海寮 | ナノ



I



あのオクタヴィネル史に残るであろうオーバーブロット事件から少し経ったある日。私は、私とユウの秘密を知った我が寮の三人を自室に呼んだ。

「これが、私の使っている魔法薬」
カタンと、以前小さいと言われフロイドに組み替えられたままの机に置く。
「知ってると思うけど、散布式。水を被ったり汗をかいたりすると効果が薄くなるし、私が少し強めにユニーク魔法を使っても効果がなくなる。その度に吹き付け直している」
小瓶にかけたまじないをといて、対象を緩和し組み直す。持っていいと促せば、アズールは少しだけ躊躇したが、手に取った。
「効果は、簡単に言えば認識障害。対面した相手の記憶に残りにくくなったり、気配や匂いが薄くなって見つけにくくなったり、する」
「...だから、思い出せなかったのか、」
アズールが小さく呟いた。
「欠点は、この魔法薬を使用しているとバレると効果がなくなること。お前たちを含め、あの場にいた全員、私がはっきり見えるようになっているはずだ」
「確かに。今まで気になりませんでしたが、言われてみれば輪郭がくっきりとしていますね」
「その気にならなかった感覚もー、その魔法薬の効果ってこと?」
「そうだ。あとこの薬は、耐性がつく。効果を知らなくても、長く付き合うと全く関わりのない人より私のこと認識しやすくなる、らしい」
「...あなたが必要以上に寮生たちと関わらなかった理由、ですね」
「そうだ」

どうして改めてこんなに詳しくこの三人に魔法薬の説明しているかと言うと...、

この三人、露骨に態度を変えて来たからである。

夜に寮から出ようとすれば、
『一人でなんて危ないです!せめてジェイドかフロイドをつけてください!』
とオンボロ寮に行くだけなのに共をつけられ。

廊下で先生に頼まれた実験材料を運んでいれば、
『お持ちしますよ、副寮長』
とたいして重くない材料を笑顔で掻っさらわれ。

体力育成の合同授業では、
『今珊瑚ちゃんにボール当てた奴誰?ちょっと絞めてくる』
と相手の三年に突っかかっていく。

とまあこんな感じなのである。
クラスメイトのシュラウドやダイヤモンドは、遭遇するたびに目が死んでいるし、私も死んでいる。
こんなに過干渉では、逆に誰かに怪しまれるかもしれないし、なおかつ目立つ三人にこんなに付き纏われたら目立ってしまう。魔法薬の意味がない。...副寮長の時点で目立ってる?いや他の副寮長より影薄いだろ。

『いやでも、あの三人はリタくんに対しては前からあんな感じだったよ』

と、私がこぼした愚痴にダイヤモンドはそう言った。シュラウドはコクコクとうなずいていた。...身に覚えが、ないんだが。

「とにかく、今までこれで二年間バレていないし、周りはただのNRCの生徒、つまり男だと思っているのだから、急に態度を変えるな。今まで通りにしてくれ」
はあ、とため息をついて三人に釘を刺すが、三人は椅子に腰掛けたままそれぞれ顔を見合わせた。
「ですが...リタさんは女性、ですし、何かあってからでは、」
「本で読みましたが、人間の女性は、砂糖・スパイス・素敵な物いっぱい、で出来ているとか」
「月に一回お腹痛くなるってホント?」

...何読んだんだお前たち。特にジェイド。

「女性って言っても今まで通りのことはできるし、他の学生にはバレていないのだから普通にしてくれ」

「ですが、心配なんです!」
アズールは意を決したように顔を上げる。

「男子校の中にただ一人なのに...!」
「二人な、ユウもだから」
「陸の野蛮人達に何をされるか...!!」
「私の目の前には海のギャングが二人もいるけどな」

わなわなと震えるアズールに、双子達は芝居がかった仕草で両脇からそっと寄り添う。

「あぁ、心配ですねえ...我らが副寮長は戸締りもずさんですし」
「...お前たちが勝手に開けるだけだが??」
「そーそー階段から落ちても受け身も取れねーで気絶するし」
「う、ぐ、...そこを今更引っ張り出してくるか?」

「「あぁー心配です/だなぁー」」

アズールは本気か演技かわからないが、この双子はわざとらしくおよおよと涙を流し、拭う仕草をしている。...こいつら、遊んでいやがる。

「…そんなこと言ったら、アズールだって元イソギンチャクからの報復が絶えないじゃないか。お前こそ一人にならない方がいいんじゃないか?」
「僕は全て返り討ちにして、さらに弱みを一つ握ってからリリースしているので問題ありません」
「契約書がなくなったからって自分たちが優位になったわけではないのに、僕たちに挑むところが浅はかですよね」
「みーんな絞めちゃった」
「...あぁそう」
相手に同情の余地はないはずのに、少しだけ同情した。
「...それに、僕目当ての報復の矛先が、あなたに向かないとも限らない、」
「それは大丈夫だ。無効化する」
「魔法でしたらそうでしょうが、」
「このように、」
「絞められちゃったらぁ、珊瑚ちゃん動けないね」
「いだだだだだだ!!!」
いつのまにかフロイドが私の後ろに回り、ヘッドロックを決めてきた。
「あぁやはり心配です。三人で代わり代わり付き添いましょう」
「「はい/はーい」」
「冗談じゃない!プライバシーも何もないじゃないか!いい加減にしろ!」

緩んだ腕から頭を抜け出して、奴らを睨む。

「お前たちが心配してくれているのは痛いほどわかった!でもな、私は二年間ちゃんと隠し通してきたんだ!お前たちが必要以上に絡んできたら、それこそ薬の効果が落ちる!」
「わかってはいますが、あなたはあの巻き込まれて体質のユウさんを気にかけているではありませんか!あなたが注意をしていてもユウさんが巻き込まれたらあなたは突っ込んでいくでしょう?」
「あの子は魔力がないんだから当たり前だ!」
「では!今後巻き込まれたり、学園長からのお願いがあったときは、必ず僕に相談してくださいますか?」
「え、お前法外な対価とるからやだ」
「っ!そ、それは、そうですが!お、お安くしますので...!」

 「ジェイドー 俺飽きたから部屋戻ってい?」
 「僕は楽しいですよ」
 「えぇ...」

「え、身内価格とかになったりするの?」
「みう!、コ、コホン…!そ、それは、も、もちろん!」
「...それなら検討しようかな」
「検討ではなく!絶対僕に相談してください!!了承してくださらなければ、寮生全員にあなたの持ち回りシフトをつけます!」
「職権濫用やめろ!」

 「ふふふ」
 「ジェイドー 気持ち悪い」

ギャーギャー口論した結果。
口の回り具合でアズールに勝てるわけもなく、私が折れた。

「わかったよ…相談すればいいんだろ…」
「初めからそう快諾してくださればいいんです」
変に疲れてしまい、ジェイドがいつの間にかいれてくれたカモミールティーをのむ。
「美味しい…」
「ありがとうございます」

少しだけ冷静になった頭で、私は改めてアズールに向き直った。

「とにかく…相談するから、今まで通りにしてくれよ」
「……」
「アズール・アーシェングロット寮長」
「…えぇ、善処します」
「……」

お前たちの善処しますは信用できないのだが、まあいいか。




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