海寮 | ナノ



V



勢いに身を任せすぎてしまった感が否めない。やってしまった。外泊許可って、行くとこないだろうに…。出そうになるため息を押し込めて、大食堂へ向かった。とりあえず、朝ごはん食べて、考えよう。
教室でシュラウドに例の書類を渡し、残るハーツラビュルは副寮長ではないが寮の中心人物であるダイヤモンドに託しても良いのでは?と考えたが、いつもより笑顔がわざとらしい気がしてやめた。体調が悪いのか、考え事か。お昼休みにクローバーを捕まえて聞いてみよう。


「クローバー」
「ん?ロックウェールか、何か用か」
今まさに教室から出ようとしていたクローバーに声をかける。
「これ寮内に掲示してくれ」
「アズールからだな。あぁわかった」
書類を鞄にしまい、ありがとうと礼をいうクローバー。
「...君も浮かない顔をしているな」
「え?」
「ダイヤモンドも嘘くさい笑顔を貼り付けていたが、君はモロだな」
「はは、良く見てるな。俺もケイトもそんなに顔に出ないんだが」
「たまたまだ」
「実は寮内が少し荒れていてな。イキのいい一年坊主たちとうちの寮長が、ちょっとな」
「...イキのいい一年坊主、」
あいつらか...あの別れた後からどうなったのか聞いてないが、クローバーのこの様子だと拗れたんだろう...。ユウも、グリムに首輪がつけられてるから、まだ巻き込まれているんだろう。
「、俺も」
「?」
「そろそろ腹を括らないといけないな...」
小さく聞こえたその言葉は、私にではなく、まるで自分に言い聞かせているようだった。




授業が終わって、植物園の世話とかをして...それでもやっぱり行くところがなくて、自然と足はオンボロ寮へ向かっていた。...これではハーツ寮生達のことを言えないな。差し入れのツナ缶と購買部のパンを手に、小さくため息をつく。
「あれ?」
オンボロ寮には誰もいなかった。
その瞬間、嫌な予感が頭を過ぎったが、あえて無視をすることにする。きっと授業の補講とかだ。絶対そうに違いない。強い意志を思って最悪の可能性に目を瞑り、今夜の寝床を整えることにした。


「あれ、電気ついてるんだゾ」
「本当だ。誰か来てるのかな」

前回より早くに帰ってきた二人の声にホッとし、二人を出迎えれば、そこには前回より薄汚れたユウとグリムがいた。

「あ!ロックウェールさん!」
「クンクン!うまそうなの匂いがするんだゾー!!」
「……その薄汚れた理由を聞いても?」
「「あ」」


「…ハーツの一年坊主二人が寮長に決闘を挑んで、ローズハートがオーバーブロット…??情報が多すぎる…なんでそんなことに…」
「流れに身を任せてたら、いつの間にか…」
「ふなぁ!このスープ美味えんだゾ!!」
待ってる間に作っていた簡単なスープと差し入れのパンで夕飯にする。何があったか聞けば、この子達はまたすごい巻き込まれ方をしていた。
「とりあえず大きな怪我がなくてよかった…君はただでさえ魔力がないから」
「はい、ご心配かけてごめんなさい」
「え。…あぁ、まあ私が勝手に気をまわしてるだけだから…」
「気にしていただいてとっても嬉しいです」
「うっ、」
ユウは邪気のない笑顔でにっこりと笑った。
調子が狂う…。
この手の人種は元の世界以来だ。いつも自寮の胡散臭い笑顔しか見てないから、こういうのは、慣れていない。

「そういえばロックウェールは何しにきたんだゾ?」
もぐもぐとツナのパンを頬張っているグリムがそう問うてくる。口元にソースがベッタリなのでナプキンで拭いてやりながら、簡潔に応えた。

「家出」
「「ブッ!!」」

エース達のこと言えねーんだゾ!と一匹は笑い、綺麗な部屋がありませんっ!どうしよう!!と一人はオロオロしだす。
「…寮長から外泊許可が出ているし、部屋はさっき空いててマシな部屋を綺麗にした」
投げやりにそう言って、いまだ大笑いしているグリムの口にパンをねじ込んだ。
「ぶなっ!!」
「私の気が晴れたら戻るから、数日間置いてくれ」
「、はい!」
ユウは困ったように、でも少し嬉しそうに笑った。


「ロックウェールさん、少しいいですか?」
いつもより警戒しながらお風呂をもらい、オンボロ寮仮の自室にて髪をドライヤー替りの魔法で乾かしていると、枕を抱えたユウがひょっこりと顔を出した。
「いいけど、どうしたのその服」
ユウは少しくたびれた大きめのTシャツを着ていた。
「パジャマがないって言ったら、エースとデュースがくれたんです」
「あぁ…、そこまで気が回らなかったわ…」
「あ!違うんです、そういうんじゃなくて…これはこれで、二人がくれたものなんで、気に入っているんです」
「そう」
はにかみながらそう言うユウのズボンは裾を思いっきり巻き上げてるジャージだった。…自寮に帰ったら私の服を持ってこよう。私服も数着工面してもらえるように学園長に相談してみよう。私の時は前寮長が揃えてくれたが、私にはそんなお金はない。

せっかくなので一緒におしゃべりしませんか?との誘いを受け、オンボロ寮仮の自室から、ユウの部屋へ移動した。彼女のベッドに二人で腰掛け、彼女の話を聞く。
「夢、か」
「はい。ロックウェールさんはそういう夢、見たことないですか?」
「ないな」
「そうですか、」
ハートの女王とトランプの兵隊が出てきた夢を見たのだというユウ。私はこの世界に来てからそんな夢は見たことがない。ハートの女王はこの世界の重要人物であるグレートセブンの一人だ。違う世界からきた彼女がそんな夢を見た、ということが少し気になる。この世界には夢占いとかもあるらしいし、先生に相談してみてもいいかもしれない。

「そういえばロックウェールさんって、元の世界ではどこのご出身なんですか?」
「え?」
「ロックウェールってかっこいい名前だなぁって思ってて」
ユウは目をきらきらと輝かせ、私に詰め寄る。
「あぁ、リタ・ロックウェールは本名じゃないよ。前寮長がそのままだと目立つからって付けてくれた名前だ」
「え、そうなんですか?」
「寮選択の時に本名を名乗ったけど、小さい声だったし、周りは誰も気にしないだろうって、学園長も賛同してこの名前を使っているんだ」
「わ、私も変えた方がよかったですかね…」
「今更じゃないか?大体、リタも普通は女性につける名前だし」
前寮長は嬉々として、デイジーの花って意味だ!と言っていたが、植物で知っていたのがそれだけだったんじゃないか?男のふりをしなくてはいけないのに偽名が女性の名前っていうのがまずナンセンスだ。顔が恐ろしくて当時そんなことは言えなかったが。

「でもリタさんって呼びやすくていいですね」
「…いいよ、そう呼んで。ロックウェールって長いでしょ」
「いいんですか!?」
「え、いいよ。別に強要してるわけじゃないし」
「ちょっと舌噛みそうだったんです」
「…素直だな、君」



数日後、ハーツラビュル寮伝統の『なんでもない日』のパーティーが滞りなく開催されそうだ。少しだけ丸くなった寮長と寮生達のパーティーはそれはそれは素晴らしいものだったそう。お呼ばれしたというユウとグリムはとても楽しかったと言っていた。ユウは一緒に行かないかと誘ってくれたが、お断りした。パーリーピーポーは根本的に合わない。

一方私はどうしていたかといえば、自寮の下級生たちが若干涙目になりながら迎えにきたので、気分も晴れたしと、寮に戻った。寮を出て三日目の朝だった。

「全然見つかんねーんだけど!!!」
「そもそも副寮長ってどんな人だったっけ!?!?」
「思い出せねぇ!!」
「でも早く見つけないと俺らが締められる!!!!」
「「「「副寮長ーーーー!!!」」」」

そんな下級生の叫びは届かなかった。





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