
「いまだ、ユウちゃん!!」
「は、はいっ!」
「おらあああ!!散れよぉ!!!」
「くっそ!!」

フロイドの豆を全て紙一重で避け、ジャックはユウへと駆け出した。








少し時間は遡り、本校舎前。

「やはり、ここに現れましたね、ジェイド」

ジェイドが本校舎前の狙撃ポイントにつくと、そこには待ち構えていたかのようにアズールがいた。コロシアムを狙う絶好の狙撃ポイントはここだあろうと、ルークに言われた通りだった。ケイトやフロイドを囮に使い、アズール達怪物をこの場所から一網打尽にする作戦…そうは問屋が卸さないとアズールは捕獲網を構え、ジェイドに相対す。

「ふふ、アズール。貴方なら僕の考えを読んで、ここまできてくれると思っておりました。その頭の回転の良さ、予測力。さすがは僕たちオクタヴィネルの寮長です」
「僕たちは今は敵同士…どんな言葉で助けを請おうが容赦はしません。そのロングレンジのビーンズシューターでは、至近距離で僕を狙うには、不利……」

アズールは自分の言葉に、ハッとした。ジェイドは楽しそうに笑っている。

「…してやられましたよ、ジェイド。あなた、ルークさんを利用しましたね」
「何故?どうしてそう思うんですか?」
「あなたのビーンズシューター…豆が入っていないんでしょう。ルークさんの狩人としての情報は、僕をここにおびき出すための陽動…」

ジェイドは笑みを深くする。
アズールはコロシアムを見下ろして、人数を確認した。


「本命は、姿の見えない……リタさん達だ!!!」


「ふふ、アズール。あなたは二つ勘違いをしています」
「なに…?」
「僕のビーンズシューターに、豆は一粒入っていますよ」
「…っ!」
「それに、他にもとっておきのがもう一粒」

ジェイドの言葉にアズールは警戒を強める。

「ね、リタさん」

同時に、アズールのフィールドスキャナーのスキャンが、完了した。

「っ!?」
いつの間にか自分の背後に現れた農民の反応。急いで振り返れば、豆を片手に持ったリタがそこにいた。そして、リタは豆を持ったまま、アズールの肩にそっと手を置いた。

「はい、退場」
「ジェ…ジェ、ジェイドおおおおおおおおおお!!!!!」
「ふっ!ふふふふふ…アズール。あなた、また…リタさんに退場させられてしまいましたね…!」
「お前!お前性格悪いぞ!!」
「あなたには負けますよ」

「…なんか盛り上がってるけど、まだやることあるんだろ、ジェイド」

「えぇ、そうでした」

アズールをからかっているジェイドにリタがそう声をかければ、ジェイドは装数一粒のビーンズシューターを構え、コロシアムを見据えた。

「やはり、仕留め損なった獲物は自分で片をつけませんとね」

そう言ったジェイドの目は、スコープ越しにキラリと光った。










「本年度の『ハッピービーンズデー』…優勝したのは…怪物チームだ!!!」
「「「わぁああーーー!!!」」」

バルカス先生の宣言通り、私たち農民チームは負けてしまった。

「怪物チームと、勝利に貢献したハント、クローバー、アーシェングロット、ハウルの四名には特別賞を進呈する!」
「はは、俺は直前で失格になったけどな」
「薔薇の騎士シュヴァリエに恥じない働きだったよ」
「だからそれやめてくれよ…」
「フン……」
「………………ありがとうございます」

簡易的な表彰台の上でアズールは眉間にシワを寄せ、とても不服そうにしていた。

「ふなーーーー!悔しいんだゾっ!!!」

ここにも不満を零すものが一人。いや一匹。

「いやーまさかユウちゃんが目を回したまま動いていたとはねぇ」
「…ごめんなさい」

そう、ユウは小さくなっていた間フロイドに振り回され、さらにはぶん投げられて、目を回してしまっていた。竪琴に手が届く前に足がもつれ、あっけなくジャックに捕まった。いやむしろ初っ端から転ばなかったユウを褒めたい。君すごいよ、私なら吐いてた。

ケイトもフロイドも豆を使い切り、農民チームはなす術なく怪物チームに捕まった。

「いえ、ユウさんは与えられた役目を立派に果たしてくれました」
「そうそう!予想外だったのはジャックくんの身体能力だって!あのフロイドくんの豆全部避けちゃうんだもん!」

「ちぇー、ウニちゃん絞めらんなかった」
「残念だったな」
「珊瑚ちゃんに俺のすげーとこ見せられなかったし」
「いや、十分見たが…」
ジャックとの激しい攻防戦こそ見られなかったが、その前の怪物チームを蹴散らしているところはよぉく見ていた。
「やっぱ怪物チームがよかったなぁー、珊瑚ちゃんも怪物チームがいいでしょ?」
「私は別にどっちでもいいな」
「えぇー」
「どちらにしろ、私は逃げるだけだし」
私がそういうと、フロイドは少し考えた後に、にっこり笑った。
「じゃあ来年も俺が珊瑚ちゃんを守ってあげるね」
「あぁ、同じチームだったらよろしく頼むよ」
なんの気まぐれか、フロイドはそんなことを言う。

「ねえみんな、負けちゃったけど一緒に最後まで残った記念に写真撮ろ?」
「はい、喜んで」
「いいよぉー」
「しょうがねぇやつなんだゾ!」
「あぁ、私は…」
「いいじゃないですか、たまには」
「お、おい、ジェイド…!」
 「ちゃんとマジカメにあげるときは加工させますので」
 「まあ、それなら…」
「では、せーーの、で……!」

パシャッ!!

グリムはユウが抱え私と共に前へ、リーチたちとダイヤモンドは後ろに並び、ダイヤモンドが腕を伸ばしてパシャリと写真を撮る。思えば、この世界に来て初めてまともに写った写真かもしれない。私のスマホにも送ってもらおう。例年よりだいぶ充実したハッピービーンズデーだった。





その日の夜、オクタヴィネル談話室

「なあジェイド、聞きたいことがあるんだけど」
「おや、リタさん。どうされましたか?」
「あのとき、お前だったら一人でアズールを撃てたんじゃないか?」
「ふふふ、僕を買いかぶりすぎですよ」
「そんなことないと思うが…」
「リタさんじゃなきゃあのアズールは見られなかったじゃないですか」
「……あぁそう」
「今日は、とても楽しかったです」
「…お前が楽しそうでなによりだよ」
「はい。来年は勝ちましょうね」
「同じチームだったらな」



一方その頃、アズールの部屋

「な、な、なんですかこれは!?」
アズールの手には、スマートフォンが握られている。その大きな画面には、ケイトのマジカメが写されていた。
「僕も一緒に写真撮ったことないのに!!!!」
写真には強めのきらきらしたエフェクトがかかっていて、輪郭などがぼやけているが、そこにはリタの姿が確かに写っていた。ジェイドたちに囲まれながら、写真に慣れていないのか、ぎこちなく笑っているのが妙にリアルだ。
「くっ…!僕だってリタさんと同じチームになりたいのに…!!!」
そう、そもそも敵なら自分で引導を渡し、味方なら献身的に支えて勝利に導く…本当はそんなことがしたいのだ。

アズールはこの時ばかりはリタを副寮長に指名したことを悔やんでいた。




top


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -