海寮 | ナノ



XI



「珊瑚ちゃん、おはよう?」
「...あぁ、おはよう」

着替え終わって魔法薬を吹き付けて、朝食をとりに食堂へ向かおうと外に出ると、パッと見ヤバい方のリーチが立っていた。横を通り過ぎ、鏡舎に続く鏡へ向かえば、リーチはニコニコしながらついてきた。

「...朝食はラウンジじゃないのか」
「今日は珊瑚ちゃんと食べたい気分なの」
「片割れはどうした」
「ジェイドはアズールと一緒にいるよ」
「.........」
「ねえ珊瑚ちゃん」
「なんだ」
「歩くのくっそおっせえからぎゅっとして運んでい?」
「は、」
「いいよねー!はいぎゅーー!!!」
「うおっ!やめろリーチ!!絞めるな!!小脇に抱えるな!!は、走り出すなああああ!!!!!」

全力疾走で、大食堂まで運ばれた。
途中すれ違った寮生と、食堂にいたユウたちに同情の目で見られた。






一気に食欲が無くなった朝食を経て、授業のため別れた。

が。

「ねぇリタくん、あれどうしたの?」
「毎時間来てるよ…」
「私が無視しているのだから二人もそうしてくれ」
「いや、無理があるでしょ」
「無理でござるー!!!」

リーチは休み時間のたびに私の教室へ来た。

「リーチ、自分の教室へ戻れ」
「あイシダイ先生だぁ」
「時間を守れないbadboyには躾が必要か?」
「またね、珊瑚ちゃん」

手をひらひらと振って、奴は自分の教室へ戻っていった。

「ロックウェール、ペットの持ち込みは禁止しているが?」
「…冗談がお上手ですね、先生」
「躾きれないのならばさっさとなんとかするんだな」
「はい」
「では仔犬ども!授業を始める」

クルーウェル先生の授業を聞きながら、少し考える。
あれはどう考えても私の監視役だ。昨日は夜以外なかったが、今日は朝から…しかもリーチの片方をつけてきた。昨日は寮生だったのに。昨日のサバナでの密会が露見したか…?まあサバナクロー寮にまでは入ってこれないだろうから、話していた内容まではわからないだろう。

「…逃げるか」

机の下で携帯を開く。ジャックに片手で簡潔にメールをした。

双子片方
監視
逃げます。

ガラケーは見なくてもメールが打てるのが最大の強みだね。

そうして、私とフロイド・リーチによる壮絶なかくれんぼが始まった。





「ではこれにて本日の授業を終了する」
ガタッ!
「じゃ、また明日」
「え!リタくんはや!!」

あらかじめ帰り支度を済ませておいた鞄を掴み、教室を飛び出す。二年の教室から遠ざかるように移動し、食堂を突っ切って、植物園の方へ。魔法薬室と植物園の近くの森でやり過ごそう。

ジャックからはお昼休みの時に、『エースたちとVIPルームに行ってきます』との返信がきた。

「そういえば昼休みには来なかったな…」

一番監視しやすい時間帯のはずなのに…。
VIPルームのジャックたちのほうに行ったのか。

「...ん、電話か」

森につき、しばらくすると、ポケットに入れた携帯が震えた。宛名はジャック。

「もしもし、」
「リタさん、こんにちは」
「ユウか。どうした」

でたのはユウだった。

「監視がついたってジャックから聞いて、大丈夫ですか?」
「今まいてるとこ。そっちはVIPルームどうだった?」
「それが、」

みんなでVIPルームに隠れていたが、見つかったという。しかも契約書には触れた瞬間電撃が走って触れることすらできなかったと。

「…わざわざ見せつけるために一枚置いて触らせたのか。やっぱりあいつ性格悪いな」
「でも、なんか、ひっかかってまして、」
「…触ったら電撃。魔法は弾かれる、ね」
「リタさんは今日もサバナクローに来られそうですか?」
「このまま、まき続けられたら行けるけど、鏡舎に張り付かれたらどうしようもないな」

あそこはすべての寮に続く場所だから、私が最終的に見つからなくても張り込まれれば見つかってしまう。前にアーシェングロットが私を待っていたように。

それに、私がサバナに行っているところはあまり見られたくない。ユウたち側につくと言ってはいるが、具体的にどう関わっているかまでは悟られたくはない。

「ジャックにいい考えがあるそうなので、かわります」
「ああ」
「リタ先輩、俺です。ラギー先輩のユニーク魔法で鏡舎にいる見張りの視線をそらせれば平気じゃないですか?」
「…それ、誰がブッチに頼むんだ」
「俺が頼んでみます!」
「…渋ったらサムさんのとこの割引券10枚って言っといてくれ」
「ッス!」

ラギー・ブッチのユニーク魔法がなんなのか知らないし、安く手伝ってくれるとは思えないが、ジャックの様子だと勝算は少しあるのだろう。

ジャックからユウに電話は戻り、もう少し詳しくVIPルームでの話を聞いていると、

「あぁーやっと見つけたぁ!!」

今一番聞きたくない声がした。

「っ!!」
振り返れば、夕日を背負いながらニタァと笑ったフロイド・リーチ。

「また後で連絡する」
「り、リタさ、!」
ブチっと切って、携帯をしまい、マジカルペンに持ちかえた。

「ぜんぜん見つかんねーんだもん。飽きちゃうとこだった」
「そのまま飽きてて欲しかったな」
「だってアズールは昼間のことでウゼーし、ジェイドにはこれだけはやりましょうってうるせーから」

長い足で一歩一歩近づいてくるので、間隔を保つように大股で後退する。

「まあ珊瑚ちゃんとのかくれんぼは、楽しいからいいけど」
「私は楽しくないな」
「あはは、ねぇこんな山みたいなとこ早く出て、一緒に寮に帰ろ?」
「今日はまだ帰れないな」
「じゃーあ、ぎゅーーってして、運べばいいよね!」

その言葉とともに、奴はまるで弾丸のように突っ込んできた。

「っ!」

とっさに横に避けるが、予測していたとばかりに長い手が伸びてくる。

しゃがんで、かわし、
自分の足元に風の魔法を纏わせ、ブーストがわりに一気に駆け出した。

「へぇ、アズールより動きいいかも」

生まれ持った恵まれた体躯に優れた身体能力。普通に逃げていたらすぐさま捕まる。

植物園は私の庭。この森だってこっそり育てている薬草が植えてある場所。あの狩人ルーク・ハントの次くらいには詳しい。はず。

「珊瑚ちゃんどこー?隠れてないで出てきてよ!」

呼ばれて誰が出るか。

フロイド・リーチはよく私を見つけてくる。私が一人でいるとき、大抵呼びに来るのはこいつだ。他の二人に比べ、スキンシップが多いからか、二人よりも少し薬が効きにくくなっているのかもしれない。

「あ、みっけ!」
「…ちっ、」

また見つかり、これまたすごい勢いで飛び出してきたので、奴の目の前に氷の壁を作る。本人に当てようとするとユニーク魔法で弾かれるからだ。

「イッテェ!!」

勢いよくぶつかったのを横目で確認し、また身を隠す。腹這いになり、ほふく前進で移動する。…まずいな、この調子だとすぐに捕まる。早めにサバナクローに引っ込んだ方がいいな。

携帯を取り出し、ジャックに電話をかける。

「リタ先輩!!」
「ジャック小声で頼む。なんとかしてまくから、あと30分後にブッチ連れて鏡舎に来れるか?」
「渋られましたけど、ラギー先輩やってくれます!」
「よかった、また後で」

携帯をしまって、鏡舎に向けて移動した。
陽はだいぶ落ちていた。




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