XIV
もう就寝の体制に入っていたらしいカリムを起こして、なるべく談話室やバイパーの部屋から遠い、宝物庫へそれらしい理由をつけて向かう。本当こいつらはそれっぽいことがつらつらと出てくるものだ。まあ今はそれに助かっているんだけども。
「リタもなんか気に入ったものがあれば言えよ!埃が積もるより使われた方がこいつらも嬉しいだろうしな」
「あぁ、ありがとう」
今日は終日穏やかなカリムだ。
アズールの仮説が正しいのなら、あのしょっちゅう入れ替わっていた日と、一体なにが違うのだろう。アズールたちが来たから?カリムに魔法をかけるタイミングがなかったのだろうか。アズールが来たせいで忙しくなった、もとい態度が変わったのは…。
「!」
宝物庫につき、カリムと他愛のない話をしていたジェイドが、私に目配せしてきた。どうやら始めるらしい。
「…そんなに有能なジャミルさんは、今の貴方について何もおっしゃらないのですか?」
「え?」
「長期休暇だというのに、寮生を実家に帰さず毎日厳しい特訓を強いている…。普段の貴方からは、想像もできない行動です」
「うーん…それは、俺たちには特訓が必要だったから、かなぁ…」
「ご自分の決定でしょう。なぜ疑問形なんです?」
「そう、なんだよな。俺が決めてるはず、なんだけど…」
カリムはジェイドの話に対して、煮え切らないことばかり並べている。最近よくぼーっとしてしまって、難しいことが考えられないのだという。バイパーが言うには、2年生寮長の忙しさや重圧で疲れが出ているのだろうと。
「この冬休みの居残り特訓は、貴方がお決めになったのでは?」
「確か、そう…だったと思う、」
カリムはうーん、とまたもや煮え切らない返答をした。ジェイドは少し何かを考えたあと、私をちらりと見た。あ、くる。
「ーーあっ、いたっ」
「ん?どうした?」
ジェイドは目に埃が入ったといい、自身の黄金に光る左目に、カリムを映した。
「僕の左目を見て…そう…
『そんなに怖がらないで、力になりたいんです』
『
かじりとる歯』」
「え…」
ジェイドの左目が一瞬きらりとひかり、同時にカリムの瞳の焦点がぶれた。
『
かじりとる歯』
一度だけ契約違反をした寮生相手に使っているところを見たことがある。対象の人物に対して一度だけ、真実を話させることができる、ジェイドのユニーク魔法。
「貴方は、この質問に真実で答えなくてはなりません。
ーー貴方は、催眠魔法の使える生徒の名前を知っていますか?」
「ーー知ってる」
「!」
「では、その名は…?」
これで、この事件の犯人がーー
「それは、
言えない」
「「え?」」
「絶対に他人に教えちゃいけないんだ。
昔、約束したんだ。だから、言えない」
カリムは焦点の合わない目のまま、はっきりとそう言った。
「…ここまでですね」
「あぁ」
ジェイドが目をゆっくりと伏せると、代わりにカリムの瞳に光が戻る。
「ーーー…ん?あれ?今俺、なにを、」
「ありがとうございます。カリムさんのおかげで、非常にクリアになりました」
「お、おう?なんかよくわかんないけど…スッキリしたならよかったな!」
「カリム、あの奥にある絨毯素敵だな。もしよければ見せてもらえないか?」
「ん?あぁ!いいぞ!ちょっと待ってろ!」
カリムを程よく奥に向かわせると、ジェイドと小声で話す。
「名前はわかりませんでしたが、ほぼ確定ですね」
「...昔の約束と言っていたものな。この学園でカリムの昔なじみなんて、一人しかいない。しかも、今思い返せば、朗らかカリムから圧政カリムに変わる直前、カリムもバイパーも二人ともいないことが多かった」
「決まり、ですね」
その言葉に小さく頷く。
宝物庫の奥で私の指定した絨毯をどうにかこうにか引っ張り出そうとしているカリム。彼は信頼していた従者の裏切りを、どう思うのだろうか。何も知らず何も気づかず、違和感を自分の疲れと不甲斐なさのせいにして、この状況をのほほんと過ごしていたあいつ。
「…傷つかなきゃいいけど」
「おや、我が副寮長はカリムさんのような雄が気になるのですか?」
私の小さなぼやきに、ジェイドがそう問う。
思わずじと目で睨んでしまった。
「...なんでそうなる」
「違うのですか?」
「違う。誰だって仲良いと思ってたやつに利用されてたなんて知ったら傷つくだろ。人として普通な心配事だ」
「そういうものですか。陸の生き物は難儀ですねぇ。海の中では自己責任ですから、騙された奴はやり返すか、ただ死んでいくかの二択です」
ジェイドはなんでもないようにそう言う。いや、まあそうなんだろうけど。
「リタさんは騙されてはいけませんよ。僕の楽しみが減ってしまいますので」
「…私はいつからお前の娯楽になったんだ」
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