海寮 | ナノ



XVII



あの人を初めて見たのは入学式。
周囲より頭ひとつ分小さいその人は己の所属するオクタヴィネルの寮長で、前寮長の指名だということ以外、正直特筆することがないような、普通な人に見えた。


「ハッ…!!ハッ……!!」
陸に上がったばかりで、不慣れな体。急激に走ったせいで上がる息と、額に流れる汗が不快だった。
「ッ!!!」
もつれた足にバランスを崩し倒れ込むと、先ほどから自分を追い回している奴らに追い付かれる。

「はは!転んだ転んだ!!」
「大人しく海にいればいいのにな」
「まったくだ!」
「「「はははははは!!!」」」

「……っ」
きっかけなんてない。彼らが暇を持て余してた所に、たまたま僕が通り掛かっただけのこと。
「くそ、」
海の中なら絞め上げてやるのに、と奴らを睨み付ければ、汚らわしい獣人たちはにやぁと口角を上げた。

「俺試したい魔法があったんだよな」
「俺もー」
「ほどほどにしろよぉ?」

ニヤニヤとしてマジカルペンを僕に合わせる。僕も胸元のペンを取り出そうとしたが、何も掴めなかった。
「ーーッ」
まさか落としたのか!?

「そうら!炎魔法だ!!」
「くっ!!!」
身が焼かれるのを覚悟して、目を瞑った。

が。
「......?」
「あ、あれ?俺の魔法...」

放たれたであろう炎はどこにもなかった。
そして、

「こんなところで何をしている」

凛とした声が響いた。
白い魔法石が嵌め込まれたステッキをこちらに向け、静かに歩み寄ってくる。僕を庇うように前に立つとステッキで床をカツンッと鳴らした。

「うちの寮生に何をしている。群れのボスからくだらない狩りはやめろと教わらなかったのか?」
「こいつ、オクタヴィネルの、」
「まずいな、」

自身より背の高い相手を見上げ、我が寮長は淡々と告げる。その小さな背中が、僕にはとても大きく見えた。

「キングスカラーに告げ口されたくなかったら早くこの場から消えろ」
「...なんだと?てめえ、レオナさんを呼び捨てるんじゃねえよ」
「寮長っつっても二年だろ。先輩への口の聞き方がなってねえなぁ!!」
「三対一だ、やっちまえ!」
彼らはマジカルペンを構え、一斉に魔法を発動する。

「り、寮長...!」
「ふぅ......『ーーーーー』!!!」

彼は素早くステッキを構え、そして、
カツンッ

「「「なッ!!!」」」

僕たちに届いたであろう全ての魔法を消し去った。

ーーなんだ?飛んで来たのは全部違う魔法だった。相殺って感じでもない、まるで元から何もなかったみたいな...

「お前たちの魔法は通用しない」
もう一度カツンッとステッキで床を鳴らし、獣人たちを見据える。

「尻尾を巻いて、さっさと立ち去れ」
「ッ!!!てめえ!!なめやがって!!」

魔法が効かないのであれば実力行使と、獣人たちは拳を振りあげ寮長へ殴りかかった。
「寮長!!!」
ステッキを構える様子も、防御する様子も見られず、僕は彼の前に出ようとしたが、

「ばあ!」

寮長に拳が届く前に、長い足がソレを蹴り飛ばした。

「フロイド!!」
「大丈夫ですか?アズール」
「ジェイド!!」

フロイドの後ろには同じく獣人を蹴り上げているジェイドがいた。

「寮に戻っていなかったので探しに来ました」
「ねぇ、こいつら絞めていーい?」

僕らの前に立ちにっこりと笑った2人に、倒れた獣人たちは「覚えてやがれッ」と捨て台詞を吐いて逃げていった。

「ちぇー、絞めたかったのにいっちゃった」
「また機会がありますよ、フロイド」

残念そうな様子の二人から、助けてくれた彼に視線を移すと、ステッキをマジカルペンに戻しているところだった。

「寮長、助けていただきありがとうございました」
「......この時期は、陸に上がったばかりだと思われてるオクタヴィネル新入生が、よく狙われる。一人にならず、複数で行動することだ」
「はい、」

 「ねージェイド、このチビ誰?」
 「うちの寮長ですよ」
コソコソと話しているが丸聞こえである。

「あぁ、あとこれ、君のだろう?」
「...ぁ」
ポケットから取り出されたのはほとんど新品のマジカルペン、僕のだった。

「もう落とさないように」

彼は去り際に小さく笑って、彼より少し高い位置にある僕の頭を撫でた。
その表情が、先程後ろから見ていたモノと全く違い、僕はしばらく固まっていた。




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