海寮 | ナノ



XIX



その後。
私は吐き気が収まらずユウに介抱さられながら、目覚めたバイパーとカリムの押し問答を聞いた。アズールは自分が支えるときかなかったが、回復魔法に長けている彼を私につきっきりにするわけにもいかず、横になっているから大丈夫と突っぱねた。

お前のことが大っ嫌いだと宣言したバイパーは、もう取り繕うことをやめて、カリムにも私たちにも素で接している。あれだけの猫をかぶるのは疲れるから、そのぐらいがちょうどいいのだろう。どうせあのかんじだとカリムには嫌味なんて通じない。

もう夜遅くいろいろあったその日は、私とバイパーと操られた寮生たちをベッドに押し込め、片付けなどは次の日に行われた。…らしい。というのも、吐き気の原因が高濃度の魔力を摂取したことによる魔力酔いだった私は、吐き気は治ったが、顔色が戻らず、次の日一日部屋に軟禁状態だった。病人扱いがなくなったのは、バイパーたちが回復した頃だった。私はそこまで重症ではない。

今日は快気祝いのホリデーパーティー。あの苦い思い出である東のオアシスまでの10キロの行進も、賑やかな音楽が響き、動物たちと一緒のパレードなら、あっという間だった。

「ほら!ジャミルもこっちで踊ろうぜ!!」
「お、俺はいいから…!」

バイパーはカリムに連れられて、眉間にシワを寄せながら中央で踊っている。でも心なしか、以前より憑物が取れたようだった。

…アズールに聞いた話だが、ライブ配信によって全世界に知らされたバイパーの謀反は、もちろん熱砂の国本土の、アジーム、バイパー両家にしっかり届いたそうだ。倒れたバイパーから回収したスマホは鳴りっぱなしで、その度にカリムが出て対応したそうだ。カリム本人のスマホもよく鳴ったそうだが、一度現当主らしき人と話をした以降、鳴ることはなかったそう。…脳天気そうに見えるが、一応跡取り息子としての教養はあるのだろう。

「リタさん、アイスティーはいかがですか?」
「あ」

賑やかなところは得意ではないから木陰で一人涼んでいると、二人分の飲み物片手にアズールが来た。

「ありがとう、いただくよ」
「どうぞ」

にっこりと笑ったアズールの肩には先日私が借りていたコートがかかっている。汚れてしまったので洗濯をし、畳んで返したが、受け取ったアズールはなぜか少し名残惜しそうにしていた。

『いえ、その…もう少し、これを羽織るあなたを見たかったものですから』
『はぁ?』

よくわからなかった。

よく冷えたアイスティーをすすっていると、何故だかエースとデュースの声がする。電話でもしてるのかと思えば、本人たちがこの場にいた。え、なんで?

「ユウさんの送ったSOSを見て、公共機関を乗り継いでいらしたそうですよ」
「え、あいつら、いいやつだな」

いつものお騒がせ一年生組に戻ったユウたちは、楽しそうにはしゃいでいる。

「ところで、リタさん」
「うん?」
「この度の騒動の、対価のお話です」
「あぁー」

忘れていた。いや、正確に言うと考えないようにしていた。

「身内割引に期待してるんだけど」
「えぇ、身内ですから。お安くいたしました」

アズールは居住まいを正して、私と向き直る。


「この冬期休暇、オクタヴィネル寮で過ごしてください」

「…………は、?」


「ですから、この冬期休暇をオクタヴィネルでーー
「いや、それはわかったけど…」
「ではなにか?」
「いやだって、それ私にとっては家にいろってことだけど、対価にならないんじゃ…」
「…毎年同じ顔に囲まれてターキーをつつくのに飽きてきたところなんです。あなたがいてくだされば、いつものホリデーも少しは楽しめます」
「そ、そう。わかったよ」

あ、でも、

「私、ユウたちと約束してるんだけど、」
「もちろん、ユウさんとグリムさんも一緒で構いません。寮長として宿泊を認めます」
「おお!」
「ゲストルームも特例で、無償で、お貸しします。多少雑用はやっていただきますが」
「え、大盤振る舞い過ぎないか? アズール、熱でもあるんじゃ、」
「ありません!………貸さないとご自分の部屋に泊めるでしょう」

アズールは小さく何かを呟いて、ため息をつく。
でも、これではあまりにも…

「アズール。これだけ巻き込んだのに、対価がこれでは流石に悪いから、他に何かないのか?ラウンジでものすごく働くとか、談話室の清掃とか、」
「…いいんです。今回の件で、僕はカリムさん、つまりアジーム家に恩を売れましたから」
「あぁ、なるほど」
さすが商人はたくましい。アズールに利益があったのなら、よかった。

「...ですが、そんなにおっしゃるなら、一つだけ」

アズールはまたまっすぐ、私を見る。

「またなにか、困ったことがありましたら、僕にご相談くださいね」

アズールはそう、少し困ったようににこりと笑う。

「お安くしますので」

なんだかそれが、いつも見ているものより、どこか柔らかくて、

その感じが、魔力を合わせたあの時と、重なった。

「あ、あぁ...」

私は、熱中症か、少し体があつくなった。





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