海寮 | ナノ



IV



「サバナクロー寮のジャック・ハウルくんに、オンボロ寮の、ユウさん…でしたね。次はぜひ、お客様として店においでください。いつでも歓迎しますよ」

ジャックから私に移った瞳が、とても冷たくて、それがあの保健室の時と重なった。


エースたちを追いかけてモストロラウンジに行ったあと、何故か流れで闘う羽目になりその場にいた学生全員でも歯が立たなくて、オンボロ寮にジャックと二人で戻ってきた。

「というわけで、アーシェングロットくんにこんなことはもうやめるよう説得して下さい」
「絶対に聞いてくれない…」

いつの間にか現れた学園長に無理難題を突きつけられた。

「…本当はロックウェールくんにも頼みたいのですが、この件で頼むとあの寮こじれそうなんですよねぇ…」
「え?」
「あ?なんだって?」
「いえ、こちらの話です」

とりあえず、敵を知ろうとのことで、明日ジャックと一緒にアズール先輩を観察することになった。今日はもう解散するつもりだったが、ジャックは私の顔をじっと見てくる。

「…あの寮から帰ってきてから浮かない顔してんな、なんか他に気になることがあるのか?」

あ、ばれてる。

「実は、この学校に来てからとってもお世話になってる人がいて、その人がオクタヴィネルの人だったから、なんていうか、ちょっと、ショックで」
「あ?同じ寮でもそこにいる奴全員が同じように良い奴なわけないだろ」
「そうなんだけど、海の魔女の慈悲の精神に基づいてってよく言ってるから、同じ言い方なのに全然違うなって」
「あぁなるほど」
ジャックは小さく頷いたあと、その大きな手で私の頭をガシガシと撫でた。
「うわぁ!」
「くよくよしてても仕方ねーだろ!その世話になってる人にも明日アズールのことを聞きに行こう。同じ寮生なら何か知ってるだろ」
「う、うん!そうだね!」

そうだ、リタさんならなにか良い方法を知っているかもしれない。それに、リタさんはリタさんだし。アズール先輩のあの冷たい目だけ気になるけど、、

「おーい、ユウいるか?」
「あ、トレイ先輩!」

ジャックを見送ろうと玄関に向かうと、ちょうどトレイ先輩が入ってきた。

「お、ジャックもいるのか。二人ともよければ今からハーツラビュルに来ないか?お茶会用のタルトがあまりそうでな、食べてくれるとありがたい」
「え!いいんですか?」
「オレは遠慮します。他寮にご馳走になるわけにはいかねえし」
「そうか…。あのイソギンチャク騒動で、うちの寮生もかなり餌食になってしまってな。食べる人がいないんだ。美味しく出来たんだけどな、洋梨のタルト」
「!」
「洋梨のタルトですか!?」
「あぁ、コンポートにしてな。生地に乗せたんだ」
「美味しそうです!!」

ジャックに行こうよ!ともう一度聞くと、ジャックは少し顔を逸らしながら小さく頷いた。




お茶会につくと、リドル先輩が荒れていた。

「うぎいいいいいい!!よりにもよってアズールと契約するなんて!!帰ってきたら全員首をはねてやる!!」
「どうどうリドルくん!」
ケイト先輩は困った顔でリドル先輩のカップにお茶を注いでいる。
「リドルーお客さんだぞ、そろそろ落ち着こう、な?」
「あ、あぁ、いらっしゃいユウにジャック。ハーツラビュルまでよくきたね」

リドル先輩は先程の激怒を感じさせないような優雅な所作でこちらに挨拶をした。
美味しいタルトとお茶に舌鼓を打つ。

「君たち二人はイソギンチャクを生やしていないようだね」
「あんな自分の力を試さない奴らと一緒にしないでほしいっス」
「確かに、」
私だってリドル先輩たちと一生懸命勉強したのだ。その努力がうまく結果として出なかったのは確かに悲しい。

「私、学園長に頼まれて、アズール先輩にこういうことをやめるよう言わなくちゃいけないんです」
「…それは、なかなか厳しいね」
「明日ジャックと一緒にアズール先輩のことを調べるのですが、先輩達から見て、アズール先輩ってどんな方なんですか?」

先輩たちは口々に言った。同じ二年生寮長としてとても優秀。悪徳商法紛いのことをやっているが実際効果は素晴らしい。モストロラウンジのマジカメアカウントが結構イケてる。などなど。

「でもユウちゃんはリタくんと仲良いし、リタくんに聞くのが一番じゃない?」
「あぁ、確かにな」
「リタさんに?明日聞きに行こうと思ってましたけど、やっぱり同じ寮だといろいろわかるんですかね」
私のその言葉に、先輩たちは少しだけ目を見開き、数回瞬きをした。

「あー、え、もしかしてユウちゃん、知らないの?」
「へ?なにがですか?」
「うそ、リタくんが勉強会に連れてきたりするのに知らないの!?」
「えっ!」
ケイト先輩は驚き、トレイ先輩は困ったように笑い、リドル先輩は優雅にお茶を飲んでいる。ただ一人リタさんを知らないジャックだけがキョトンとしている。

「その、リタって先輩が、ユウのお世話になっている人なんすよね。なんかあるんすか」
「ジャック、ユウ」
かちゃりとカップをソーサーに置いて、リドル先輩が私たちを見つめる。


「リタ・ロックウェール、彼はオクタヴィネルの副寮長だよ」


「えっ」
「えええええええ!!!」」

麗かなハーツラビュルの庭園に、私の声がこだました。

「おいユウお前、そんな人に世話になってるのか!?」
「し、知らなかったんだもん!!だ、だって一回家出だって言って泊まりに来たことあるし!!」
「ただの寮生が怪我をした程度で、あのアズールが息切れるほど急いで様子を見に来たりしないよ」

 「家出、したのリタくん…」
 「あいつ結構面白い奴だよな」

「オンボロ寮の屋根とかお風呂とかいろいろ直してくれて!」
「埋もれがちだけど優秀な人だからね」
 
 「屋根とか、直すのリタくん…」
 「便利業者かなにかか?あいつ」

「まさかトレイ先輩と同じ、副寮長だったなんて!」
「二年の一時は寮長だったんだよ」
「え、えええええええ!!!!」
 
 「まぁ知らないよねぇ」
 「そういう反応になるよな」

情報が追いつかない。
現副寮長なのもびっくりだし、元寮長だったなんて全然知らなかった。

「なあユウ、だったら尚更そのリタ先輩に話を聞きに行くのが一番じゃないか?あの寮の副寮長ならアズールも説得に応じるかもしれないだろ」
「た、たしかに」
「いや、それはどうだろう」

待ったをかけたのはリドル先輩だった。

「ロックウェール先輩は良くも悪くも中立だ。彼はこれまでアズールの契約を見ていたけれど、寮長の時だってそれを止めたことはなかった。今回だって、契約内容はテスト対策ノート配布だ。僕だって自業自得だと思うのに、もともと人付き合いを避けている先輩が、そんなお馬鹿な学生のために動くとは思えないよ」
「た、たしかに、」
私は以前、エースが首をはねられたときのことを思い出した。あのときリタさんはエースにばっさりお前が悪いと言い放っていた。いやその通りなんだけど。

「まあ話をしてみるだけでもいいと思うぞ。ユウはロックウェールに気に入られてるみたいだし、もしかしたら手を貸してくれるかもしれないな」




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