XII
なんとかリーチを撒いて鏡舎へ駆ければ、入り口付近の木に、頭の後ろで手を組んだ面倒そうな顔したブッチが立っていた。陽はもうとっぷりと落ちている。
「ブッチ!!」
「あ、ロックウェールさーん」
ひらひらと手を振ったブッチは、中でレオナさんたちが待ってます、一二の三で行くっスよ、と駆け寄る私に声をかける。
「一二の、三!『
愚者の行進』 !!」
鏡舎に入ると、何人かのオクタヴィネル下級生がいたが、全員上を向いていた。
なるほど、自分の行動と同じ行動を相手にさせる魔法か、見事だな。
私はサバナクロー寮へ飛び込んだ。
「シシシ、貸し一つっスよ」
「割引券は?」
「それも貰うっス」
「はいはい」
あとからきたブッチとともにキングスカラーの部屋へ向かう。今日は一人と一匹に彼の部屋の掃除を頼んでいるらしい。それならばと、汗もかいたし制服も汚れているので、魔法で寮服に着替え、魔法薬を吹き付けた。
「その寮服、ここじゃあホントに浮くっスね」
「泥だらけの服で寮長の部屋に入るほど、私は礼儀知らずじゃないよ」
「逆にレオナさんはいつも砂と草だらけっスけどね。至る所で寝るから」
中ではユウとグリムが部屋の掃除をしていた。キングスカラー本人は部屋中央の大きなベッドで寝転んでいる。
「リタさん!」
「遅えんだゾ!」
「あの双子のイカれた方に追い回されてたらしいじゃねえか、よくまいたな」
「大変でしたよ。お邪魔いたします」
私も一緒になって部屋に落ちてる服やアクセサリーを片付けていると、急にユウが叫んだ。
「な、なに?」
「急にでけぇ声出すんじゃねぇよ」
「契約書!無敵じゃないから金庫に入れてるんです!!」
「はぁ?」
「…ハッ!ハハハ!そうか、なるほどなぁ!」
キングスカラーは愉快そうに笑う。
「昼間、金庫にフロイド先輩の弾いた魔法が当たったとき、アズール先輩すごい怒ってました!」
「くくく、大事な金庫が壊れ、中の契約書に何かあったら困るんだろうなぁ」
「ん?んんん?契約書は無敵なんだゾ?」
「...そうか、無敵にも条件があるんだ。おそらくアーシェングロットの手を離れているうちは無敵じゃない。だから金庫に入れて大事に仕舞って…、」
「…となると、契約書から電流が流れるってのもお得意のハッタリかもっスね」
「にゃにー!?」
「ユウたちにわざと契約書を触らせ、見計って雷の魔法をぶつけたんだ。そもそもそんな力があの契約書にあったら初めのうちに言いそうだ、いい牽制になる」
「見え透いた罠に引っかかってんじゃねぇよ」
「アズールのやつ、二枚舌どころか、八枚舌なんだゾ!!」
「なんにせよ、金庫から契約書を持ち出してみれば話は早そうだな」
「でもリーチ兄弟はどうするんスか?その仮説がホントだと、絶対にあの二人が邪魔にしにくるっスよ」
「それはこいつらが勝手にやるだろ。宿も貸して、ここまで手伝ったんだ、もう十分だろ」
「確かに、そうっスね」
「ふん、つめてぇ野郎なんだゾ!」
「……」
腕を組み口に手をあて、考える。
金庫の中の契約書は、無敵じゃない可能性が高い。なら、あのVIPルームで私のユニーク魔法を使えば、あの契約書たちは、もしかして…。
「リーチ兄弟がいなければ、いいんですよね」
「!」
見上げればユウが、キングスカラーと向き合っていた。
「私たちがアトランティカ記念博物館に行けば、リーチ兄弟はこちらを絶対邪魔しに来ます」
「それで?お前らがそっちに行ったら、誰が金庫を開けるんだ?そこの幽霊野郎か?」
「…私は今日リーチのマークが付いた。さっきまいてしまったから、明日はもっと執拗になると思う。お前たちの方もリーチが片方いれば十分邪魔できると踏んでいるだろう」
「だから、レオナ先輩にお願いがあります!」
「フン、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだな。タコ野郎絡みならなおさらだ」
「無理無理。諦めることっスね」
「っ!」
ユウはキリッとキングスカラーを睨みつけた。
…あの子、あんな顔できたんだ。
キングスカラーはそれを面白そうに目を細め、にやっと笑った。
「だが、そこの幽霊野郎が俺に助けを求めるって言うなら、少しは考えてやる」
「「え」」
…私?
「お前がなんでタコ野郎と仲違いしてるのか知らないが、あのタコが大事に大事にしているお前を顎で使えると考えると気分がいい。それを見たあいつの顔が歪むのを見るのもな」
「大事…?私、そんなんじゃないんですが、」
「いいから、答えろよ。俺に助けを求めるか?対価は一週間パシリだ」
「…キングスカラーさん、私のこと嫌ってませんでしたか?」
一週間もパシリって…。嫌いな奴につきまとわれるの嫌いだろうに。
「今でも気配が薄くて気持ち悪りぃヤツと思ってるぜ?ここ二日でだいぶ慣れたがな。言ってんだろ、お前をパシリにしてあのタコの悔しがる顔が見たいんだよ」
「…悔し、がるんですかね」
「アズールくん多分すごい顔すると思うっス」
その理論はよくわからないが、私が助けを求めて一週間パシリをすれば手伝ってくれるらしい。ならば私の選択肢は一つだ。この契約、破棄させなければ私とユウの秘密が露見する。絶対に負けられない。
「サバナクロー寮、レオナ・キングスカラー寮長」
居住まいを正し、彼の目をしっかりと見てから、頭を下げる。
「私たちに、力をお貸しください」
「あぁ、いいぜ」
そう言ったキングスカラーは、ものすごく悪どい笑みを浮かべていた。
← top →