海寮 | ナノ



III



「リタさん!?」
デュースからトレイ先輩が階段から落ちたとの知らせを受け、グリムとエース共に急いで保健室へ向かった。
しかしそこにはトレイ先輩ではなく、頭に包帯を巻きぐったりとした様子のリタさんが寝かされていた。
「何があったんだゾ!?」

「俺が階段から落ちて、ロックウェールを下敷きにしてしまったんだ」
「僕が階段から落ちそうになったのをトレイが庇って、ロックウェール先輩を巻き込んでしまったんだ」

リドル先輩とトレイ先輩は同時にそんなことを言う。
「リ、リタさんは、大丈夫なんですか?」
「MTスキャンでは異常は見当たらないそうだ」
「よかった…!」
MTスキャンっていうのはよくわからないが、きっとレントゲンのようなものなんだろう。
「ただ頭を強く打ってしまったようで、まだ意識が戻らない。頭皮も切れていたが、それは治癒魔法で処置されている。今夜は安静に、保健室に泊まるように言われているよ」
トレイ先輩は苦しそうにそう告げた。
「...リタさん、」
私はいつもリタさんに心配される一方で、私が心配することなんてなかった。いつもの困ったような、呆れたような、でもとても優しい眼差しは、瞼の奥に隠されている。
「なぁユウ。これも関係があるんじゃないか?」
「きっとそうなんだゾ。リドルとトレイに話を聞くんだゾ」
エースとグリムが小声でそう言ってくる。確かに、今までの事故だって階段からの踏み外しがある。でもいつもより被害が大きい…。下手したら死んでいたかもしれない...。

「トレイくん、リドルくん、アズールくんに連絡ついたよ」

保健室のドアからスマホ片手にケイト先輩が入ってきた。

「すごい焦った声が聞こえてきたから急いでくるんじゃないかな。ってあれ、エーデュースコンビとユウちゃんグリムちゃんも来たんだね」
「ケイト先輩、ちわーっす」
「…エーデュースって、略したんすか?」
「そ!」

にっこりと笑ったケイト先輩は、すぐさま真剣な表情になり、先輩達に何があったのか詳しく聞き出した。ちょうどよかった。私たちもアイコンタクトをして、内容を聞く。

「なぁ、やっぱりこれって、」
「うん。怪しいと思う」
「なんだゾ」
「…何の話だ?」

先輩たちの話でも、他の被害者と同じように、体が勝手に動いたような気がしたという。

「…リドルくん、これってやっぱり、”そう”なんじゃないの?」
「狙われたのが僕やトレイだとしたら可能性が高いね」
「ああ」

あれ?もしかして先輩達も…?
同じようにこの不審な事故を調べているのだとしたらと、声をかけようとするが、それは保健室の入り口から聞こえた声で掻き消えた。

「失礼します!!!」

保健室の入り口には、急いで来たのだろう、呼吸が少し乱れ、少しだけ制服の着崩れた人が立っていた。その人は、すぐ私たちに目を止め、大股で近寄ってくる。
「リドルさん!ロックウェールさんは…!」
リタさんの知り合いらしいその人は、リドル先輩に詰め寄り、話を聞き出した。

「あの人は、」
リタさんと同じ、灰色と薄紫の腕章をしている。確かその寮は…。
「…オクタヴィネル寮寮長の、アズールくんだよ」
ケイト先輩が耳元で小さく教えてくれた。
「寮長、」

リドル先輩とトレイ先輩の話を聞き終えたアズール先輩は、呼吸を整えるように小さく息を吐き出した。
「...状況はわかりました。“不慮の事故”とはいえ、ハーツラビュル寮の寮長と副寮長が、揃ってとは...少し気が緩んでいるのではありませんか」

「はぁ?」
「なんだあいつッ!」
「こ、こらエーデュース、ストップ!!」
アズール先輩の厳しい物言いに、エース達は一歩出そうになり、ケイト先輩と二人で止めた。これは寮長クラスの話で、自分達が入っていい話じゃない。そう小声で言われ、エース達は不服そうにしながらも、大人しくなった。

「あぁ、アズールの言う通りだ」
「この責任はハーツラビュル寮寮長である僕の責任だ。ロックウェール先輩が回復するまで、僕がサポートをさせて頂くよ」
「…いえ、それは結構です」
アズール先輩は眼鏡をくっと上げながら、鋭い目つきでリドル達を見据える。

「僕の、寮生ですので」

ビリッと電流が走ったような感覚があった。
エース達も、一瞬固まった。

「それよりも、何か、やらなければならない事が出来たのではありませんか?」
「!」
「僕だってこれらの件を気にしていないわけではありません。責任を感じているのであれば…よろしくお願いしますよ」
私たち全員を見渡して、アズール先輩は言い切った。
「あぁ、わかった」
「”厳格”をモットーとするハーツラビュル寮の威信にかけて、真相を掴むよ」



「さぁ、ここから先は僕が引き受けます。ここはハーツラビュルの談話室ではありませんよ」

話は済んだと、アズール先輩は暗に退室を促した。

「うわぁーアズールくんきっつー」
「アズール、意識が回復したら教えてくれないか?ちゃんとロックウェールに謝罪がしたい」
「…かまいませんよ」
「では、みんな行くよ。ユウとグリム、君たちもおいで。聞きたいことがある」
「あ、はい!」
リドル先輩に呼ばれ、もう一度眠るリタさんを一瞥してからグリムと共に駆け寄る。アズール先輩の近くを通った時に、一瞬目があって、そして、見開かれた。

「君!!」
「は、はい!」

腕を掴まれて、足が止まる。みんなが不思議そうに私たちを見ていた。

「この香りは、どうして…」
「あ、あの、」
「なぜあなたからあのコロンの香りがするんだ?!」
「え!?」

か、香り?リタさんから貰ってる魔法薬かな。いい香りするし…。

「アズール、どうしたんだい?」
「答えてください」
「え、っと、」

魔法薬のことは言っちゃいけないけど、下手に嘘つけないし…

「リ、リタさんのご好意で頂いてるんです…」
「り!?ご!?」

アズール先輩はこれでもかと目を見開いて固まってしまった。

「あ、あの、」
「ど、どうして…」
「こいつ急に叫んだりして、なんか変なんだゾ」

グリムがジト目でそういう。お願い、少し黙ってて…。

「アズール、ユウとグリムにはこれから用がある。この件に関わることだし、何が気になったかわからないけれど、次回にしてくれないかい?」
「! え、えぇ」

アズール先輩は、コホンと切り替えるように咳払いをした。

「確か、オンボロ寮の監督生のユウさん、と言いましたね」
「は、はい」
「近いうちに、お話しいたしましょう」

そういうアズール先輩の目は、まるで深海のように冷たかった。





「それにしても、まさか一年生達がリタくんと知り合いだったとはねぇ」
場所をハーツラビュル寮の談話室に移し、先輩達との事件の真相を追う作戦会議がひと段落した頃、ケイト先輩がそう言った。
「ユウの知り合いで、その関係で僕たちも少し話すというか」
「寮長に首輪つけられた時とか、話聞いてもらったんすよ」
「オンボロ寮の片付けを一緒にしてくれたんです」

「へぇー、あのリタくんがねえ」
「珍しいな」

先輩達は驚いたようにそういう。
私とグリムは顔を見合わせて、揃って首を傾げた。

「あいつは結構世話焼きなんだゾ。この間泊まりに来た時なんか、俺様を、」
「え!?ちょっと待って!あのオンボロ屋敷にリタくん泊まったの!?てか外泊とかする人なの!?」
「ご飯も作ってくれましたし、グリムもきれいに丸洗いしてくれて」
「ものすごく気持ち良かったんだゾ!最初は下手くそだったんだけど、回数重ねていくうちに上手くなったんだゾ!」

「「「………」」」

先輩達は揃って固まってしまった。

「え、っと、まじかー! お気に入りの後輩にはそんな感じってこと?」
「必要以上に人と関わるのが嫌いだと思っていたんだがな。これは驚いた」
「ロックウェール先輩が世話焼きなのは、僕にも覚えがあるけど…そこまでなんて、」

もうちょっと根気よくマジカメ誘ってみよ。うちのがお世話になってるから今度ケーキを持って行こう。それならなんでもない日のパーティーに招待しよう。先輩達は口々にそう言う。

「…そっか」
正体がバレちゃいけないから、最低限の人付き合いしかしてないんだ。だから誰もリタさんのそういう面を知らないんだ。おんなじ境遇の私だから、リタさんも少しだけリラックスしてくれてるのかな。
「えへへ」
「どうしたんだゾ?」
「ううん、なんでもない!」
そう思うと、なんだか少しだけ嬉しくなった。




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