海寮 | ナノ



VIII



今日も朝から東のオアシスまで10キロの行進。アジームは例の目の吊り上がった横暴人格の方だった。

昨日は交代交代で見張りの周期を確認していたため、三人とも寝不足だ。眠気で頭のおかしくなったグリムが、何故か隠し持っていたスプーンで床を掘り出した時は静かにベッドへ寝かせた。

「…俺に水を出せ、だと?
 お前、誰に向かって口を利いている!
 俺はお前たちの水道じゃない。
 水が欲しいものはオアシスから汲んでくるがいい!!」

...うわぁ、すごいこと言うなこいつ。
この干上がった水の気配もないオアシスから水を汲めとは。

その発言を聞いた寮生たちは、全員寮長への不信感を一気に募らせた。バイパーはそんな寮生たちを案じてか、水を与えながら宥めつつ、今夜時間があるかと、言ってきた。

「…今日の夜、少し話をしよう。カリムには気付かれないよう俺が手を打っておく。ユウたちも、時間をくれないか?」

バイパーはユウと寮生たちに向かって、静かにそう言った。






「お前たちがカリムのやり方に不満があるのはわかってる。冬休みに寮生たちを寮に縛りつけ、朝から晩まで過酷な特訓。不満をもたない奴はいないだろう。俺もカリムのやり方が正しいとは思っていない。…あぁ、止めたさ、何度も。聞く耳を持ってもらえなかったけどな」

安眠効果のあるハーブティをカリムに飲ませてきたと言うバイパーは、寮生たちの前でそう言った。様子のおかしくなる前のカリムが大好きだった寮生たちは、今のカリムに何も言えないのだそう。

「そう、カリムは本当にいい寮長だ。誰とでも分け隔てなく接し、偉ぶることもない」

バイパーは身振りを大きくし、まるで小さい子供に言い聞かせるようにゆっくりと話す。

「あぁ…!なんでこんなことになってしまったんだ…!!」

「……」
その様子がなんとなく、自寮のあの三人組の悪巧みしている時と重なった。

「今のスカラビアが抱えている問題は、ハーツラビュルが抱えていたものと似ている。そこで、ハーツラビュルの問題解決に活躍した、ユウたちにアドバイスをもらいたい」

…なんだ、それは。
もしかして、入学直後のユウたちがハーツの厄介ごとに巻き込まれ、ローズハートがオーバーブロットしたときのことか?詳細聞かなかったけど、寮の問題解決なんてしたのか。しかもそんな学園中に知れ渡ってることだったのか。

グリムは、バイパーが寮長になればいいと提案した。確かに寮のルールを変えたければ寮長になるのが一番だ。だが、バイパーはそれだけは絶対にできないと言う。

バイパー家は代々アジーム家に仕えていて、今もアジーム家当主の下でバイパーの家族が働いているらしい。その状況下で、彼がカリムに決闘を挑み、寮長になるというのは謀反と捉えられても仕方がない。一族もろとも路頭に迷わせるわけにはいかない、というのはすごくよくわかった。

そもそも何故カリムが寮長になったかといえば、前寮長の推薦だそうだ。...あぁ、私と同じか。

「アジーム家の親戚筋の人間が本家の跡取りを差し置いて俺を選べるわけが...あっ!」
「はぁー?またアジーム家なんだゾ!?」
「そんなのコネじゃないか!!」
「NRCは実力主義の学校のはず!親の威光で評価されていいわけがない!!」

「......」
...やめろその話題は少なからず私にダメージがある。前寮長の威光を借りて寮長やっててごめんなさい。寮生たちが不満を持っていたのはわかっているが、実際似たような境遇のやつの話を聞くと痛いな、胸が。

「俺は昔から、アジームよりバイパーのような思慮深いヤツの方が寮長になるべきだと思っていたんだ」

...これ我が寮だったらどうなんだろう。寮生たちをこき使ったり、モストロラウンジで永遠に皿洗いさせられたり......ん?それだと我が寮の日常風景だな。しかも反論できないよう契約書で縛るだろうし。...暴動、起こしたくても起こせないな。
マジフト大会は、そもそも運営側で、陸での運動に慣れてない奴の方が多い寮だから結果なんてほとんど気にしない。期末テストは、寮長というより寮全体で馬鹿絶許って感じだ。それに勉強合宿なんか実施したらうちの寮生たちはいったいなにを対価に取られるのかと怯えてしまうだろう。…あれ、意外と我が寮内では暴動起きそうにないな。...え、お前が起こしたって?あれは個人的な喧嘩だからノーカンで。

「待ってくれ!俺だって特別優勝なわけじゃない。成績だって、いつも10段階でAll5の平凡さだ。寮長には相応しくないよ」

バイパーは副寮長として何度も止めようとしたと言っているが、実際食い止められていない。…私もアズールがそうなったら止められないだろうけど。
でも、朗らかな方のカリムはバイパーの言うことを少しは聞いているし、一国の王と同じくらい権力があるらしい大富豪の跡取り息子の唯一の側近が、自身の主人の暴走を止められない...なんてこと、あるのだろうか。ジャミル・バイパーが優秀だからこそ、カリムの父親は彼をカリムの側近にしたのではないのだろうか。…なんだか、私はそこが引っかかっている。
...本気で、止めようとしてないんじゃないかって、そんな気が。

「寮の精神にふさわしいかどうかは、魔法力じゃない。お前たちだって、誰がふさわしいか、わかるだろ?」
「そんなの!ジャミル先輩の方がふさわしいに決まってる!」
「そうだ!ジャミル先輩の方がふさわしい!!」
「身分のある家の生まれだからって、無能が寮長でいいわけがない!!」


「…ん?」
少し話を聞かない間に何やら話が盛り上がっている。

「そうだそうだ!スカラビアに無能な寮長はいらない!!」
「「「スカラビアに無能な寮長はいらない!!!」」」

「……」
なんか、不味くないか。この流れ。

寮生たちは全員立ち上がり、なんだか熱に当てられたように興奮している。さっきまで、優しかった寮長を責められないとか言っていたのに、急に、どうした?みんな寮長が大好きだったとか言ってたのに。

「ーーお前たち、こんな時間に集まって何をしている」

「「「!!!」」」
あ、見つかった。

「…どうやらまだ体力があるようだな、ジャミル!寮生たちを庭に出せ!限界まで魔法の特訓をするっ!!」
「そんな無茶苦茶な…!」
「お、俺様、すでに疲れが限界なんだゾ…」
「か、カリム…」
「聞こえなかったのか!早くしろ!!」
「…わかったよ。お前たち、外へ出ろ、」

バイパーは苦しそうに、寮生たちの背中を押した。




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