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そんなことを言われているとは梅雨知らず、時間は少し前に遡る。
入場口から少し離れたカメラ用の高台。周囲がよく見渡せるこの場所に私はいた。
キングスカラーが口を出した選手入場の時間と場所。例年にないプログラムに変更させたのには、きっと何かあるという漠然とした理由で、選手入場が見渡せるここに来た。もともと入退場の撮影用に用意された場所だが、撮影隊が誰もいない所から、ここではいい絵が撮れなかったのだろう。
全体を見渡して、ディアソムニアの選手たちが入場するその時、ある一角の観客達が一斉に駆け出した。
動いた。
相手はアーシェングロットの魔法薬を持っている。対抗するにはこちらも薬に頼るしかない。占星術の授業で使おうとして結局使うタイミングを逃していた手製の薬を一気に煽った。あぁ、クソまずいなこれ。しかも魔法薬が効くかはぶっつけ本番。決まってくれ。
自身の魔力の上昇を感じとり、一気にユニーク魔法を発動させた。
「はっ、はぁ…!はっ…」
き、きっつい…!なんだこれ!?
心臓が締め付けられる圧迫感と、身体中の気力が削ぎ落とされたかのような倦怠感が同時に襲って来る。魔法薬の効果は上々だったが、みそっかす魔力を底上げする代償はわかった。正直もう二度とやりたくない。
転倒防止の柵に寄りかかりながら、呼吸を整える。
会場を見ると駆け出していた観客達はゆっくりと止まり、大きな騒ぎにはなってなさそうだ。
とりあえず、よかった。
「…ちょっと、はぁ…、気持ち悪いな…、」
変な冷や汗までではじめたので、汗をぬぐい、懐からいつもの魔法薬を取り出す。
「...あ、そうだった、」
吹き付けることなく懐に戻された魔法薬は、いつものものと色味が違った。
その後。
私は予備の魔法薬がある薬室のロッカーまで行ったあと、フロイド・リーチに回収された。疲れていたので相手にしたくなかったが、自分の管轄である救護本部に戻る元気もなかった私は大人しく運ばれた。
試合は突如学園長の一声で決まったエキシビジョンマッチから始まり、無事終了したらしい。らしいというのは救護本部に戻った後、お前が一番顔色悪いと先生に言われ、簡易ベッドに押し込められてロクに試合を見られなかったからである。
エキシビジョンマッチで試合に出たというユウが、隣のベッドに運び込まれた時は、どうしてそうなったと思ったが、気絶と額のたんこぶ以外に外傷がなくて本当によかった。そもそも魔法も使えないのになぜ出た、まったく無理をする。...大方グリムに押し切られたんだろう。
…なんだかこの子に会うのも久しぶりな気がするな。また今度魔法薬を届けに行かないと。
閉会式後、気絶した学生たちを救護本部から保健室へ移動させるのを見届けて、私のマジフト大会は終わった。
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