海寮 | ナノ



初めてのシフト



私とユウの秘密が露見したあの事件の後、私はお飾り副寮長から、少しだけ仕事を回される副寮長となった。一年の時に回されていた仕事量よりは少ないが、タダ飯食いからは多少脱しただろう。

今日は初めてモストロラウンジのシフトに入る日。
寮の仕事の一つとして関わることになり、正直、寮生の中で私だけやっていなかったのが申し訳なかったので助かった。モストロラウンジのVIPルームで四人ツラを合わせる。

「それで、私は何をすれば良いのでしょうか?支配人」
「え、あ、し、支配人、ですか?」
「え。支配人なんだろ?」
「えぇ、支配人です」
「そーそーアズール支配人」

アズールは場の空気を正すように、咳払いを一つする。

「で、では何をお任せするか、ですが、」
「とは言っても、私にできることなんて清掃くらいなんだよ」
「えっ」
「あぁ、もしかしてあの魔法薬ですか」
「珊瑚ちゃんがわかりにくくなる薬、だっけ」
「影が薄くなったり、記憶に残りにくくなったりするんだ。ホールとかの接客業には向かない」

あの場にいたアズールたち数名に私とユウの秘密が露見したが、一般生徒にはこれからも隠し続けなくてはいけないため、今日も魔法薬を吹き付けている。アズールたちはもう魔法薬の効力を知っているので、この三人には効かないが。

では、とジェイドが小さく手を上げる。

「キッチンはいかがでしょうか?ユウさんやグリムさんはあなたの料理を召し上がられたとか」
「野菜を刻んで、コンソメと一緒に水にぶち込んだものを料理というなら」
「ふふふ」

ジェイドはにっこりと笑ったまま動かない。わかってる。お前たちの足元にも及ばないことは。

「じゃあ金勘定は?お会計。珊瑚ちゃん得意そうじゃない?」
「レジ打ちは最初に教わればできるな」

「ダメです」
今度はアズールがきっぱりと言う。

「リタさんの魔法薬は、接触が多いと耐性がつく。他の寮生たちより僕らがリタさんを見つけやすかったように。モストロラウンジの常連客に耐性がついて、リタさんの秘密がバレてしまっては困ります」
「いや、お前たちレベルで絡まないと耐性つかないはずだけど…」

あーでもないこーでもないと口論が続く。
そういえば、グリムがイソギンチャクの時に、給仕もできず、ホールにも立てないからと、永遠皿洗いさせてられてたと言っていたな。グリムと同列なのは悲しいが、背に腹は変えられない。

「なぁ、皿洗いならーー
「「「ダメです/ダメー!」」」
「えぇ…」
「肌が!荒れてしまいます!!」
「副寮長にして頂く仕事ではありませんね」
「下っ端の仕事だし」
「...じゃあやっぱり清掃するよ。配膳片付けたりとかならできるし」

三人は不満そうに眉間にシワを寄せている。

「あ!!そうだぁ!」

そしてフロイドが嬉しそうに声を上げた。





「それで、リタ先輩はドリンカーやってんの?」
「そう。バーカウンター端のドリンカーは目立たないし、注文を取ってくるホールの寮生たちくらいしか関わらないからね」

私の初出勤だとどこからか聞きつけてきたユウたち一年生組がお客としてやってきた。エースはカウンターで私の作ったスペシャルドリンクを飲みながらそう言う。

「副寮長、次スペシャルドリンク3つです!」
「こっちはミステリー入りました!2つです!」
「はい、かしこまりました」

ポイントカードを導入したモストロラウンジは連日大盛況。特に手軽なスペシャルドリンクを頼む人が多い。さらにはサムさんからドリンクの販売権を買い取ったという今話題のミステリードリンクも人気商品だ。

「そういえば君たちカウンターでよかったの?テーブルも空いてたけど」
「俺たち、今日はリタ先輩を見に来たんで!」

エースを筆頭に、デュース、ジャック、グリムとユウはうんうんと元気よくうなづいた。

「そう。じゃあもう一杯ずつ飲んでいってもらおうかな」
「まけてくれないんですかー?」
「私にそんな権限はないよ」

軽口を叩きながらドリンクを作り、ホールへと回す。またもや注文が入り、ドリンクを作る。あ、もうグラスがない。

「ちょっとグラス取ってくる」
「はーい」

目の前に座る一年たちに声をかけて、厨房に下がった。



「副寮長すいません、グラスが出切っちゃってて…」

洗浄機の前にいた子に聞けば、グラスを出し切ってしまって、こちらにもないそうだ。ドリンクの需要に対してグラスの数があっていないのか。これは支配人に相談しないといけないな。

「私が下げてくるよ。グラスないとドリンク作れないし」
「ホントすいません…!」

泡だらけになっている下級生にとりにかせるわけにもいかないと、私はトレンチを持ってホールへと出た。


お済みになったグラスをお下げしますね、と前の世界でやったバイトを思い出すように言葉を紡ぐ。やはり急に現れたように見えてしまうのか、お客様である学生たちは一瞬ビクッと震えていた。…やっぱりこの薬を使っている限り給仕はできないな。

だいぶ回収できたなと、トレンチに乗るたくさんのグラスを見る。早く洗ってドリンクを作らなければ。お客様を待たせしてしまう。

足早に戻ろうとすれば、小さな怒声が耳に入る。目を向けると、ガラの悪そうなサバナ生がスタッフに絡んでいた。

「だから、髪の毛が入ってたんだって。タダでいいよなぁ?」
「で、でもほとんど食べた後みたいだし…」
「あ?なんだよ、オキャクサマに逆らうのか??」
「ここの伝票に線引くだけでいいんだって、な?お前だって、おっかない寮長に自分のミス知られたくないだろ?」
「で、でも僕が運んだ時は、髪の毛なんて、」
「あぁ?でもお前の髪色してるじゃねえか!俺たちの毛並みがこれだっていうのかよ!」
「ひぃ!!」

なんというベタな因縁…一周回って呆れてくる。
支配人や副支配人はどこだ?フロイドでもいいが……あぁ、こいつら一応少しは考えているんだな。ちょうど二人は席を外し、フロイドは遠くの席でオーダーをとっている。…仕方がない。

「お客様、どうされましたか?」
「あぁ??んだこのチビ」
「あ!ふく、」

副寮長と紡ごうとした寮生に、小さく静かに、と合図する。私のトレンチを寮生に押し付けて、陰湿なクレーマーに相対す。

「どうもこうも、こいつが持ってきた料理にこいつの髪の毛が入ってたんだよ」

私を見ても態度を変えず、そう言う。こいつら、私のこと知らないな?好都合だ。小さく笑い、胸元からメモを取り出すのに乗じて、マジカルペンを出す。

「詳しく教えていただいても?」
「だから!こいつが持ってきた料理にこいつの髪の毛が入ってて、不快な思いをしたから伝票から消せって言ってんだよ!」
「この者の髪の毛だという証拠はございますか?」
「あぁ!?色見れば一発だろ!そいつの青みがかった黒髪だ!」

彼らが出したのは、少し癖のついた、茶髪だった。

「どう見ても茶髪ですが?」
「「な!!」」
 
 「お、おいどういうことだよ!魔法切れてんぞ!」
 「そんなわけあるか!俺の色彩変化の魔法は完璧だ!」
 「でも実際解けてんじゃねーか!」

なにやらボソボソと言っている。
大方魔法で色を変えたのだろうと思ったが、正解だったようだ。私のユニーク魔法で消させてもらった。

「どう見ても、お客様の素敵な毛並みから落ちてしまったものだと思いますが…」
「そ、そんなわけ、」
「今でしたら、勘違いは誰にでもございますので、大事にいたしません。どうぞ、お食事も終わりのご様子ですし、お帰りください。お会計はあちらです」

にっこりと笑って、退席を促す。きっと私は今オクタヴィネルらしい、いい顔をしているのだろう。

「く、くそ!このチビ!邪魔しやがって!」
「!」

逆上したサバナ生は私に掴みかかろうとし、
掴む前に、
ドサッと後ろへ転んだ。
私の手には風をまとったマジカルペンがある。

「は、」
「大丈夫ですか?お客様。このラウンジではお酒のご提供をしていないのですが、場に酔ってしまわれたのでしょうか?こんなところで足をすくわれるなんて…、やはり今日はもうお帰りになった方がよろしいようですね」

にっこりと笑って、振り返る。少し離れたところにいるやつに向かって、声を張り上げた。

「フロイド!」

「「 っ!? 」」

「んー?なに珊瑚ちゃん」
「お客様のお帰りです。お見送りをしていただけますか?」
「…へえ、いいよぉ」

長い足ですぐさま近づいてきたフロイドは、ニヤニヤしながらサバナ生と向き合った。

「なにやったか知らねーけど、珊瑚ちゃんでよかったねぇ」
「は、」
「んじゃまあお帰りね!ほら、早くたてよ」
「お、おい!!押すな!!」

フロイドにせっつかれながら、陰湿クレーマーたちはモストロラウンジから出て行った。もちろん、ちゃんとお会計をして。

「ふぅ…」
「副寮長!ありがとうございました!!」

助けた寮生にひらひらと手を振って、託したトレンチを持って下がらせる。念のため魔法薬を吹き付けて…、

「…副寮長」
「うお、副支配人いつの間に」

後ろにジェイドがいた。

「フロイドを呼んだあたりからです。…ユニーク魔法を使われたのですか?」
「あぁ、少しね。あのぐらいじゃ解けないけど、念のため」
「あのお客様は一体なにを?」
「ん?あぁまぁ、ちょっとした勘違いさ」
「僕には副支配人として知る義務がありますが」
「…吐かせるか?」
「まさか。あなた相手にはここぞという時までとっておきますよ」
「それはそれで怖いな、」

軽口を叩いていると、「ジェイド!リタさん!」と声がかかる。見ればアズールがバーカウンターからこちらを睨んでいた。前に座るユウたちも苦笑しながらこちらを見ている。

「おやおや、支配人が呼んでますね」
「あ、ドリンク!そうだ、私グラス下げに来たんだった…」
「おや、足りなくなりましたか?」
「そう。だから下げに来たんだけど…まずいな、持ち場離れたこと怒ってるかな」
「ふふふ、大丈夫ですよ。怒るとしたらさっきのサバナクロー生の方ですから」
「…本当は最初から見てたんじゃないか?」
「いえいえそんな。我が副寮長のお手を煩わせるなんてそんなこと」
「……まあいいか」

カウンターに戻れば案の定オーダーが溜まっていて、支配人に注意を受けた。もっともすぎてただただ反省するしかない。

「ですが、穏便にクレーマーを対処したのは称賛に値します。流石です副寮長」
「!」
「まあもっとも、僕やジェイドが見つけていたら、あのサバナクロー生からは倍の金額絞り取っていましたがね。あの方達は運がいい」
「あぁ...まあそうなんだろうけど。この間の事件からまだ日が経ってないじゃないか。今は大人しく対処すべきだと思ったんだよ。特に君は学園長から厳命受けちゃってるし」
「…そ、そうですか。……僕のため、だったのか、」

アズールはボソボソと呟き、思案するように顎に手を添えた。

「…やはりラウンジのシフトに入っていただくのはやめますか」
「え」
「初日でさっそく持ち場を離れてしましますし」
「え!しょ、初日でクビ...?イソギンチャクたちより使えないのか!私は!」
「いえ、逆に有能と言いますか。…ただ、あなたに助けられるのは僕だけでいいな、と」
「は?」
「いえ、こちらの話です」
そう言うとアズールはくるっと踵を返した。
「え、ちょっと待ってくれ支配人!本当にクビ?私クビなのか?」
「副支配人と検討しますので、お待ちください」
「え!」
サラッと言われたマニュアル通りの対応に、ドリンクを作りながら打ちひしがれていると、前に座る一年生たちが

「リタ先輩どんまーい」
「大丈夫ですロックウェール先輩、失敗は誰にでもあります!」
「俺様より使えねーんだゾ!」
「…いや、あれはそういうんじゃないと思う、っス」
「私もそう思います。リタさん、大丈夫ですよ」

と慰めだかなんだかわからない言葉をくれた。





一方VIPルーム。

「…どう思いますか、ジェイド」
「アズール、こちらをご覧ください」
「これは、」
「これまでモストロラウンジに非協力的だった上級生の先輩方のシフト願いです。あの方が入ると噂になってから、爆発的に増えました」
「………」
「イソギンチャクたちがいない以上、この労働力は逃せないのでは?」
「……相変わらずの支持率、ですね」
「えぇ、人気ですね」
「シフトを外したらそれこそ暴動が起きそうだ。仕方がありません、リタさんにはこのまま入っていただきましょう」
「ふふふ、なるべくホールに入らないですむようにいたしましょうね」
「えぇ、グラスの発注をお願いします」
「かしこまりました」

一番注意しなければいけないのは自寮の先輩たちかもしれないと、強く思ったアズールだった。




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