海寮 | ナノ



VI



「…あっつ」

昨日。死に物狂いで終わらせたサムさんの大掃除のあと、オンボロ寮へ戻ったがもう夜もいい時間であるにも関わらず、二人はいなかった。暖炉の妖精に薪をあげているにしても時間がかかっている気がしたが、とりあえずお腹を空かせて帰ってくるであろう二人のために、野菜を刻んで固形ルーをぶち込んだだけのカレーを作った。最初は二人を待っていたが、いつまで経っても帰ってこず、彼女のスマホに連絡を入れたが電話も出なかったため、充満するスパイスのいい香りに負けて食べ始めていた。

…話を聞いたら、またもや面倒ごとに巻き込まれている。

とりあえず囚われたグリムのためにもスカラビアに行かなくてならず、軽く変装してスカラビアに乗り込んだ。オンボロ寮に迎えに来られても面倒だし。

待ち構えていたのは一般寮生だけで、寮長副寮長は出てこなかった。情緒不安定だというアジームを見ておきたかったが、仕方ない。帰りたいと喚くグリムをなだめて、割り当てられた来賓用の部屋で眠りについた。今ここで抜け出してもオンボロ寮まで追ってくるに決まっている。…余談だが、部屋に風呂があるのは大変ありがたかった。

今は朝6時に迎えがきて、東のオアシスまで10キロの行進中。私は比較的早起きだから少し驚いた程度だったが、グリムは叩き起こされてかなり不機嫌だ。行進の真ん中、象の上に乗ったアジームは、確かにいつもと雰囲気が違う。底抜けに明るい表情がなりを潜め、眉間にはシワがより、目がつり上がっていた。

 「…リタさん、暑そうですけど大丈夫ですか?」
 「寮服と髪の毛がな、暑い。ユウは?」
 「私は平気です。グリムがキツそう」
 「あぁ、毛皮のコート着てる様なもんだもんな」

この寮服は本当に運動ごとに向かない。まだ日が出始めとはいえ、砂漠は砂漠だ。暑い。黒い寮服が太陽の光を集めている。あと変装のために伸ばした髪が、重いし暑苦しい...何で長髪にしたんだ、私。あぁ、自寮のひんやりした深海が恋しい。…私は寮の外の海に出たことないけど。

こまめに汗を拭いて、こまめに魔法薬を吹き付ける。あまり回数が多いとポムフィオーレ生でもないのにと怪しまれてしまうから、目を盗んでやらなければ。上着を一枚脱げばいいんだが、体のラインがはっきり出てしまうので、それはかなり悪手だからしたくない。

「ーー全体、止まれ!!!」

オアシスにつくと15分の休憩が取られた。スカラビアの寮生たちは皆ぐったりとしており、グリムも水、水とフラフラしている。もちろん私もユウも同じくらいバテていた。朝っぱらからなにも食べずにする運動量じゃない。非効率的だ。しかも、

「このオアシス、水が干やがっちまってるんだゾ!?」

そう。もはやオアシスではない。川があったであろう場所はあるが、見事に干やがっている。この暑さとこの運動量…熱中症になるぞ。水と塩飴はどこにもないのか。経口補水液はどこだ。

そんなことを思っていると、いつの間にかにかっと笑ったアジームが自身のユニーク魔法で水を生み出していた。

「俺のユニーク魔法『枯れない恵みオアシス・メーカー』は少しの魔力で美味しい水をたくさん作り出すことができるんだ!」

…なんだその魔法。
世が世なら救世主になれる魔法じゃないか。いますぐ干ばつ地帯に行った方がいい。...水道インフラが普及した世界では意味の無い魔法?馬鹿か?例えお金がなくても自身の魔力を水に変えてミネラルウォーターとして売れば金が稼げるじゃないか。なにその魔法。私も私の生活の助けになる魔法が良かった。なんだ魔法効果の無効化って。体力と魔力ないくせに魔法が防御特化って舐めてんのか。

「あれ…また朗らかな性格に戻ってる?」
「ん?あぁ、そういえば、確かに」
ユウに言われて思考の海から戻ってくれば、確かにアジームはいつもの底抜けに明るい彼になっている。
「…情緒不安定、ってレベルじゃないな」
「はい、昨日もあんな感じで、急にテンションというか人が変わるというか、ジャミル先輩も困ってるみたいで」
「…そう」
そもそもアジームは宴大好き人間で、好き好んで勉強や特訓などを率先してやるタイプじゃない。いくらマジフト大会と期末テストの寮順位が最下位だったとしても、もう少し穏便に、というか、楽しんでやれる様なメニューを指示するのではなかろうか。私はそんなにアジームのことを知らないが、無差別に宴に誘ったり、軽音部の連中と大騒ぎしたりしている様子からは、この強行メニューは想像できない。…過度のストレスが、多重人格でも引き起こしたのか?

「ん?そういえばそこのアズールんとこのやつはユウたちの友達なんだって?俺はカリム・アルアジーム!昨日来たんだろ、出迎えもせずにごめんな!」

ユウの隣で唸っていると、スカラビアの民族衣装の様な寮服に混じって目立ちまくる黒い寮服が目に入ったのか、ニコニコとしたカリム・アルアジームがそう話しかけてきた。

「お世話になります、アジーム寮長」
「はは!そんなかしこまらなくていいぜ、カリムって呼んでくれよ!」
「…では、カリム寮長と」
「おう!それで、お前の名前は、」

「カリム!もう15分休憩が終わる。陽も高くなってきたし、みなを集めて寮へ戻ろう!」

「え!もう?もう少し休んでいきたいけど、気温が高くなるとキッツいもんな。よーし!お前ら!寮へ戻って朝食だ!帰りもがんばろうぜ!」

バイパーの声で私との話を切り上げたアジーム、いや、カリムは、とぼとぼと頼りない足取りの寮生たちを率いて、寮への行進を始めた。





朝食の後も、カリムは変わらず、よく知る能天気な彼のままだった。

多重人格…正式名称は解離性同一性障害。
精神病の一つで、本人にとって耐えられない強いストレスを感じた時に、自分自身を守るため別人格を宿してしまう障害だ。生活に異常をきたすレベルのものは治癒も困難だとか。今のところ、普段のカリムと横暴なカリムの二つの人格が確認できる。二人は交代しているようだから、なにか、主人格と副人格が入れ替わるタイミングがあると思うのだけど、まずはそこの解明からだろうか。…いや、本当に多重人格ならさっさと病院に連れて行って優秀な医師に任せた方がいいのだろうけど。バイパーは連れて行くのも一苦労だと、首を横にふる。…縛り上げちゃダメなのか?

「……」

…いや、待て。そもそも私はホリデーになにをしているんだ。去年の今頃だったら、深海の美味しい料理に舌鼓をうっているし、今年だって本当だったらユウたちとあらかじめ頼んでいたパーティメニューを食べながら、映画でも見ているはずだった…。二人に秘密でドッキリグッズみたいな魔法薬とか、割とたくさん作ってたのに。

…えぇそうです、結構楽しみにしてました。

だって学生たちはほとんど帰省するし、残る一部の学生たちも自寮から出てこない。そうなったら学校近くの人の来ないオンボロ寮は、秘密を抱える私たちにとって楽園だ。息苦しくなるサラシはまかなくてもいいし、少しくらい女性らしい私服を着たって問題ない。大食堂の薪やりに外に出る時だけ気にかけていればそれでいい。気をつけなければいけないとは思っているが、せっかくの気を抜けるチャンスだったのだ。常に気を張っていたら私もユウも疲れてしまう。…それに、彼女はこの学園で初めてできた友人のようなものなのだ。私は結構浮かれていた。

今ここでなに食わぬ顔でオンボロ寮に戻っても、きっと連れ戻されるだろう。ホリデーの気楽な生活はやってこない。さぁ腹をくくれ、もう巻き込まれてしまっている。幸い、ここはご飯は美味しいし、少し耐えて、この状態の解決策を…

「いつまで飯を食っているつもりだ!!今すぐ食器を片付けろ!!すぐに午後の訓練を始めるッ!!今日は夜までみっちり防衛魔法の特訓だ!!」

…前言撤回。
早急にここから出てってやる。




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