海寮 | ナノ



V



鏡舎から急いでオンボロ寮に戻ると、寮にはやっぱり明かりが灯っており、談話室にいたリタさんは自分で作ったのであろうカレーを食べていた。

「…遅い。一体今までなにを、
「り、リタさぁん!!!」
「うぉ!?な、なに!?」

いつもと変わらない様子のリタさんを見て、私は若干涙目になった。思わず駆け寄れば、リタさんは私の勢いに引いていた。

「…あれ、グリムはどうした?」
「それが…」

私はことの成り行きをリタさんに話した。


「…スカラビアのカリム・アルアジームが情緒不安定で、その原因究明をジャミル・バイパーに頼まれて、いつの間にか了承してた…? なんで、そんなことに…」
「…断ろうとしたんです。でもいつの間にか、わかったって言っちゃってて…」
「しかもグリムが人質のように囚われ、30分以内にユウがスカラビアに戻らなければここに迎えがくる…?」
「…はい」
「なんでホリデーも面倒ごとに巻き込まれるんだ…!!」

リタさんはこめかみを押さえた後、小さくため息をついてから食べかけのカレーを掻き込んだ。

「り、リタさん?」

食べ終わった後、近くの水を一気飲みし、タンッと勢いよくコップを机においたリタさんは、据わった目で私に向き直った。

「…スカラの連中は、連れてくる友人が私だって知らないんだな?」
「は、はい!言ってないので、知らないはずです!」
「...あと20分弱か。来ちゃうもんは仕方ない…グリムも取り戻さないといけないし。ちょっと待ってて」

夕飯まだならカレー食べといて、とリタさんは談話室を出て階段を駆け上がった。

「……美味しい」
鍋から少しだけよそったカレーは、元の世界で食べてたような家庭的なカレーで美味しかった。






「…ユウ」
「はい、リタさ……って、え!?」

食べ終わった食器を洗いながらリタさんを待っていると、名前を呼ばれた。振り返ると、そこには長髪を前で緩やかに一つ結びにしたリタさんがいた。

「か、髪が!!」
「...面白いかと思って用意してあった増毛薬」
「え!?」
「…ホリデー中、二人を驚かせようと思ってて、」

リタさんは少し顔を逸らしてそんなことを言う。

…え?
リタさん、もしかして結構ホリデー楽しみにしてた?
...え?
このお泊まりもてっきり私とグリムを心配して一緒にいてくれるのかと思ってたけど、普通に楽しみにしててくれたの?

「…まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。ユウ、スカラビアの面倒ごとに、オクタヴィネルの副寮長である私が堂々と首を突っ込めない、っていうのはわかるよね」
「あ!......はい!」
「今気づきました、みたいな反応はあえて気にしないことにする。…私は脱走したグリムの捕縛を手伝ってから食事をする仲になりホリデーも一緒に過ごすことにしたオクタヴィネルの一寮生。…いい?」
「は、はい!...あ、でも、」
私の目には髪の毛が伸びた、ただのリタさんが映っている。とてもじゃないが、変装している様には見えない。
「…カリム先輩とジャミル先輩は寮長と副寮長だから、リタさん面識あると思うし、髪の毛が伸びただけじゃバレちゃうんじゃ…」
恐る恐るそう言えば、リタさんは大丈夫だと軽く言う。

「私が寮長だったのは去年の中頃までで、アルアジームは今年から寮長だ。任期が被っていないからそんなに関わりがない。バイパーは同じ副寮長だが、副寮長が参加する会議自体が少ないし、アズールが私に副寮長の仕事を任せてきたのは最近だから、ちゃんと面を合わせたのは片手くらいしかない」

それに、とリタさんは続けた。

「こういうのは先入観で大抵なんとかなる。別人になりたければ、普段の自分と大きく違うところを作ってやればいい。しかも私と君が使っている薬はこういうことが得意だ。私たちのはっきりとした容姿を、薬に慣れてる人たち以外はよくわからないんだよ。だから長髪にしただけで別人に映るさ」

なおかつ、とリタさんはさらに続ける。

「オクタヴィネルの副寮長がオンボロ寮の監督生と一緒にホリデーを過ごす、なんて、スカラビアの連中には想像すらできないさ」

リタさんはいい笑顔でそう言った。

「…リタさんは、元の世界でマジシャンか何かだったんですか?」
「私はただの一般市民だ!」





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