海寮 | ナノ



面白いヒト



僕たちが初めて抱いたあの方への印象は、アズールが気にかけてるヒト、ただ、それだけだった。




あれはアズールが下克上を果たし、何故かテンパった様子で勢い任せにあの方を副寮長に指名してすぐの頃だった。

「はぁ?ホントいい加減にしろよジェイド」
「それはこちらのセリフです、フロイド」

僕たちは陸に上がってから初めての、大喧嘩をした。舞台となった寮の談話室は僕たちの魔法の余波でボロボロで、遠巻きに見てくる野次馬は怯えているのが半分、我関せずと通り過ぎるのが半分だ。

互いに大きく拳を振り上げ、お互いの顔面に打ち込もうとしたその時、足下がぐんっと何かにすくわれ、大きく体制を崩した。
「はぁ?!」
「なっ!」
そしてその勢いのまま、僕たちはお互いに前頭部を強打した。
「イッテェ...」
「......っ」

「学園内及び寮内での私闘は厳禁。兄弟喧嘩なら外でやれ」

誰も近づかなかった僕たちに、野次馬の中から少し小さいあの方がステッキを片手に、そう言い放った。

「あ?なに、邪魔すんじゃねーよ」
「...フロイド」

この時僕は、若干頭が冷えて目の前にいるのが副寮長だと理解した。最近アズールが気にしているヒト、つっかかったことをアズールに知られたら面倒だ。だが、フロイドは目の前の小さいヒトに僕たちの喧嘩を止められたのが気に食わないようだった。

「先にあんたを絞めてやろうか?」

フロイドはあの方に詰め寄り、その体格差でほぼ真上から見下ろす。

「......」

あの方はフロイドを見上げ、そしてステッキで床をカツンッと鳴らした。
その瞬間、
「!?」
フロイドの足元に小さな竜巻ができ、一瞬で足をすくいあげフロイドはドタンッと後ろに尻もちをついた。
「...は、?」
何が起きたのか、わかっていないようだった。


「首が疲れる。縮め」


体勢が逆転し、フロイドを見下ろしながらそう言い放ったその人は、近くの僕を見据えた。

「ここの清掃後、副寮長室へ来い」

用は済んだと、ステッキをマジカルペンに戻し、あの方は野次馬の中へ消えた。野次馬たちも徐々に散り、僕はいまだ尻もちをついた状態でボーッとしているフロイドへ声をかけた。
「……」
「フロイド、どうしましたか?」
「ジェイドー、」
「はい」
「おれ、」
フロイドはゆっくりと僕の方へ向いて、

「おれよりチビに初めて転ばされたかも!」

ものすごく目をキラキラさせながら、そう言った。

「おやおや」
「縮めって!そんなのアズール以外で初めて言われた!」
「そもそも学園に来てから僕たちに話しかけてくる人がいませんでしたね」
「それだー!」
あははーアズールが気にしてるのわかる気がしてきたー!とフロイドは元気よく飛び上がる。
「あんな小魚みてーにちいせえのに、目ん玉まっすぐ見てきた!大抵びびって揺れてる奴多いのに」
「元は寮長ですから、場数をふんでいるのでしょう」
「早くチビちゃんのとこ行こ、もっといろいろ見てみたい」
「ダメですよ。ここの清掃をしないと」
「えぇー、めんどくせぇ…あとでいいじゃん」
「清掃しないと会ってもらえませんよ。アズールにもバレると面倒です」
「あぁー」
「ふふ、でも僕ら直接呼び出されちゃいましたね。アズールなんて追いかけて追いかけて、やっと見てもらえましたのに」
「あはーそれめっちゃ面白いかも。アズール拗ねちゃうじゃん」
「では早く片付けましょう。先日習った実践魔法を使用すればきっとすぐです」





「...キノコ料理の作りすぎで喧嘩した?」
「はい」
「うげえ...」

フロイドの気が変わらないうちに清掃と修理を終わらせて、呼び出しを受けたあの方の部屋に行けば、喧嘩の原因を問われた。

「陸に上がってから山に興味がありまして、特に食材、山菜やキノコですね。血を分けた兄弟や幼馴染みにこの美味しさを伝えたかったのですが、食べてくれなくて」
「ちげぇー、二週間もキノコだけとか拷問だね!」
「……」

フロイドは露骨に嫌そうな顔をし、あの方は呆れ顔でこちらを見ている。

「そんなことで寮を壊さないでくれ」
「ジェイドがキノコ持って帰ってこなきゃいいだけだし!」
「そんな、それでは僕の部活動が出来なくなってしまいます」
「自分で食うだけにしろよ!」
「…なんの部活だ?」
「『山を愛する会』です」
「…そんな部活あったか?」
「僕が作りました」
「…あぁそう」

あの人は小さくため息をつき、書いていたメモを破いた。

「初犯だし、談話室も戻ったようだし、今回は不問にする。寮長には黙っておけよ」
「はぁい」
「そういえば寮長は?」
「今日は臨時の寮長会議だ。もうすぐ戻ってくるんじゃないか」

寮長が見つからなくて、副寮長が呼ばれたそうだ。

「まあそんなことで喧嘩するなら、私が食べるから持ってこい」
「え」
「えぇ!!」

なんでもないようにそういう。

「お好きなんですか?キノコ」
「やめた方がいいって!!二週間キノコだよ!!」
「別に、キノコっていっても一種類じゃないんだろ」
「え、えぇ。シイタケ、ヒラタケ、ブナシメジにキクラゲ、」
「うげ!何その呪文!!」
「クリタケ、ナメコ、アミタケ、あぁあとマツタケ」
「…本当に山のキノコだな、知らない名前が多すぎてわからん。毒キノコじゃなかったら食べるよ」
「!!!」

僕は、その時初めて、雷に打たれたかの様な衝撃を受けた。

 「ええええええ!!まじで!?」
 「まあ、キノコは嫌いじゃないし」
 「二週間だよ!?」
 「食べられればなんでもよくないか?」
 「うげええええ!信じらんねえ!!」

なんだか二人がまだ話をしているが、僕の耳にはうまく入ってこない。ただあるのは、この寮で、僕以外に、キノコを食べてくれる人ができた、という事実だけ。

「ロックウェール副寮長!」
「うわ!な、なんだ改まって、」
「今度の休日は楽しみにしておいて下さい。あなたのためにたくさん採ってきます」
「あ、あぁ、わかった。楽しみにしているよ」
「はい!」

フロイドの顔は引きつっていた。



失礼しましたと、二人で副寮長の部屋をあとにする。

「なんていい方なんでしょうか。流石アズール、ヒトを見る目がありますね」
「たまたまじゃね。てか次の週末山行くなら、部屋にキノコ入れんなよ」
「善処します」
「つーか珊瑚ちゃんもわけわかんね、キノコづくしで良いとか理解できない」
「おや、珊瑚ですか」
「そ。オレが近づいても珊瑚みたいに動かないし、ジェイドのキノコ攻撃にも怯まねーから」
「他に何かありそうな気がしますけど、フジツボやカメノテだって動きませんが」
「もいっこある」

フロイドはニヤリと笑った。

「アズールが気にしてるじゃん。珊瑚って、種類によっては宝玉でしょ」
「あぁ、なるほど」
「つまんねーやつだったらアズールが飽きるまでほっとこうと思ってたけど、珊瑚ちゃんなんか面白そうだし」
「えぇ、アズール同様、楽しませてくれそうですね」
「ね!」
「イシサンゴになるのか、ベニサンゴになるのか...」
「楽しみぃ!」




一方野次馬の下級生たちは。

「さっきの副寮長凄かったな。俺だったらあの二人の間に入っていけねーよ」
「つか近づいてきたフロイド転ばしてたぜ??ぜってぇ出来ねえ」
「...さっき副寮長を探し出した奴がお礼を言いにいったんだけど、怖くなかったんですか?って聞いたら」
「「聞いたら?」」
「前の寮長の方が怖かったって」
「え、どんだけ怖いんだよ。副寮長の前の寮長!」

その会話を小耳に挟んだ上級生たちは、

(あぁ、あの人は怖かった)
(というか一年間副寮長やってても怖かったんだ)

と心の中で現副寮長に同情した。




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