VIII
そして、私達は寒空に追い出された。
「…うう、今日からこの寒空の下野宿かぁ…辛いんだゾ…」
「…とりあえず移動しよう。ここにいても仕方ない」
「はい…リタさん、」
アーシェングロットとユウが交わした契約の条件は、珊瑚の海にあるアトランティカ記念博物館のエントランスにある写真を取ってくる、というもの。期限は三日目の日没まで。海の中で呼吸ができる魔法薬もくれたそうだ。今回の救済処置はこの薬か。
この条件を達成出来なければ、私の魔法薬がアーシェングロットのものになってしまう...。
知らず知らず舌打ちをかます。ユウとグリムがビクリと震えたが、そんなことを気にしている場合ではない。
「おーい、ユウ、グリム!」
「あれ、リタ先輩もいるじゃん」
そこにいつものハーツ一年生とジャックがやってきた。ローズハートに話をつけて、グリムとユウの寝床を確保してきたらしい。
「お前ら四人部屋にもう一人と一匹押し込める気かよ...」
「だめだ」
同じ部屋に四人もいるところにユウを放り込めない。絶対にバレる。ただでさえエースとデュースはユウと仲が良く、いつも一緒にいて薬に慣れてしまう可能性があるのに。
「えぇー!なんでアンタが反対するんだよ。じゃあアンタのとこに泊めればいいじゃん。副寮長なんだし、部屋広いんでしょ?」
「...お前たちは誰と喧嘩してると思っているんだ。ウチの寮長だぞ。お膝元で作戦会議してどうする」
「あ、そっか」
「じゃあサバナクローに来るか?うちは空き部屋も多いし、レオナさんたちもマジフト大会の借りがあるから断らないだろ」
...マジフト大会の、借り?なんだそれは。やっぱり巻き込まれてたのか
「アズールの契約についていってやるって偉そうなこと言っておいて結局何も出来なかったからな...」
「...サバナクロー寮か、」
そう呟く私を四人と一匹は伺うように見た。
「なんか、今日機嫌悪い?」
「眉間のシワが、すごいな」
「私がいけないんです...」
「すまん、俺も何も出来なかった、」
...ボソボソとうるさい。
「別にユウたちに苛立っているんじゃない。こうなることが予想できなかった自分に苛立っているんだ」
深くため息をついて、私は頭をガシガシと掻く。あぁもう。
「...イソギンチャクたちは心底どうでもいいけど、あのコロンだけはアーシェングロットに渡せない。契約してしまった以上、私もこの件で無関係とはいかなくなった」
何故このタイミングで私の魔法薬を欲しがるのか、それを問いたださなくては…。気になっていたのなら奪うタイミングは他にもあったはずだ。リーチたちは私の施錠魔法を勝手に解くし、一応小瓶には私以外が触ると効果がなくなるまじないもかけてはいるが、あいつらには解除する事くらいたやすいはずだ。別物だと気付いておきながら、何もしなかったのは何故だ。何故このタイミングで強硬手段に出た。
「...とりあえずユウとグリムの寝床だな。不安だけど空き部屋があるならサバナクロー寮にお世話になるといい。誰かと同室はダメだけど」
「リタ先輩、あんたは来ないんですか?」
あんたも居づらいんじゃないかと、目が語っている。
君、やっぱりいい子だな。
「私はサバナクロー生とは相性が悪いから行かないほうがいい」
「え、そんなんあるの?」
みんなが一斉にジャックを見る。
「え?あぁ、いや、俺はもう慣れたが、リタ先輩はなんというか匂いが薄い」
「コロンつけてんのに!?」
「そもそも気配っていうもんが薄いんだ。俺たち獣人は気配とか匂いとかに敏感だから、リタ先輩みたいに匂いがしないのは、確かに苦手なやつが多いかもしれない」
「「「なるほどー」」」
イソギンチャク三人組は揃って頷いた。
ジャックの証言はうまく魔法薬が働いている証拠だ。この魔法薬は獣人や人魚に対して、人間より少し強く効くよう調合されている。対面している時は少し良い匂いがするだろうが、その記憶自体が残りにくい。ユウは魔法薬を少しだけ希釈し効果を抑えているのと、使用期間がまだ浅いのでジャックたちにも私に対するような反応はされないのだろう。
「私はアーシェングロットに聞かなくてはいけないことが出来たから寮へ戻る。もしかしたらリーチの強襲にあって、君たちとうまく連絡が取れないかもしれないから、私の携帯の番号を教えておく。お前たちのも教えてくれ」
「うわ!!ガラケー!?すっげえ久しぶりに見た!!」
「…まだ使えるんですね」
「リタ先輩は物持ちがいいんだな」
…パカパカしてかっこいいだろ。悪いか。
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