海寮 | ナノ



IV



「…君を招待できてとても嬉しいよ。オンボロ寮の監督生、ユウ」

鏡の間でエース達を見送った後、大食堂に行ってグリムと暖炉の火妖精に薪をあげていたら、どこからともなく漂ってきたスパイシーな香り。グリムとつられて厨房に行けば、スカラビア寮の副寮長だというジャミル先輩が料理を作っていた。少し手伝ったらお昼に誘われたが、この学園でお昼をご馳走してくれるなんていい話あるのだろうかということと、そろそろリタさんがオンボロ寮に来てるかもしれないということが頭をよぎり、断ろうとした。が、いつの間にか了承してしまっていた。…断ろうと思っていたのに。

南国気分が味わえると浮かれているグリムと共にスカラビア寮に行くと、そこには異国情緒溢れる、元の世界でいう中東の景観が広がっていた。

「よう、おふたりさん。よく来たな!出迎えのパレードもなくて悪い!俺はスカラビアの寮長、カリム・アルアジームだ!」

今までの寮長とだいぶタイプの違う人が、私たちを出迎えた。…なんて屈託なく笑う人なんだろう。この世界に来てから触れたことのないタイプかも。

「グリム!羊乳の青カビチーズはもう食べたか?クラッカーにのせて食うとうまいんだぜ!」
「はあ?青カビなんて食えるわけねぇ…むががっ!急に口に入れてくるんじゃ、もがっ!!」

スパイシーで美味しい料理を堪能していると、ホリデー中は帰らないからいつでも来るといいとのお誘いも受けた。どうして帰らないのか聞けば、スカラビア寮はマジフト大会と期末テストの寮順位が最下位だったそうだ。

「それで、一念発起。寮生みんなで自主的に特訓しようぜってことになったんだ」
「この冬休み……俺たちは毎日6時間、勉強したり魔法の実技訓練をして過ごそうと思ってる」
「毎日6時間?それじゃあ、学園で授業がある時と何も変わらねぇんだゾ!レオナなんて、ホリデーってのは休むもんだ。宿題なんか休みが明けてからやりゃいいんだよって言ってたゾ?」
「…あいかわらずだな、あの人は」
「うーん。でも、言われてみれば確かにそうかもしれない。俺のとーちゃんも『学ぶときは真剣に学び、遊ぶときは思い切り遊べ』って言ってたし…。レオナの言う通りメリハリが大切かもな」

よし!とカリム先輩は意気込んで、寮生達を家に返すことを宣言した。

「おい!カリム!」
「そうだ、ユウたちにスカラビアを案内してやるよ!見せたいものがあるんだ」
「こら、カリム!寮生には勉強させておいてお前が遊んでいたら示しがつかないだろ」
「せっかく客人が来てるんだ。今日はいいじゃないか!」
「…カリム」
「うっ。わかったよ、そう怒るなって!じゃあ防衛魔法の特訓でもするか!」
「あの、カリム先輩、」

お昼におやつ、気づけばもうだいぶ日が傾いている。オンボロ寮にリタさんが泊まるのは今日からだし、もう来ているかもしれない。何時にと詳しく約束はしていないが、もう来ている気がする。だから私はこれで失礼しますと声をかけようとした。

「私たち今日はもうこれで、」
「ん?ユウとグリムも一緒にやるだろ?」
「もう腹も膨れたし、俺様たちはもう…」
「そうかそうか!軽い運動は食後にぴったりだよな!」
「ふなっ!?」
「え!いや、そうではなく!」
「おーい!誰か相手してくれ!」
「こいつ人の話聞かねーんだゾ!?」

私とグリムはとても楽しそうなカリム先輩に押されて、断れず特訓に参加した。…私はグリムに指示を出すだけだけど。

その後、カリム先輩が見せたいものと言っていた魔法の絨毯に乗せてもらった。飛行術はグリムと一緒に受けているが、箒でうまく飛べたことがなかったので、私はこの時初めて空を飛んだ。陽が落ちたスカラビアの空は、星がダイヤモンドのように煌めき、見たことのない新しい世界が広がっていた。それは本当に素晴らしかった。…素晴らしかったんだけど、

 「でも本当にそろそろ帰らないと、」
 「確かに…もうリタも来てる頃なんだゾ」
 「夜ご飯はリタさんが作ってくれてるかもしれないし、絶対帰ろうね」
 「…俺様、もう青カビチーズのクラッカーはいらないんだゾ…」

カリム先輩は夕食前に確認したいことがあるというジャミル先輩に連れてかれてしまった。もうだいぶ夜遅い。夕飯の時に、寮生を家に帰す発表をすると思うし、その時に私たちも挨拶して私たちの寮に帰ろう。そう思って、他の寮生たちと談話室で待っていた。


「この冬休み、俺たちスカラビアは
 自主的に寮に残り毎日6時間自習をすると決定したが…
 俺は、気づいた。

 それじゃ、全然生ぬるいッ!!!!!」

「「え!!/ふなっ!?」」
「カリム!寮生を家に帰すと決めたんじゃ…!?」

カリム先輩はさっきまでの朗らかな様子から一変して、目は冷たく、雰囲気も刺々しくなっていた。

「夕食後は、防衛魔法の特訓を行う!さっさと食って準備しろッ!スカラビアに来たからにはユウとグリムも強制参加だ!いいな!!」

「えぇ!!なんで俺様たちまで!?」
「…き、急にどうしちゃったんだろう!?で、でも私たち帰らないと!寮に待ってる人が…」

「ん?待て。…君たちオンボロ寮は寮生二人じゃないのか?」
「じゃ、ジャミル先輩、…そうなんですけど、一緒にホリデーを過ごす約束をしている人がいて、」
「…そうか」

「…ユウ!グリム!なら今すぐそいつも連れてこい!!」
「「えッ!?」」
「おい、カリム。ユウたちはともかく、流石に他寮生は…」
「冬の長期休暇に家でも自寮でもなくオンボロ寮で過ごそうとしている奴なら暇だろ!!!」
「、カリム!」

カリム先輩は夕飯を食べる寮生たちを睨みつけ、早く食べるよう急かし、見回りか、少し離れた場所にいる人たちの方へ向かっていた。

「…はぁ」
ジャミル先輩は小さくため気をつく。
「あいつは最近、酷く情緒不安定なんだ」
「情緒不安定ってレベルじゃねぇんだゾ、まるで別人じゃねーか!」
「…俺もあいつとは長い付き合いだが、今のカリムとどう接したものかと困り果てている。言動がコロコロ変わったり、急に横暴になったり…とにかく手に負えない」

こうなる前は寮生たちはカリム先輩を寮長として慕っていたという。でも最近は寮長のおかしな言動に戸惑うばかりで、ジャミル先輩のフォローも虚しく、寮生たちの不満は溜まりまくっているそうだ。

「ハーツラビュルのトレイといい、リタといい、副寮長って奴は苦労するんだゾ」
「…確かに」

リタさんも自分をお飾りだとはいうが、いつも忙しそうだ。最近はラウンジのシフトにも積極的に入っているそう。本人は寮に貢献できるし、いい小遣い稼ぎにもなると嬉しそうだった。

「…そうか!君たちこそ、”ダイヤの原石”なんだ!」
「「え?」」
「君たちはハーツラビュルやサバナクロー、さらにはオクタヴィネルの問題まで解決に導いた優秀な生徒だと聞いている」
ジャミル先輩はにっこりと笑って、私とグリムに顔を寄せる。
「だから、頼む。どうか俺たちスカラビアの力にもなってくれないか?」
「えっ、と」
「食堂でたまたま出会ったのも運命の巡り合わせだ。きっと君らはダイヤのように輝く解決策をもたらしてくれるに違いない!!」
「そ、そんな期待されても困るんだゾ!」

グリムと共に一歩下がり、グリムが私の耳を引っ張る。
 「…おい、ユウ。他寮のトラブルに首を突っ込むのはやめとけよ!俺様、もう面倒ごとはこりごりだし、ホリデーはリタとご馳走が待ってるんだゾ!」
 「うん、わかってる」
絶対断るという強い意志を持って、私はジャミル先輩と向き合った。

「君たちは………
 俺たちを助けてくれるよな?」

「わ、」
 ーー私は、寮に帰ります、と言おうとして、


「わかりました」


いつの間にか、そう言っていた。

「ふなっ!?お前なに言っているんだゾ!?」
「ああ…!引き受けてくれるのか!嬉しいよ、ユウ」
「え!?あ、いえ!さっきのは違くて!」
「そうと決まれば、ぜひ二人とも賓客としてスカラビアに留まってほしい。あぁもちろん、オンボロ寮で待っているという君たちのご友人も歓迎しよう」
「じゃ、ジャミル先輩!」

ジャミル先輩はパンパンと手を叩き、寮生たちを呼び寄せる。

「…グリムは先に部屋で休んでいるといい。寮生たちに案内をさせよう。ユウ、君はそのご友人を連れてくるといい、30分経って戻らなければオンボロ寮に迎えを寄越そう」
「お、俺様もユウと戻るんだゾ!」
「ぐ、グリム!」
「ではユウ、待っているからな」

そうしてジャミル先輩のいい笑顔と共に、私とグリムは引き離された。

「た、大変なことになってしまった…」




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