XX
「.........」
突然突きつけられた署名をパラパラとめくり、彼はチラッと近くの寮生を見る。目があったであろう寮生達はびくりと肩を震わせ、そっと視線を外した。
「ロックウェール君、アーシェングロット君の決闘の申し出を受けますか?」
「.........」
彼は署名をテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。肩に羽織った寮長の証しであるコートに手をかけた。
さあ、あの時僕を助けた魔法を見せてください。あなたのために集めた様々な魔法で、あなたと戦い、そして...
「本日をもって、オクタヴィネル寮寮長は、アーシェングロットとする」
僕をあなたに知って...
「なッ!?!?」
「なっ!!!!」
その突然の宣言とともに投げ捨てられたコートを抱き、僕は一瞬固まった。
な、なぜ!?
なぜ僕と戦わず、寮長を退くんだ!?
「ま、待ってください!!僕は決闘を申し込んだんです!!」
「そ、そうです!あなたのユニーク魔法なら、アーシェングロット君なんて、いやいや片方の生徒の肩を持っては...いやしかし、うーんこのままアーシェングロット君が寮長になってしまったらうーんウンタラカンタラ...ブツブツ...」
あぁ!!学園長うるさい!
「と、とにかく、僕と戦ってください!そして、僕を、」
見てーーー
「もともと、」
必死に呼び止めて、その人は初めて僕を見た。
「前寮長からなりたい奴が現れたら譲るよう言われていたし、その署名、寮生の半数以上が私の退身を望んでいるならそうするべきだ。そしてそれを集めた君には素質があるんだろう。だから無意味な決闘などせず、退身する」
「ッ!!!」
あぁ!なんてことだ!!
決闘を挑む正当な理由として集めた署名が裏目に出た!!!辞退なんてされたら、精神的に追い詰めることもできないじゃないか!!
どうする、このままでは、この人はただの一般寮生になってしまう。そうなったら、多分、僕はもう二度と、この人を見つけられない...!!そんな気がする...!
「...残念ですが決心は固いようですね。では、オクタヴィネルの寮長は本日より、アーシェングロット君ということで」
「なッ!!!!」
「あぁ、そのコートは前寮長のままだから大きければリメイクするといい」
コートなんて今はどうでもいいッ!!
考えろ!このままじゃダメだ。なんとか、なんとか引き止めて...!
「とっ、取引ですッ!!!」
話を長引かせて、考えろ!
いつもやってるじゃないか、交渉術は僕の十八番だ!
「契約をしましょう!!!」
「...は?」
「あなたは決闘をしたくない、僕はあなたと決闘をし、寮生達の前で正式な寮長になりたい。双方の意見が合わない時は、取引をするべきでしょう?」
「...寮生の前で私が決闘を棄権、寮長を辞職した今、次の寮長として指名されたお前は正式な寮長だ。学園長も認知している」
く、口の回る...!
僕が無理を言っているのは分かってるんだ。
でも、ここで、ゴリ押す!
「いえ!寮長は実力を寮生に示してこそのはず。つまり僕はあなたに指名されてはいても寮生に支持されていないんです」
「......」
今だ、ここで、押せッ!
「で、ですので、」
なんとか、彼を縛り付ける方法を...!!
「け、決闘をしない代わりに、副寮長になってください!」
「.........は?」
その呆気にとられた顔に、勝機を見出した。
寮服の内ポケットから紙を取り出して、急いで契約を書く。
あぁ!内容はどうするんだ!とりあえず僕の望むまでにして、
「さあここにサインを!!!」
「…………」
「…………」
この一瞬が本当に長く感じた。
冷静になればなるほど、なんでユニーク魔法にしなかったとか、色々考え、後悔ばかり。
笑顔を貼り付けたまま、頭の中では大混乱だ。
視界の端であの双子が吹き出しているのが見えた。
「…まあ、いいか」
そんな呟きと共に、僕の手から契約書とも呼べない手作りの紙ペラが消えた。
近くの机に紙を置き、僕が差し出したペンでサインが刻まれる。
「...はい」
ーーRita・Rockwell
つたない契約書にはしっかりとその名が刻まれていた。
「ッ!!」
思わず顔が緩みかける。
これで、この人を見つけられる...!
僕を、知ってもらえる...!
「で、ではロックウェール“副寮長”」
手袋を外し、片手をだすと、
彼も同じように差し出し、握手を交わす。
「これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。アーシェングロット寮長」
小さく、でも事務的でない笑みで彼は僕の名を紡いだ。
...あぁ、やっと、
あなたは僕を見てくれた。
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