海寮 | ナノ



IV



暗闇から意識が浮上する。だんだんと体に血が流れていくような、そんな感覚。ゆっくりと瞼を開けると、見知らぬ天井が目についた。

「......」

ここは、どこだ。
なんだかものすごく寝てしまったような...
というか今何時だ。
上の明かりとりの天窓から、月明かりが差し込んでいる。
どうやら夜に、目が覚めてしまったらしい。

「…っ」

ふと頭に鈍痛が走る。そして思い出した。私は、階段から落ちたんだ。そうなるとここは保健室。普段あまりお世話にならないから気づかなかった。

「気がつかれましたか?」
「......うわ」
大きな影が、ぬぅとこちらを覗き込んで来た。他に人が居たのか、気づかなかった。
「リーチ、居たのか」
「はい。あ、僕がどちらか、わかりますか?」
「...え、胡散臭い方のリーチだろ」
「おやおや」
僕のことをそんなふうに思っていただなんて、悲しいです、とシクシク告げる。悲しいなんて微塵も思ってないだろうに。
「何があったか、覚えていらっしゃいますか?」
「...階段から、落ちたような」
「はい。検査では脳に異常なしだそうですが、頭部に打撲と軽度の裂傷があったため本日は安静に、だそうです」
「...そうか、」
自分の状況を説明してもらったが、鈍痛で頭が回らない。階段から落ちる前、私は、なにかを、していた気がするんだけど、、

私が起きるまで近くに居てくれたらしい保健医の先生の問診を受ける。そういえばリーチずっと居たのだろうか。ラウンジはどうしたのだろう。
頭部の軽い触診を経て、寮に戻れそうなら戻って良い、ただし明日は授業を休むこと、との指示を受けた。
「戻るか、」
付き添ってくれた先生の退室を見送って、保健室と寮、どちらがいいかを考えた。制服も替えたいし、風呂には入れなくてもタオルで拭くぐらいはしたい。となるとやっぱりここより自室の方がいい。手持ちの魔法薬の残量も心許ないし。
「寮に戻るのですか?」
「...うわ」
先生を呼びに行って居なくなったから、帰ったのかと思っていたら、またぬぅと視界に出てきた。外で電話をしていたという。
「付き添いましょう」
「え、いいよ」
「荷物はこれだけですか?」
「聞いちゃいないな」
リーチは誰かが教室から持ってきてくれたらしい私の鞄を持った。相変わらず私の話を聞かない奴だと小さくため息を吐きながらベッドから立ち上がる。
「あ」
右足首に少し違和感を覚えた。これは、挫いている。
「どうされました?」
「...なんでもない」
気合を入れて、ぐっと一歩踏み出す。...ジーンと響くが、まあ、歩ける、かな。

「...ロックウェールさん」
「なん……うわ!近い近い!」
覗き込まれて、にっこりと微笑まれる。

「横抱きか、背負われるか、どちらがよろしいですか?」

「え」
「どちらが、よろしいですか?」
「...せ、背負う方で、」

なんでわかったんだ。





夜の寮は静まり返っており、こんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ないなとリーチに対し思ったが、私が鍵を渡す前にさも当然のように扉をあけたので、そんな気持ちは消え失せた。

「今日はラウンジじゃなかったのか」
「フロイドの調子が良くて、僕一人抜けても問題ありませんでした。はじめはアズールがあなたについていたんですが、今日は大事な契約があった日でしたので、途中から僕に」
「...暇だっただろ」
「ふふふ」
その意味深な笑みはなんなんだ。

今日はお疲れでしょうから、これで失礼します。とリーチは出て行った。...待て、その言い方だと明日なにかあるのか。副寮長のくせに魔法で受け身も取れず階段から転げ落ちてダセーとか、問い詰められるのか。やっぱり情けなかったか。自分でもさっき思ってたわ。後輩からの説教が一番きついから、お手柔らかにお願いします。




コンコン...
「アズール、入りますよ」

「あの人の様子はどうでしたか?」
「足を挫いているようでしたので背負って帰寮しました。その途中で少しお話しをしたのですが、あの方、おそらく事故前の記憶に欠如が見られます。ただ階段から落ちたと思っているようです」
「…では、あの人が何をしていたかはわからないと、」
「いえ、それはアズールの想像通りかと。保健室にいた時、あの方の持っていた全学生名簿からチェックのついている学生を呼び出して話を聞きました」
「なるほど」
「ですが、その情報だけでは一連の事故が誰の犯行か、までは...」
「…いえ、たった今、わかりましたよ」
「おや」
「本日の大切なお客様…なにをするつもりなのかはわかりませんが、魔力増幅薬の生成と大会の進行に口を出してきました。一連の事故と、必ず関連があるはずです」
「ふふふ、事故現場には必ずあの寮の学生が複数人いたそうですよ」
「…決まりですね」
「ですが契約をしたお客様なんでしょう?どうするんですか?」
「僕はなにもしません。僕はね」
「ほう」
「…でも、僕が”たまたま”置き忘れた契約書を、誰かが見てしまうことだって、あるかもしれませんよね?」
「おやおや」

「”不慮の事故”なんてのはどうでも良かったんですが、うちの副寮長に手を出したんです。きちんと、落し前をつけていただきませんとね」




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