海寮 | ナノ



なんでもない日



「いかない」

きっぱり。
ケイト・ダイヤモンドはもう何度目かになるお茶会への招待を、リタ・ロックウェールに断られていた。




マジフト大会前の、ハーツラビュル寮長副寮長が狙われた事故に巻き込まれ怪我をしてしまったリタは、意識を取り戻したあともアズールが大事に大事にしまい込み、授業に出てくることはなかった。

「…まさか、イデアくんの端末を使って寮で授業を受けるなんて」

アズールが勝負で脅し取ったらしいパッド型のアバターはとても優秀で、授業にしっかり参加できている。だが、なぜか休み時間は電源がオフになってしまい、リタと話すことは叶わなかった。イデアに聞けば、そういう仕様にしろとの注文があったそうだ。

トレイがなんとか面会に行こうとするも、アズールやリーチ兄弟に笑顔で追い返されたそう。

「…過保護っていうか、なんていうか…、」

ここぞとばかりに独占欲が滲み出ている。

大会後。
ようやく学校に出てきたリタに、お詫びも兼ねてハーツラビュルのお茶会に誘ったが、本人にすっぱりと断られ続けていた。

「リタくんやっぱり来てくれないよー!!なんでだろ、誘い方がわるいのかな」
「ノリが軽すぎるんじゃないか?俺からも誘ってみるよ」

俺が下敷きにしてしまったことのお詫びだしなと、意気込んで行くが、結果は同じ。

『やあロックウェール、今度俺たちの寮でなんでもない日のパーティーがあるんだが、ぜひ参加しないか?』
『...ダイヤモンドにも言ったけど、行かない。賑やかなところは得意じゃない』
『ユウとグリムも来るし、俺も腕によりをかけて茶菓子を仕込む予定だから、ぜひ来て欲しいんだ。それに先日の怪我のお詫びもさせてくれ』
『...あの怪我は私の不注意だし、事故の原因は別にいたんだろう?君のせいじゃない。気にしなくていい』

じゃあ私はこれで。と引き止める間も無く、寮へ引っ込んでしまった。

談話室で二人、はあ…と大きなため息をついた。

「オンボロ寮で寝泊りしたっていうから意外と絡んでくれるかなーって思ってたけど、やっぱ手強いなぁ」
「ユウたちからも頼んでくれないかと言ってみたが、以前断られたから無理だと思うって言われたしな...」

「二人揃ってため息なんて、一体どうしたんだい?」

「「リドル/くん」」

わけを話すと、リドルは少し考えるように腕を組んだ。

「僕からお願いしてみよう」
「え?リドルくんが?」
「トレイ、招待状を作ってくれるかい?」
「招待状、か?かまわないが、今まで作ったことなかっただろ」
「寮生以外が参加することがなかったからね。ユウとグリムにも出そう。同じものを貰ったという話題にしてくれるかもしれない」
「そっか、確かに寮長であるリドルくんが招待すれば、リタくんも無碍には出来ないかも!招待状っていうのも、口頭より趣があって良いね!」
「さっそく作ってこよう、ちょっと待っていてくれ」

「さて、誘う時間や場所も重要だね」
「時間と場所?」
「寮の近くだと寮内に入ってしまわれるし、教室は今のところ全敗中なんだね?タイミング的にはいつごろ話しかけているんだい?」
「んーそうだなぁ…休み時間が多いかも。最近は、あぁまたかって顔で見られるよ」
「そう。ではどんな断られ方をするんだい?」
「一瞬こっちを見てから、ひとこと、いかないって。粘ろうとしても、授業始まるから席につけとか、もう寮に帰るとかですぐいなくなっちゃうかな。まあ前よりは話してくれるし、すぐに見失うこともなくなったんだけど…」
「ふむ」

「リドル、できたぞ招待状。余っていたレターセットがあったから少し手を加えてみた」

トレイが手にしているのは、リボンで薔薇があしらわれた封筒に、ハーツラビュルのエンブレムが印刷された便箋だった。癖字のない綺麗な書体でInvitationと書いてある。

「うわー!トレイくんさすが!ケーキのデコレーションにありそう!」
「この短時間で…見事だね、トレイ」
「はは、リボンで薔薇を作って、文字を書いただけだぞ?」

「ケイトの情報をまとめると、いつも教室や休み時間に声をかけるけど、即答で断られ、取りつく島もなく立ち去られるわけだね?」
「言葉にするときついなー。オレ嫌われてるのかな」
「まあ、あいつは誰に対してもそうだろ?」

トレイは、以前ケイトとクラスメイトだということを知った時のリタを思い出したが、そっと蓋をした。余計なことは言うのものではない。

「同じことをしよう。ケイト、明日の放課後、ロックウェール先輩を引き止めておいてくれるかい?ホームルームが終わったらすぐに向かうから」
「教室で誘うの?全敗中だけど...」
「食堂や廊下だと、アズールたちの妨害があるかもしれないから、教室が一番いいと思う」
「確かにな。療養中は面会謝絶だったし、解禁後も時々リーチ兄弟の送り迎えがあったくらいだしな」
「オッケー!頑張って引き止めるよ!」


翌日。
帰り支度を済ませて席を立とうとしたリタの前に、ケイトが声をかける。リタは露骨に嫌そうな顔をした。

「何度誘われてもいかないよ。気持ちは嬉しいけど、パーティーとか性に合わないんだ」
「うーん、クロッケーも楽しいし、トレイくんのケーキとか美味しいんだけどなぁ…」

うしろでイデアがオロオロと二人を見比べている。

(ひいぃ!あの陽キャ集団のパーティーなんか、拙者だったら死んでしまうでござるぅ。何度も断られてるのに、ケイト氏めげないな…。その日は拙者と図書館でパット型アバターの使用感を話してもらう予定だし、何度も断ってるロックウェール氏には同情しかない)

「ケイト、またせたね」
「あ、リドルくん。トレイ」

「ローズハート…?」
「!」
(り、リドル氏!!ラ、ラスボスが出てきた)

三年の教室に、トレイを引き連れたリドルがやってくる。ケイトはそっと胸を撫で下ろした。これ以上は引き止められなかった。

「ロックウェール先輩」
「…なんだ、ローズハート」

リドルは鞄から豪勢な封筒を取り出した。リボンで薔薇の大輪があしらわれたピンク色の封筒。トレイが作成した招待状だ。

「今度の週末にハーツラビュル寮伝統の『なんでもない日』のパーティーがあります。先輩にはいつもお世話になっておりますし、先日の怪我では大変ご迷惑をおかけしました。お詫びとして先輩に我が寮伝統のパーティーに越し頂きたく、ご招待いたします。こちら、招待状です」

リタの顔がさらに引きつった。まさか寮長がくるなんてと冷や汗をかいている。

「…ローズハート、悪いが私は、」
「先輩は好きなスイーツはありますか?僕はトレイの作るイチゴのタルトが大好きで、ぜひ先輩に食べてもらいと思っています。あと我が寮自慢の薔薇の迷宮も見て頂きたいですね」

リドルはリタに口を開かせないよう、言葉を紡ぐ。

「ろ、ローズハート、私は、」
「僕としましては、ハーツラビュル寮の威信にかけて、僕たちのせいで怪我をしてしまった先輩に楽しんでもらえるよう誠心誠意準備をするつもりです」
「いや、私は…」
「ケイトやトレイから招待があったかと思いますが、ハーツラビュル寮寮長である、この僕から、改めてご招待させていただきます。オクタヴィネル寮副寮長、リタ・ロックウェール先輩」
「うっ」

前にはハーツラビュルの寮長、その後ろには控えるように副寮長とケイトがついている。まずい。寮長じきじきの招待なんて、断りにくい。しかもわざわざ役職で呼んできた。寮間の問題に発展しそうな勢いだ。
リタはそんなことを考えているが、実際は全く逆である。オクタヴィネルの三人に話が通ったら最後、一瞬でお引き取りをと笑顔で言われてしまう話なのだ。まあそんなことリタは知る由もなく、ただ自寮長であるアーシェングロットに面倒な話を持って行きたくないと考えているだけである。

「わ、悪いが、本当に行けないんだ。その日はシュラウドとの先約があって…」

ケイトに初めて断りを入れたあと、断る理由としてわざわざ入れた予定を言った。イデアはそんなこと知らない。

「へえ…、イデア先輩と、」
「ほう…、イデアと」
「ふーん、イデアくんと」

「ヒィ!!!!」

ハーツラビュル幹部の三人が揃ってリタの後ろにいたイデアを見た。

「そういうわけだから、」
「ろ、ロックウェール氏!」
「、!」
「せ、拙者との話は別日でも構いませんぞ!!!リドル氏たちとの話を優先してくだされ!!」
「なっ!」

おい!お前何言ってんだ!
あんな目で見られたら仕方ないでござるぅ!!!
道連れにするぞ!!
勘弁してくだされ!!

そんな感じのことをアイコンタクトで話すこと0.2秒。

「、イデア先輩もこう言ってくださっていることだし、参加してくださいますね?」
「うっ、いや、その、」
「当日は鏡舎までうちの一年を迎えに出します。ユウとグリムも一緒ですよ」
「だから、私は、」
「パーティの日が今から楽しみです。お待ちしております、ロックウェール副寮長」

この時、リタ・ロックウェールは、初めてリドル・ローズハートのことを少し怖いと思った。





「...はあ」
リタは起きてから何度目かのため息をついた。

今日はハーツラビュル寮長じきじきの招待があった『なんでもない日』のパーティである。なんとかして今から不参加にできないだろうか...。とリタは考えているがいい案が浮かばず、もうすぐ約束の時間になってしまいそう。...ちなみに、リタは気づいていないが、アズール・アーシェングロットやリーチ兄弟に相談すればこの話は一発で破綻する話なのである。

リドルに招待状を押し付けられたあと、リタが自分を見捨てたイデア・シュラウドに詰め寄れば、あれは無理だった無理でござった!と若干涙目で言われ、自分より大きいはずのやつの姿が小さく縮み込み、まるで小動物のように見え途中で怒気が消え去った。

「...ん、電話か?」

ガラケーが震えたかと思えば、念のためセットしてあったアラームだった。時間を見れば約束の時間になっている。寮服に袖を通し、ボウタイをつけて魔法薬を吹き付ける。こういう時に限って、双子の強襲がない。あぁ仕方がない、と重い腰を持ち上げた。





...帰りたい。
開始2分も経たず、己の場違いさに憂鬱になる。
別に自寮にそこまで愛着はないと思っていたが、至るところに散りばめられた有彩色が、深海の無彩色の寮と対照過ぎて目が痛く、自寮が恋しい。しかもハーツラビュルは寮服まで目が痛い。そんな中で一人、どこかのマフィアよろしく黒のタキシード調の寮服は、これでもかと浮いていた。事情を知らないハーツ寮生は自分の寮長のすぐ隣にいる無彩色のチビを不思議そうに見ていることだろう。

「ロックウェール先輩、お茶のおかわりはいかがでしょうか」
「...いただこう」
「はい、どうぞ」
「ロックウェール、俺の作ったタルトはどうだ?」
「...もらう」
「今持ってくるからな」
「リタくん!一緒に写真撮ろ?」
「断る」
「...そ、即答...」

ケイトはガックリと肩を落とした。が。今日のケイト・ダイヤモンドは一味違う。やっとの思いでなんでもない日のパーティーにリタを引っ張り出してきたのだ。こんなチャンスは二度とない。

「お願いっ!リタくんが写真嫌いなのわかってるから、せめて手とか写していい?こう、みんなで手でハートとか作ってさ!」
「......」

いつもより勢いが強い。しかもこいつにしてはかなり妥協案を出してきた。これはここで断っても粘られるに違いない。理由はわからないが、こいつはなんとしても自分が居る写真が欲しいんだ。リタは瞬時にそう判断し、手ならいいかと、小さくうなずいた。

「まじで!?やったーーーー!!!!」
「...別に私がいなくてもいいだろうに」
「リタくんがハーツラビュルのパーティーに来てくれたっていうのが大事なの!」
「...そう。よくわからないな」
「トレイ!リドルくん!エーデュースにユウちゃんグリムちゃん!!ちょっと集合!」


「じゃあリタ先輩は、寮長とユウと3人でハートね!」
「俺様はどうするんだゾ!?」
「グリムは、そうだなぁ…。あ!寮長たちのハートから首を出せばいいんじゃね!?首をはねろーなんつって!」
「ふなっ!」
「...エース、本当にはねられたいのかい?」
「ひぃ!なんでもないでっす!寮長!」
「...グリム、こっちで一緒にやろう。ローズハートとユウでやってくれ」

リタはグリムを抱え、尻尾を優しく掴み、緩くカーブをつける。

「動くなよ。...いいぞ、ダイヤモンド」
「うん!おっけーー!!オレくんよろしくー!」
「はーい!」

ケーキやお菓子の並ぶテーブルを背景に、ユニーク魔法で増えたケイトが上からパシャリと撮影する。鮮やかなハーツラビュルの寮服に混じって、黒い寮服が混じった写真。エースたちはそれぞれのマークを両手で形どり、リドルとユウは片手ずつで一つのハートを作り、リタとグリムは手と尻尾でハートを作った。

「なかなかいい感じ!リタくんありがと!」
「...それでいいならなによりだよ」
「ハッシュタグはどーしようかなぁー #NRC #なんでもない日 #今日はスペシャルゲストをご招待 #誰かわかるかな? #ヒントはけーくんと同じクラス! これでー送信予約してーっと!よし!」
「送信予約?」
「そ!終わる頃にあげるんだー!じゃないと怖ぁいお迎えが来ちゃうからね!」
「? そうか」

そして、始まったクロッケー大会を見ながらトレイのケーキを食べ進める。

「...美味しい」
口に広がる芳醇なバターとイチゴの香り。サクッと軽いタルト生地がなんとも心地よい。こんな美味しいタルトは前の世界でも食べたことがない。
「はは、口にあったようでなによりだ。おかわりもたくさんあるからな。食べきれなかったら持ち帰り用も用意しよう」
「...もらおうかな」
「!! あ、あぁ!!」
「でも悪いな、こんな美味しいケーキ生まれて初めて食べたよ。こんなに食べていいのか?」
「もちろんだ!ロックウェールのために作ったものだからな」
「じゃあ、ありがたく」

モストロラウンジの試食会で知らず知らず舌が肥えていたリタだが、トレイの作ったケーキはどれも絶品だった。持ち帰りも貰えるならアーシェングロットたちにも持っていってやろう、ラウンジのいいデザート案になるかもしれない。とリタは考えながらフォークを進める。リドルの用意したお茶も美味しい。入れ方にこだわりがあるのだろう。これだからパーティーに命をかけている寮は違う。

「り!寮長!!」

しばらくすると慌てた様子の一般学生が駆けてくる。

「騒々しい!一体どうしたんだい?」
「実は、」

その学生はリドルに耳打ちし、リドルは一瞬リタを見てから席を立つ。

「...?」
「トレイ、ケイト。少し用ができた。ついて来てくれるかい?」
「かまわないが...」
「いーけど、どうしたの?」
「エースとデュース、ロックウェール先輩の話し相手を」
「はーい!」
「はい、寮長」

リドルはトレイとケイトを連れ、足早に庭園を出ていった。

「...なんだ?なにかあったのか?」
「まあいいんじゃね?リタ先輩にも関係あったら言うっしょ」





リドル達が庭園の入り口に行くと、見回りシフトを任せていた自寮生達の叫び声が響いていた。

「はやく珊瑚ちゃん出せって言ってるんだよ」
「ひぃいいいい!!」

「フロイド!僕の寮生にそれ以上詰め寄るなら、首をはねてしまうよ!」

「あ?...やっときた金魚ちゃん」

ハーツラビュルの景観に浮きまくる黒の寮服が三つ。オクタヴィネルの三人衆がそこにいた。

「これはこれはリドルさん。お邪魔しております」
「アズール。これは随分な挨拶だね、今日のパーティーに君達は招待していないのだけれど」
「本日は新しい仕入れ先に挨拶に行っていたんですけど、たまたまケイトさんのマジカメを拝見しましたら、写真嫌いのはずのウチの副寮長が写っているではありませんか」
「あぁ、ロックウェール先輩にはこの間の怪我のお詫びが済んでいなかったからね。我が寮伝統のパーティーに招待させて頂いたよ。君たちがお見舞いすらさせてくれなかったからね」
「ふふふ」
「ふふふ」

コホンと一つ咳払いして、アズールは改めてリドル達に向き直る。

「さて本題です。我が副寮長をお迎えにあがりました。あの人はどちらに?」
「まだパーティは終わっていなくてね、お引き取り願おうか」
「.........」
「.........」

バチバチと、リドルとアズールの間に火花が散る。

「あともう少しでお開きだから、それまで待っててくれないか?」
「本日はモストロラウンジでディナーの予定なんです。あまり間食をされては困ります」
「えー?リタくんそんなこと一言も言ってなかったけどなー」
「サプライズなんだよねぇ」

こちらでもバチバチである。見回りシフトのハーツラビュル生はやべえところに遭遇してしまったとガタガタ震える。

「なんだ、アーシェングロットじゃないか」

そんなガタガタ震えているハーツラビュル生の後ろから、リタがひょっこりと顔を出した。

「ロックウェールさん!」
「...ロックウェール先輩、エースたちは?」
「二人ともクロッケーに参加していったよ」

 「戻ったら首をはねてやる...」
 「しばらくはケーキ抜き、だな」
 「あーあ、ちゃーんと釘刺しておくんだった」

「ロックウェールさん、お迎えにあがりました」
「...迎え?別にいらないけど...というかなんで私がハーツラビュルにいるって、」
「ケイトさんのマジカメですよ、副寮長」
「あぁ、あれか」
「珊瑚ちゃんこんな目がチカチカするとこ早く出よー」

リタは三人に近づきながら、少し考える。
確かにお腹もいっぱいだし、慣れないパーティーで疲れたといえば疲れたな、と。何故か迎えが来たし、これに乗じて帰ってもいいかもしれないな、と。

「ローズハート」

リタは向き直り、少しだけ居住まいを正す。

「本日はお招きありがとう。薔薇の庭園もクローバーのケーキも、どれも素晴らしくて、とてもいいパーティーだった。怪我のことは、もう回復したし、気にしないでくれ。今日はこれで失礼する」

小さく頭を下げたあと、オクタヴィネルの三人を引き連れてリタは去っていった。

「...まあ、午後のこの時間まで参加してくれただけでも成果だね」
「もう少しあとにアップするのでも良かったんじゃないか?ケイト」
「だって、ほんとに迎えにくるか気になったんだもん」

遠ざかる四人の後ろ姿を写真におさめ、ケイトはそっとマジカメにアップした。

「えっと、#NRC #なんでもない日 #正解は #リタくん! #そしてやっぱり来たお迎えさん、っと!」





「...やっぱりオクタヴィネルが一番だな」
賑やかな有彩色の景観から、深淵の静観の中にある自寮に戻ってきて、肩の力が抜ける。なんて目に優しい。

「ロックウェールさん、これから新作の試食会をするのですが、ご参加していただけますか?」

寮の私室とモストロラウンドへの分かれ道で、アズールがそう誘ってくる。今日交渉で仕入れた材料を使って、新しいコースメニューを考案したそうだ。
だが。

「...ごめん、参加したいのはやまやまなんだけど、お腹いっぱいで入らない。また今度誘ってくれないか?予定を空けておくから」

トレイのケーキとリドルのお茶で腹は膨れ、今日はもう何も入らない。お飾り副寮長なのだから、たまに誘われる試食会には参加したかったが、本当に何も入りそうになかった。リタが申し訳なさそうにしていると、アズールは一瞬真顔になったあと、いつもの笑顔を貼り付けた。

「かしこまりました。ではまた後日お誘いしたしますね」
「あぁ、埋め合わせはするよ。今日はもう休む」

いつもより疲れた様子のリタを見送る。
角に差し掛かりその姿が見えなくなると、アズールたちは一斉に真顔になった。

「「ヒィ!」」

偶然見てしまった寮生たちの小さな叫びが響く。無視してラウンジの方へ向かった。

「…いつの間にパーティなんて。あの人はそのような騒がしい催し物は好きじゃないと思っていたのですが…」
「先ほどの話ですと、リドルさん自ら招待されたようですね。他寮長からの話は断れなかったのでは?例の怪我のお詫びらしいですし」
「…なるほど。意外と役職を気にするあの人に効く、いい手だ」

アズールはステッキで強めに床を叩く。カツンッ!といつもより大きな音が響き、ラウンジへの扉がゆっくりと開いた。

「あのさーそんなに他に行って欲しくないなら尾びれでも切って囲っちゃえばいいじゃん。まわりくどくてめんどくさー」
「…それができたら苦労しないんだよ」
「ふふふ、そんなことしたら嫌われてしまいますからね」
「…うるさい」

だるそうなフロイドとニコニコしているジェイドに囲まれ、アズールは眉間にシワを寄せながら大きなため息をついた。

「...あの人が見ているのは、僕だけでいいんだ」




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