海寮 | ナノ



幸せな豆の日1



節分。
それは、古来より季節の変わり目の厄払い行事として執り行われてきた、元の世界の伝統行事の一つ。福豆と呼ばれる煎った大豆を、独特の掛け声とともに撒いて、年の数だけ豆を食う。そんな行事。
でも、このツイステッドワンダーランドにおける節分は、ちょっと違った。

『ハッピービーンズデー』と呼ばれるそれは、はるか昔にあったとされる『幸福の谷』の逸話が元になった行事だ。魔法の竪琴をめぐる、農民と怪物の物語。この世界の子供にはかなりポピュラーな逸話らしく、童話として絵本にもなっているらしい。だからこの世界の節分は、農民役と怪物役に分かれ、農民が怪物に豆を当て厄払いをする…というものになっているそうだ。

ただ、このナイトレイブンカレッジでは、それも少し違う行事になっている。

異種試合スポーツ大会と称されるその行事は、全校生徒が寮や学年関係なしに農民と怪物の2チームに別れ、竪琴を巡って勝敗を競うというもの。その昔、豆を投げつけられるだけの怪物役にうんざりした学生から暴動が起こり、大乱闘になってから、この様な制度に変わったそうだ。…まあ気持ちは分からなくもない。元の世界だって、鬼役をやるのは寛大な大人や、おじいちゃんおばあちゃんだ。ここの学生にそんな寛容さはない。

寮長と副寮長はパワーバランスの関係で、代々別チームになるように組み分けされている。各寮長のくじ引きの結果が、そのまま副寮長の組み分け結果となるのだ。

「イデアくんも農民チーム?けーくんと一緒だ!明日がんばろうね」
「…また、この陽キャしか楽しくない体力イベントが、来てしまった…」
「リタくーん!リタくんはーってまだわかんないんだったね、農民チームだったらよろしく!」
「あぁ、よろしく」

トレイン先生からくじを引いたクライスメイトたちは、ガヤガヤと盛り上がっている。このナイトレイブンカレッジ式『ハッピービーンズデー』は、勝利チームに体力育成の成績加点がある。しかも勝利に貢献した学生には特別賞としてさらなる加点ボーナスがつくのだ。みんながみんなそれ目当てではないが、もらえるもんはもらっておこうと、もしくは気に入らない先輩後輩に豆をぶつけるチャンスとして、この行事は結構盛り上がる。組み分けされたその日から、農民怪物両チームはバチバチと火花を散らしている。

私としては、特別賞は狙っていないが優勝チームの加点は欲しいなぁという気持ちと、一応副寮長という立場になってしまっているので序盤で敗退という無様な姿は見せたくないなぁという気持ちから、それなりに頑張っている。去年は怪物チームでなんとか勝利を収めた。豆からの逃げの一手だったので特別賞にはなっていないが、私を狙った豆の無駄撃ちによって消えた農民チームの豆の数はかなり多かったろう。ものすごく、逃げた。

さて、今年はどちらだろうか。








アズールは怪物チームだった。
つまり私は農民チーム。

「…今年の僕は、去年の僕と一味違います。あなたを下し、体力育成の特別加点をもらうのは、この僕です」

寮の談話室。
運営員会より掲示板に張り出された明日の寮内のチーム分け表を見ていると、後ろからそう声をかけられた。これから戦に赴く戦士のような形相で、アズールはキリッと私を睨みつけている。え、なに。

「あ、あぁ、お互い、がんばろうな」
「…なるほど、眼中にすらないと」
「え。いや、なんでそうなる」
「いいでしょう…去年の雪辱を晴らします。僕は、必ずあなたを捕まえる!」

ビシッという効果音がつきそうな勢いで、アズールは私を指差し、踵を返した。
…なにを、イラついているんだ?あいつ。

「...よくわからないな」
「昨年あなたに捕らえられたことを根に持っているのでは?」
「うわ、びっくりした」

私の背後に、いつの間にかジェイドがいた。フロイドもその隣でめんどくさそうに欠伸をしてる。

「僕たちも農民チームなんです」
「双子は別れないのか」
「特にそういった制約はないようですね」
「そうか」
「では明日はよろしくお願いしますね、副寮長」
「あぁ」

ジェイドたちは、私の横を通り過ぎ、自室へ戻っていった。

「...うーん」

去年のハッピービーンズデー、たしかに私はアズールを捕まえた。目の前の怪物に集中しているところを後ろから、ポンと、肩を叩いた。目が飛び出るくらいひん剥いていたのを覚えている。でもあれは、たまたま私が隠れていたところにアズールたち農民とそれを追っていた怪物たちが来て、たまたま背後がガラ空きだったから巻き込まれる前に先手を打ったのだけど…。うーん。

「...漁夫の利が気に食わなかったのかな」

まあ考えても仕方ない。
明日はハッピービーンズデー。無理のない程度に頑張るかな。







出発地点はそれぞれランダム。私はB-2ポイントだった。ちょうど鏡舎の近くだ。同じ出発点の寮生から一緒に行きましょうとの誘いを受けて、三人のチームで移動する。やはり一番初めにやることは補給物資の調達だろう。…そういえば、ユウはどちらのチームになったのだろうか。確認し忘れた。

「…副寮長」
「うん?」
「補給物資がありました。しかし…」
「あぁ、絶対待ち伏せあるよね」

鏡舎から少し離れた林の中で、ポツンと農民用の補給物資ボックスが置いてある。絶対、怪物チームが潜んでいる。私たちも潜みながら進んでいるので、まだ気付かれていないだろうが、このままでは戦闘は必至だろう。さて、どうしようか。やはりここは副寮長である私が先頭切って囮になるべきだろうか。潜んでいる学生がサバナ生だと詰みだが、他の寮だったらなんとか撒けないだろうか。

「…副寮長」

そんなことを考えていると、二人の寮生たちはお互いに頷き合ってから、私を見た。

「僕らが囮になります」
「その間に物資の調達をして下さい」
「え。いや、それなら私が、」
「少しの間でしたが、副寮長とチームを組めて嬉しかったです」
「僕らの分までお願いします」
「え、いやそんな、これから死ぬみたいな言い方しなくても…」
「おら行くぞ!」
「おうよ!!」
「あ、おい!」

二人は私の制止も聞かず、物資に向かって飛び出していき、潜んでいた多くの怪物チームを引き連れて林を抜けていった。

「えぇ…」

あの子達は、足に自信のあるタイプの人魚だったのだろうか。それとも数少ない私と同じ人間だったのだろうか。というか、

「結局、ひとりになってしまった」

このハッピービーンズデーの必勝法は少数精鋭のチームを組むこと。去年一昨年は、影が薄すぎて単独行動をとっていたが、今年は寮生が声をかけてくれて、せっかくチームを組めていたのに…。

「…もしかして、程よく捨てられたのか…?」

ありうる。同じポイントだったから声かけたけど、やっぱりお飾り副寮長のお守りなんてしてられねーぜ、と。そういうことか。納得した。なんて人望のなさ。知ってた。

「…物資、あけよ」

せっかく海の魔女の如く慈悲深い寮生達が、お飾り副寮長に残してくれた物資だ。大事に扱おう。

内容は【豆袋、魔法の迷彩ジャケット一着、煙幕弾】だった。…結構良いのでは?

赤と黄色、派手な色の迷彩ジャケットに身を包み、体に馴染ませるように伸びをする。この魔法の迷彩ジャケットは着用者に合わせて服のサイズが勝手に変わる。…うん、いい感じ。

「さて、例年通り、逃げの一手といきますか」

私は早速茂みの影に身を潜め、姿勢を低くし、移動を開始した。









「ジャックさんとラギーさんは、このハッピービーンズデーで敵に回すと厄介な人は誰か、ご存知ですか?」

サボっていたレオナさんを捕まえて、ラギー先輩を仲間に引き入れて、新たな農民チームを探して辺りを捜索していたときに、アズールがそう尋ねてきた。

「うーん、やっぱりマレウス・ドラコニアじゃないっスか?」
「ディアスムニアの寮長…!」
「えぇ…確かにマレウスさんは脅威です。…しかし、彼よりもっと私たちの身近にいるんですよ、一人、厄介なのが」

アズールは眼鏡の縁を指で押し上げ、俺たちを見据える。その目は、獲物を前にした捕食者のように鋭い。俺は思わず生唾を呑んだ。

「一年前から準備してきて、今そんだけ重装備のアズールくんが厄介と感じるやつ?わっかんないっスねー」
「俺らの身近に、そんな猛者が…戦ってみてえ!」

ラギー先輩と二人でアズールを見ると、奴は口元を震わせながら小さくその名前を言った。

「…ーーーです」

「「え?」」

「ですから、うちの副寮長です」

「「………」」


チクタクチクタクチーーーン


「はい、かいさーん」
「っス」
「集合ッ!!僕は冗談で言っているわけではありませんよ!」

死んだ目のラギー先輩とアズールに背を向け歩き出すが、アズールは俺たちの前に出てそれを止めた。

「いやそうは言ってもね、アズールくん。君がリタさんに対しておっもーい感情を持ってるのは知ってるけど、いくらなんでも色眼鏡かけすぎっス」
「俺も、リタ先輩は尊敬してますけど、この魔法禁止の体力イベントでそんな厄介になる気は…」
「…甘いですよ、二人とも」

アズールは小さく息を吐き、俺たちを真っ直ぐに見つめる。

「あの人は本気のフロイドのかくれんぼから脱したこともあるんです」
「確かにやる気ある時のフロイドくんってなにやらせてもめちゃくちゃすごいから、それから逃げきったのはすごいと思うっスけど、魔法が使えないんスよ?」
「…あの人の十八番は、確かにあのユニーク魔法です。しかし、あなた達も知っているはずだ、あの人が普段使っている魔法薬を!」
「!!」
「あの、気配薄くなるやつっスか?」
「えぇ」
「でも魔法使用が不可なんだし、それも反則で禁止されてるんじゃ…」
「あの魔法薬は学園長公認の、あの人の秘密を守るためのものです。バルカス先生だって使用禁止にはできないはずだ。現に、去年あの人は最終メンバーの一歩手前まで生き残っています。おそらく、逃げ隠れて」

確かに、そう考えるとリタ先輩は厄介かもしれない。魔法薬で気配が薄くなっていて、効果を知っている俺たち以外は獣人でも見つけにくい。

「…しかも逃げ方や、隠れ方が、普通じゃないんですよ」
「「え」」
「普通ほふく前進で茂みの中を進みますか?しかもあの人、小柄な体格を利用して木の窪みとかに身を潜めるんですよ。この学園は高身長で体格の良い学生が多いですから、茂みの裏は見ても茂みの中など低い地面をそれほど注意して見ません。というかそもそも最終的には琴を奪うゲームであって、逃げ延びるゲームではない」

アズールは忌々しそうに、そう吐き捨てる。
…確かに、上はよく見るけど下はそんなに見ていなかった。ていうか、リタ先輩は雌なのに地面這いずり回って移動すんのか…。

「アズールくん…詳しいっスね。というか、去年とかアズールくんも魔法薬のせいでリタさんを見つけられない筈なのに、なんでそんな詳しいっスか?」
「本人にどこにいたのか問い詰めたんですよ…。なんとも思ってないのか、ペラペラ話して下さいました」
「あぁ、なるほど」
「…今年は、違います。あの人が見えにくくなる魔法薬も、……紆余曲折ありましたが、攻略しましたし、ジャックさんという強力な助っ人も手に入れました」
 「まあ、ある意味自分で攻略したようなもんっスかね」
 「オバブロしなかったら今も見つけにくいままっスからね」
「うるさいですよ!」

コホンと咳払いをして、アズールは小さく拳を握る。

「とにかく!去年の雪辱を晴らすために、僕はあの人を必ず捕まえる!!」

「「………」」
俺とラギー先輩はお互いに顔を見合わせた。

「…アズールくんがリタさんを厄介と感じるのはわかったっスけど…なんていうか、そのー」
「去年の雪辱って、去年リタ先輩に捕まったか、豆当てられたかしたのか?」
 「うわ、ジャックくん直球」
「…捕まりました。去年僕は農民で、あの人は怪物でしたから」
「リベンジに燃えてるわけか、アズール先輩あんた意外と熱いとこあるんだな!」
 「えー…それは都合よく解釈しすぎじゃ…」
「…えぇ、悔しかったです。でも僕が一番悔しかったのはあの人に捕まったことじゃない」
「は?」

「あの人…最後の最後で、これから竪琴を奪う奪われるという大一番を目の前にして!どこの寮だったかも覚えられないようなポッと出の一般生徒にあっさり豆で打たれたんですよ!!!!!」

「…は?」
「うわぁ…」

「この僕の背後から音もなく近づいて…そっと肩に手を置く実力があるのに!なにあっさり豆に打たれてるんですか!!!あんな姿を見るくらいなら僕があの人に引導を渡します!!!」

「え」
「相変わらずこじらせてるっスねぇ…」

アズールは拳をわなわなと震わせながら、悔しそうに顔を歪ませていた。

「…要するに、リタさんが自分以外に捕まるところを見たくないんっスね」
「でももう開始からかなり時間が経つが…捕まってたらどうするんだ?」
「あの人がそう簡単に捕まるわけないじゃないですか。なめているんですか」
「「即答っスか/かよ…」」

アズールはさも当然といった様子でそう言い放った。








「…うーん、また豆か」

林から移動をし、やはりビーンズシューターが欲しいから次の補給物資を求め、地図をもとに辺りを捜索している。移動途中、怪物チームと農民チームが衝突している場面に遭遇し、漁夫の利でまたもや物資を手に入れたが、入っていたのは豆袋のみ。うーん、豆の残数のみ増えていく。

シェーンハイトが引き連れた農民の集団にも一度遭遇したが、声をかける前に移動してしまった。あぁ現役モデルの前では、影が一層薄くなる。…いや、私の魔法薬がうまく効いている証拠なのだけど。

とりあえず最終目的である竪琴のあるコロシアムに向かいつつ、物資確保に動いていると、後ろから猛スピードでかけてくる人影が見えた。急いで姿勢を低くし、垣根に隠れる。どうやら怪物に追われてきた農民のようだ。先の正門で追い詰められて、三人の怪物に囲まれてしまった。あぁ、あれな無理だ。追い込み漁みたいなことされている…。

よく見たら追っていた怪物はジャックで、挟み撃ちに出てきたのはアズールとラギーだ。うわぁ、頭脳と体力が揃ってる精鋭部隊だ。すごいな、逆によく集まったな……って、アズールがつけてるゴーグル…あれは、フィールドスキャナーじゃないか?ま、まずい…!!逃げないと!

垣根から出て、姿勢を低くして彼らと反対側に走る。フィールドスキャナーは敵味方の位置を使用者に一定期間のスパンで知らせるというもの。フィールドスキャンの索敵範囲はフィールド全体。スキャンのタイミングと合わずにすんで欲しい。まだ気づかれていないようだが、この距離は獣人にとっては一瞬だ。アズールなら撒けるかもしれないが、ジャックとラギーからは逃げられる気がしない。

学園裏の森の奥まできて、乱れた息を整える。久しぶりに全力疾走なんてした。気づかれずに済んだのだろうか。

「あれ、珊瑚ちゃんじゃーん」
「ん?」
「こんなところでなにしてんの?」

頭上からのんびりとした声が聞こえ、見上げれば木の上で伸びきっているフロイドがいた。

「…お前こそ、そんなところでなにしてるんだ?ものすごくくつろいでるじゃないか」
「だって気がノらねーんだもん。俺も怪物チームが良かったなぁー」

フロイドは大きく欠伸をして、かったるそうにしている。本当にこのイベントに対してやる気がないらしい。普段捕食者であるフロイドは、追われる側である農民チームということが気に入らないそうだ。

「で、珊瑚ちゃんも休みにきたの?」
「休みにというか、逃げてきたというか…」

 「間違いねえ!こっちから匂いがする!」

「!!」

少し離れたところから、話し声が聞こえてくる。
撒けていなかったのか…。まずい、私一人であの三人に挑むのは分が悪過ぎて流石にしたくない。かといってやる気のないフロイドをやる気にさせるのはもっと大変だ。ここは逃げるしかない。

「じゃあなフロイド、」
「えぇー!行っちゃうのー?」
「ぐぇ!は、離せ…!!」

声と反対方向に駆け出そうとしたら、木の上から長腕が私の襟首を掴んできた。首が、絞まった。

「つまんねーから珊瑚ちゃんもここで昼寝しよーよ」
「絞まってる…!絞まってるから離せ…!!」

話し声と、足音は着実にこちらへ向かってきている。このままでは味方に絞められたまま捕まるという一番無様な農民になってしまう。それだけは、避けなければ…!!

「わかった!わかったから!!一緒にいるから!引き上げてくれ!!!」
「あは、おっけー!」

フロイドは襟首から手を離し、私に手を差し伸べた。その手を掴んで木の幹を駆け上がり、奴のいる枝とは違う枝へと手をかけた。フロイドの手を離し、駆け上がった勢いのまま枝に身体を乗り上げ、すぐさまさらに上の枝に移動する。その様子をフロイドは不思議そうに見ていたが、私を追ってきたかもしれない三人の話し声が徐々に大きくなり、フロイドもそちらに目を向けた。

「あー怪物チームの奴らじゃん」

「フロイド!!」

おそらく思ってもみなかった人物の登場に、アズールは露骨に狼狽え残りの二人に注意を促す。ジャックは誰であろうと農民なら捕まえるだけだと豪語するが、当の本人はどこ吹く風。見逃してやるからさっさと行けとまで吐き捨てている。…アズールたちに私のことを言わないのは、もしかして私を気遣ってくれているのだろうか。

「ねー、さっきからなにごちゃごちゃ言ってんのー?チーム代わってくれるわけでもないなら昼寝の邪魔。さっさとどっか行ってくんない…?」
「あんたは農民チームで、怪物チームである俺の敵。聞く義理はねぇ……なッ!!!!」

その言葉とともに、ジャックは私たちのいる木をドスンと蹴り付けた。

「!?」
「……ッ!!!」

落ちないようとっさに幹にしがみ付いた。な、なんつー脚力…。

「…ねえ、なにしてくれてんの?あやうく枝から落ちるとこだったんだけど」
「当たり前だ。落とそうとしてるんだから…なッ!!」
「!」
「ッ!」

またもや大きな振動が私たちの木を襲う。あわよくば三人の頭上から豆を降らせようとかさっきまで考えていたが、今は落ちないようにするので手一杯だ。

「…チッ」
フロイドは一瞬こちらを見て、舌打ちした後に木から降りた。

「このウニ野郎、うっっぜぇー…そんなに絞められてぇの?」
「ようやく降りてきたか。これで戦える!!」
「躾のなってねー犬っころには、ビーンズシューターSでお仕置きしてやる」

「!」
あいつビーンズシューター持ってたのか!

開始時から寝ていただけだが、途中フロイドを仲間に引き入れようとした農民たちが置いていったそうだ。なるほど、カツアゲか。
…でも、これはチャンスかもしれない。本当はフロイドが三人を惹きつけている間に、逃げるか豆を当てるかしようと思っていたが、ビーンズシューターを避けるジャックに私の豆は届かないだろう。それに、驚異的な身体能力を持つフロイド本人とビーンズシューターSがあれば…この試合かなり有利になるんじゃないか?今はジャックに対しての苛立ちで動いているが、そこからうまい具合に焚き付ければ、頼もしい味方になり得るかも。

「アズールくんあぶなーーーい!」

ジャックに豆を避けられているフロイドは、業を煮やしたのか豆の乱射を始めた。その一つがアズールを庇ったラギーに当たる。

「ら、ラギー先輩!!」
「あーらら、アズール狙ったのにコバンザメちゃんに当たっちゃった。ま、いっか」
「てめえ、よくもラギー先輩を…許さねえ!!」
 
 「…ラギーさん、今わざと僕の前に飛び出してきて失格になりませんでした?」
 「やだなー、そんなことないっスよ!ってわけでアズールくん、可愛い後輩のことは頼んだっス!」

「なーにー?コバンザメちゃん倒されて怒ったの?あっはは!いい気味!!」
「…ハッ、好きなだけ笑ってろ。どうせすぐにそんな顔はしていられなくなる」
「あ?なんでだよ」
「俺が、この手で!絶対にあんたを捕まえると決めたからだ!!」

ジャックはまるで狩りをする狼のように姿勢を低くし、右手に装着したアームが淡く光り始める。
あ、これはまずいやつ。

「覚悟しやがれ!フロイド・リーチ!ラギー先輩の仇、取らせてもらうぜ!!!!」
「!!」

振りかぶった右腕は、紫に発光しながら大きくなり、巨大な怪物の手のように変形した。

「フロイドッ!!!後ろに飛べッ!!!!」
「!」

「なにッ!?」
「その声は、リタさん!?」

私の声に反応したフロイドは、迫りくる手から逃れるように後ろに飛び、私は二人の間に煙幕弾を思いっきり投げつけた。小爆発のようにボフンと破裂し、目眩しの煙があたりを覆い尽くす。

「ッ!煙幕!?」
「ただの煙じゃねえ!鼻が効かねえ!!」

「……」
「フロイド!」

煙の中に突っ込んでいきそうなフロイドの前に飛び降り、奴の手を引いてその場から離脱した。









「あーあ、珊瑚ちゃんが邪魔しなかったらあのウニ野郎、仕留められたのに」
「わるかったって」

フロイドの手を引きながら奴らから距離を取ろうと走っていたが、途中だるいと小脇に抱えられ、メインストリート付近まで戻ってきた。抱えている手を軽く叩き、離すよう促すとすぐに解放された。私はいつもフロイドに抱えられているな…だいぶ楽してしまった。

「ん!」
「ん?」

フロイドが右手のひらを私に向けて差し出した。

「え、なに?…あ、もしかして対価か?」
「ちげーし!豆!持ってるんでしょ。さっき使い切っちゃったから、ちょーだい」
「え」

フロイドは不機嫌そうに口を尖らせ、そう言う。

「…気がノらなかったんじゃなかったのか?」
「べーつにぃ?ウニ野郎に豆ぶつけないと気が済まないだけだし」
「そう、か」

これは、ラッキーだ。
どうやって奴の気分を乗せるか考えていたが、ジャックが挑発してくれたおかげでやる気になっている。私はフロイドからビーンズジューターを受け取って、私の持ち豆30粒全てを装填した。私が持っているよりよほど有意義に使えるだろう。

「…それじゃあ、珊瑚ちゃん丸腰じゃん」
「お前が守ってくれるだろ?」
「…俺、途中で飽きちゃうかもよ?」
「そうなったら、そうなっただな」
「……ふーーん」

フロイドは私から返されたビーンズシューターを手に馴染ませるように握ったり振ったりしている。

「…それって、こんな感じ?」
「え?」

フロイドはノーモーションでシューターを構え、豆を放った。同時に私の後ろの銅像の後ろから、ぎゃッ!と呻き声が上がる。

「なっ!」
「囲まれてるよ」
「え!」

「チッ!バレた!全員で一斉に飛び掛かれー!!!」
「「「おう!!!」」」

グレートセブンの銅像の影からは、数名の怪物たちが一斉に飛び出してきた。

「珊瑚ちゃん舌噛まないでね」
「え?ってええええええ!ぐえっ!」

フロイドは私を肩に担ぎ上げーー私の腹に奴の肩が食い込んだーー迫りくる怪物たちに豆を撃つ。一点砲火。眉間に豆を撃ちこまれて、怯んだ生徒を踏みつけて包囲網を脱する。人を一人抱えているのに実に軽やかな動きだ。後ろから追いかけてくる怪物たちに向き直り、後ろ向きで駆けながら発砲する。その正確無比な豆の銃弾に、怪物たちは一人、また一人と散った。

「クッソー!!!」
「あーつまんねー」

そして、最後の一人がフロイドの豆の前に散った。

「すご…」
囲まれた絶体絶命の状況下から、私というお荷物を抱えたまま脱してしまった。すぐ近くにあるフロイドの顔を見れば、つまらなさそうに欠伸をしている。これでまだ本気ではない。しかも…。
「フロイド、豆の残数は?」
「んー?あー…22こ」
フロイドは使った豆を数えるためか、指を折り曲げていた。
…八粒しか使ってない。さっき八人居たのに!
「すごいな、百発百中じゃないか!」
「えーこんなもん狙えば当たるじゃん」
「いや、私はできないから、すごいよフロイド」
「……」
素直に感心してすごいすごいと言ってたら、フロイドはぐいっと顔を寄せてきた。
「うお!」
「珊瑚ちゃん」
「な、なに」
「俺、もっとすげーから」
「え」
「あんな小魚の群れ散らすのなんて簡単だから」
「え、あ、そう」
「もっとすげぇーとこ見せるから、そんとき褒めて!」
「あ、あぁ、わかった」
私の言葉に満足したのか、フロイドはにっこりと笑って、歩き出した。…え。
「ちょ、ちょっと待て。重いだろ、降ろしてくれ」
「また抱えるのめんどいからこのままがいい」
「え、いや。この体制がそもそも辛いっていうか、その、」
お腹にフロイドの骨張った肩が食い込んでいる。
「珊瑚ちゃんおせえんだもん。俺が抱えて運んだほうがよくね?」
「いや、それはもっともなんだけど…」
お腹が、いたいんだ。
でも足手まといなのも事実だし…。
「えへへ、じゃあ琴奪いにコロシアムいくね!」
フロイドはなにやらとても上機嫌で、私を大きく抱え直し、
「ぐえっ…」
その広い歩幅で悠々とメインストリートを歩いた。





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