海寮 | ナノ



V



「お前達が悪い」
ばっさり。
「自業自得」
すっぱり。

翌朝。教室でリタさんがオクタヴィネルの副寮長だということをエースたちに伝えると、彼らは血眼になってリタさんを探し始めた。私とジャックはアズール先輩の尾行をしていたので詳しくは知らないが、エースたちはリタさんを全く見つけられなかったそうだ。私たちがリタさんを見つけたのは、食堂で合流したあとのことだった。

大食堂の端の席。スープとパンを食べていたリタさんにエースたちは事情を話したが、全部聞き終わったあと、リタさんはエース達を見ずにばっさりすっぱり言い放った。

「アーシェングロットの商売は、一応の救済処置がある。上位30名は全学科満点だったんだろ。ならなんでお前たちは満点を取れなかったんだ。あのノートはそれだけの力があるのに、上位50名に入れなかったのはお前たちの落ち度だ」
「う、ぐ、そ、それは、」
「でもあれだけの人数と契約してたらそんなの関係ないんだゾ!」
「だから、ノートをもらったという同じ条件なはずなのに、50名に入れてる奴が居るんだから、入れなかったお前達が悪いって言ってるんだ。大体契約者全員が満点を取っていれば全員同率一位で全員が契約達成する、なんてこともできたんだ」
「うっ、うっ!!」

 「うわぁ、それだと楽しようとした意味がないっていうか…」
 「そうか…全員満点だったら全員イソギンチャクにならずに済んだのか…。いや、俺は俺が満点を取れる姿が想像できない…!」

「リタは俺様の味方だと思ってたのにぃ!」
「私は私の味方であって、グリムの味方にはなり得ない」
「ふなぁー!!」

追い討ちのきっぱりで、グリムは涙目になった。エースたちは顔が引きつっている。

「確かに、同じノートを貰ってるのにこれだけ点数に差が出るということは、そこでもコイツらはサボったってことなんだな」
「うん、そうだね…グリムは一夜漬けだったし」
ジャックは感心したように頷いている。


「珊瑚ちゃーん!」
落ち込むエースたちを無視し、昼食を進めるリタさんに、大きな影がかかった。
「うぐっ」
「こんな端っこで何してんの?」
「...重い、離れろ」
「あれ。ここ、イソギンチャクの群生地じゃん」
朗らかな声と共に、リタさんは現れた影に後ろから押しつぶされた。その後ろからもう一人がぬっと現れる。
「おやおや、イソギンチャク如きがうちの副寮長と昼食を共にするなんて。なんて図々しいのでしょうか」
「ふぎゃ!出たなそっくり兄弟!」
「ふふふ、グリムさん、立場がわかっていないようですね」
「ヒィ!!!また絞められる!!!」
グリムはさっとデュースの後ろに隠れた。

「別に私が誰と食事をとろうがかまわないだろ。離せリーチ!」
リタさんは思いっきり顔をしかめ、抱きこむよう覆いかぶさっている人を睨んだ。あんな不機嫌そうなリタさん、初めて見た。

「あは。や・だ」
「……」

リタさんは小さくため息をつき、眉間にシワを寄せたまま何事もなかったように食事を再開した。
「この状況で食うのかよ…」とエースはぼやいた。

「おや?あなたは、ここ最近うちの副寮長と親しくしているという…オンボロ寮の監督生のユウさん」
「え!!」
急な指名で、思わず小さく後ずさりしてしまった。

「なあに、エビみたいにビクッと後ろに下がっちゃって。うーん。小さいから小エビちゃんかなー?」
「あなたは先日、リドルさんたちと一緒にスパイごっこに勤しんでいたようなので、僕らのことはよくご存知かもしれませんが…、改めましてご挨拶を」
リタさんに絡んでいない人が、胸に手を当てて礼儀正しく微笑む。

「僕はジェイド・リーチ。こっちは双子のフロイド」
「どーもぉ、フロイドでーす。よろしくねぇ、小エビちゃん」

最後のパンを口に放り込むリタさんを抱え込んだまま、フロイド先輩は答えた。
「さて、少しお伺いしたいのですが、」
ジェイド先輩はにっこりと微笑んだまま、私を見てくる。マジフト大会前同様、相変わらず目は笑っていない。
「あなたはうちの副寮長とはどういったご関係でしょうか?」
「え、っと」
「そこにいるグリムの捕縛を手伝ってから食事をする仲になった。それだけだ」
私ではなくリタさんが間髪入れずにそう答えた。
「ふふふ、そうですか」
ジェイド先輩は私から視線を外さないまま、微笑みを崩さない。
「では、イソギンチャクたちを引き連れてうちの副寮長と食事をしているのは、このおバカなイソギンチャクたちのことで相談があったから、でしょうか?」

金色の目がきらりと光って、思わず唾を飲む。緊張してるのか、体が動かなくなった。

「…やめろ、リーチ。この子たちの話は聞いたが、私の管轄外だと伝えた」
「ご対応ありがとうございます」

ふと、金縛りにあっていたような感覚から開放された。

「ですが、もしユウさんが、このおバカで哀れなイソギンチャクたちに心を砕いているのだとしたら、うちの寮長に直接相談するのが一番かと」
「あ?なんだと?」
「アズールはグレート・セブンの海の魔女のようにとても慈悲深いお方」

「!」
また、海の魔女の、はなし。

「きっとあなたの悩みを聞いてくれるでしょう」
「そうそう。アズールはどんな悩みも解決してくれるよ。例えばぁ…そこにいるイソギンチャクたちを自由にしたい、なんて悩みでも」
「「「えっ!!!!」」」

ジェイド先輩とフロイド先輩は、もちろん対価は必要、それでも興味があるなら今夜9時に『モストロ・ラウンジ』へと言ってきた。

「よっこいしょ。それじゃあね、小エビちゃん、ウニちゃん」
「…おい私を持ち上げるな。いい加減離せリーチ!」
「えぇ〜でもこのあとの講義は二、三年合同だよ。一緒に行ったほうがよくね?」
「それはDとEの話だ。私はBだから関係ない」
「は?なにそれ、珊瑚ちゃんいないの。はぁ萎えたわ。ジェイド俺次サボる」
「ダメですよ。必修単位に入ってます」

そんな会話後、リタさんをドサっと開放して、二人は消えた。
残された私たちは、というかイソギンチャク三人組はお互いに顔を見合わせた。

「な、なぁ、もしユウがアズールと契約して勝負に勝ったら、」
「結果によっては、俺たち自由になれるってこと!?」

「「「頼む、ユウ!!アイツに勝ってくれ!!!」」」

「調子のいい奴らだな」
「…やめたほうがいい」
ジェックは呆れ顔で、リタさんは眉間にシワを寄せたまま険しい顔でそう言った。

「ほぼ名指しの契約勧誘だ。不特定多数を対象にしたテスト対策の契約とは訳が違う。ユウの持ってる何かを狙っている」
「私アズール先輩に渡せるようなもの持ってないです!」
「君がそう思っているだけで、アーシェングロットには価値のあるものなのかもしれない」
リタさんは険しい顔のまま考え込んだ。

「嫌な予感がする。この件に関して私はこれ以上関わりたくないのだけど、ユウ、君は今夜来るの?」
「…私は、」

私が受けてきたリタさんからの慈悲の精神。海の魔女のような深い慈悲の心で、私はリタさんにたくさん助けてもらった。同じ海の魔女の心なのに、どうして、アズール先輩やジェイド先輩から聞くものはこんなに違うのだろう。私は、それが少しだけ悲しくて、

「話を、聞くだけなら」

グリムたちが流石にかわいそうというのももちろんあるけど、私の受けたリタさんの心を、悪徳商法と一緒にして欲しくなかった。

「俺も行きます。こいつなんか抜けてて危なっかしいし」
「ジャック!」
「リタ先輩、あんたのいう通りこの契約には救済処置があったのかもしれない。でもやっぱり俺は、自分たちの実力だけで勝負できる機会を奪ったアズールが気に入らねえ!」
「ヒュー!ジャック意識高くていいぞー!!」
「うるせえ!!」

「……ジャック、と言ったか」
「ッス」
「君……いい子なんだねぇ」
「は!?」

リタさんは私が行くとややこしくなりそうだからと、モストロラウンジへ一緒に行くのは断られた。そして特攻隊はジャックと私になった。

「…その場で契約せずに、必ず持ち帰って検討しますと言うこと。いいね」

そう、念押しされた。




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