海寮 | ナノ



IX



「う、…うう…疲れた、もう一歩も歩けねぇんだゾ…」
「…このままじゃ、寮生たちが暴動を起こしちゃいますね、」
「だろうね。さっきの最後のあの熱気は、そんな感じだった」
「俺様だってもう限界なんだゾ!こんな牢獄には1秒たりともいたくねぇ!!」

深夜の密会後、それこそ魔力がすっからかんになりそうな訓練を終えて、客室へ戻ってきた。見張りの寮生はしっかりと鍵をかけていった。

「リタ!!早くここから脱出するんだゾ!!」
「…静かに、グリム。まだ昨日調べた見張りのいないタイミングじゃないだろ」
「うぅー!!!」
グリムを黙らせて、外を伺い、機会を待つ。少しずつ魔力を練って、先程の訓練で使ってしまった魔力の回復を図った。本当は仮眠をとるのが一番いいんだが、そんなことしたらグリムがずるいとうるさそう。

「…足音が、多分ふたつ。通り過ぎたと思います」
「リタ!」
「…二人ともドアから離れて」

昨日調べた巡回の途切れるタイミング。外に話し声もない。いまだ。

「…『今この瞬間に感謝せよアプレシエト・ザ・モーメント』」
小さく唱え、ステッキ状にしたマジカルペンで、コツンとノブを叩く。小さい光がノブから弾けた。すかさず、開錠魔法を唱える。同じくコツンとノブを叩くと、その後にガチャと音がした。
「…開いた、いくぞ」
「やったんだゾ!!」
ゆっくりとドアを開けて、様子を伺いながら外に出る。…よし、見張りはいない。出ていいと二人に告げて、足早に鏡舎に続く鏡へ向かう。

が。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅうぅぎゅるるるるるるぅぅぅぅぅぅ!!!!」

地響きのような音が、グリムの腹から鳴った。

「ふなっ!!!さっきの訓練で腹が減って……」
「グリム…」
「……」

辺りからは、音を聞きつけたであろう見張りたちの駆ける足音が響く…。あぁ、せっかく見張りのいないタイミングで出たのに。

「あー!!鍵はしっかりかけたのにどうして外に!!」
「脱走者だ!!!確保しろー!!!」

「…仕方ない、一瞬足止めする。そのうちに逃げるよ!」
「はい!!」
「どこか適当な部屋に入って、やり過ごすんだゾ!!!」

ステッキに魔力を込めて、カツン!と勢いよく打ち付ける。
「全員すっころべ!」
その瞬間、一陣の風がうねりながら寮生たちの足元を駆け抜けた。

「「「うわぁっ!!!!」」」
ドタドタッ!バタンッ!という音を聞きながら、私たちは近くの部屋へ飛び込んだ。


息を潜め、外の様子に耳をすませると、寮生たちはこの部屋の前を通り過ぎたようだった。

「見つかるのは時間の問題かも、」
「……」
ユウの言う通りだ。ここから鏡までは少し距離がある。三人揃ってオクタヴィネルに行ける可能性は低い。私が囮になるとしても、成功率は低いだろう。

どうしようか考えていると、グリムが急にクスクスと笑い出した。え、なに。ユウがスマホで照らすと、そこには動く絨毯がいた。…叫ばなかった自分を褒めたい。

「ここカリムの宝物庫か!鍵もかけないなんて、ん?そうだ!こいつに乗れば、見張りを振り切って外に出られるかも!!」
「え。乗るの?」
「機嫌の良いカリム先輩に乗せてもらったことがあるんです。夜空のフライトでとても気持ち良かったです」
「え。飛ぶの?」
「空とぶ魔法の絨毯なんだゾ!」
「え。ほんとに?」

絨毯は生きているように宝物庫内を飛び回り、ユウ達の近くにゆっくりと漂った。

「♪♪♪♪」
「よし!ユウ!リタ!絨毯の上に乗り込むんだゾ!」
「うん」
「…まじか」

ユウに連れられ、恐る恐る絨毯に乗り込んだ。
そうして、私たちを乗せた絨毯は、ゆったりと浮遊し、
そして、窓から大空へと飛び立った。

「ヒャッホーウ!!俺たちは自由なんだゾ!!!」
「…うわぁ、」

私の目の前には、満面の星空が広がっていた。

「…これは、すごいな」
箒は乗れるようになったが、得意ではないから、こんな高く飛んだことがない。下では私たちに気づいた寮生たちがワーワー騒いでいるが、箒に乗る感覚ともまた違う夜空の空中遊泳に、私はすっかり気が緩んだ。

「ねえグリム、この絨毯どうやって操縦するの?」
「操縦?えーっと、カリムは隅っこについてるフサを掴んで引っ張っていたような…えいやっ!」

「!!!!」

「うおっ!」
絨毯が急に旋回し、油断していた私は大きく遠心力に引っ張られた。
「っく、!」
とっさに後ろのフサを掴んだが、それもよくなかったらしい。

「ーーーー!!!!!」

「ぎゃああああ!!目が回るー!!!」
「うわあああ!り、リタさん!!!手を!!」

絨毯は一気に高度を落とし、床ギリギリで爆走する。庭を抜け、談話室を抜けて、もうすぐ鏡へ…。でも追手の寮生たちは、絨毯にしがみ付いている私に手が届きそうだ。それなら、もういっそ、ユウたちもこの絨毯に乗ってなら…!

「ユウ!!私は残って彼らを足止めする!」
「え!!」
「アズールに、対価は私につけといてと言っといて!!」

追手に掴まれた足を思いっきり蹴り上げて、フサから勢いよく手を離す。受け身をしっかりとって、転がった勢いのまま、庭の方へ走り出した。

「二手に分かれたぞ!!つかまえろー!!!」
「そう簡単に捕まってたまるか」

飛んできた捕縛魔法を無効化し、行手を阻む寮生を風で転ばせる。こっちはあのフロイド・リーチとのかくれんぼに勝ったこともあるんだ。なめないでいただきたい。

使う魔力は最小限に。でも得られる効果は最大限に。大丈夫。その辺の魔力コントロールは上手くなった。

「…ポンコツの汚名を返上しないと」

追手をまきながら、私はそう呟いた。




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