海寮 | ナノ



IV



クローバーにローズハートのことを聞きに行くため、ヤマを張って図書室に行くという一年生達を見送った。ユウには一緒にきてもらえないかと言われたが、断った。トレイ・クローバーへの書類はまた今度にしよう、私まで巻き込まれたら寮同士の話に発展しかねない。そうなったらうちの寮長になんて言い訳すればいいんだ。
「コロンでも作るか…」
気を紛らわせるには製薬が一番だ。実験室に行こう。薬研でゴリゴリしたり、鍋をかき混ぜたりしているときが一番気が楽かもしれない。新学期が始まってまだ数日なのに、例年より賑やかすぎる。なんなんだこれは。そもそもユウ達に関わらなければいいのでは…。いや、あの子が悪いわけじゃなくて巻き込まれているのだけれど…。いや落ち着け、まだ私に直接被害がきたわけじゃないし、私が勝手に心配しているだけであってだな…。

「考えがまとまらん…」
できたものを小瓶に移し、ラベルを貼る。
うん。良くできてる。

「珊瑚ちゃーん」
「その声は、リーチもう片方か」
実験室の入り口から顔を覗かせたのは着崩れてる方のリーチだった。
「今日はラウンジが忙しいんじゃないのか」
「飽きたって言ったら珊瑚ちゃんの様子見てこいってアズールが」
「…私の様子見て面白いのか?」
「なかなか見つかんねーから面白かったよぉ?」
何してんの?と背中にのしかかってくるこいつは、今日は機嫌がいいらしい。
「アーシェングロットに頼まれたコロンと、購買部で売る用のコロンの製薬」
「へー」
「…重いから離れろ」
「やだ」
「……」
珊瑚ちゃんも金魚ちゃんもちっちゃくて締めやすくて可愛いねぇ、などと上から聞こえる。イダダダ締めるな、苦しい。
「いたい。離せリーチ!」
「えぇー...あ、これアズールに渡すやつ??」
「そうだ。重い!」
「あ、こっちは購買用かー」
「そうだ!離せ!!」
ジタバタと暴れてみるが、190オーバーの巨体はびくとしない。
「んー?あ、そうだぁー!」
「…やめろ、嫌な予感しかしない…!!」
「ジェイドに気が向いたらでいいからって買い出し頼まれてたんだったぁ!このまま行こー!!」
「は?おい待て、このままって、うぉ!!」
「珊瑚ちゃんも購買部にこれ渡しに行くんでしょ?ちょうど良くね?」
「だからって抱えるな!歩ける!!」
「おせーじゃん」
「一緒に行く意味がわからん!!」
「あーうるさぁ、もう行こ」
「は?待て待て待て待て!!うわあああ!!!!」
「あはっ、口閉じてないと舌噛むよぉ!!」
リーチは私を小脇に抱え、物凄いスピードで駆け出した。


「ただいまぁ!!」
バンッ!と勢いよくモストロラウンジの扉が開いた。
「フロイド!まだお客様がいらっしゃるんですよ!扉は静かに...って!ロックウェールさん!?!?」
「おやおや、見事に目を回してらっしゃいますね」
「あれー?さっきまで元気だったのに。あ、ジェイドこれ頼まれてた買い物」
「ありがとうございます、フロイド」
「呑気に話している場合ではありません!!早く控え室へ!」


「......さん!、ロックウェールさん!!」
「うぅ...」
目が覚めるとそこはモストロラウンジだった。
「あぁ!よかった!大丈夫ですか?」
「...アー、シェン、グロット、」
どうやら控え室のソファで寝かされているらしい。まだぐるぐると視界が回っている。
「き、気持ち悪い...」
「!!待っていてください、今気分が良くなる薬を、
「なんか、袋...」
「袋!?」
その後、ゴミ袋をもらい少しだけ胃液を戻した。アーシェングロットはずっと背中をさすってくれて、ジェイドにお茶を入れてもらいましょうとか、フロイドにはキツイ仕事を任せますのでとか言っていた。
「...ありがとう、だいぶ良くなったよ」
「今日はもう休まれた方がいい。部屋まで送りましょう」
「いいよ、今日は忙しい日だろう。自分で行ける」
「ですが、」
「あ」
「ど、どうかされましたか?」
キョロキョロと辺りを見渡すが、目当てのものがない。
「私の鞄を知らないか?あの中に君のコロンと今日渡しそびれた昨日の書類が入っているんだ」
「そういえばフロイドが先程持っていたような...」
「取りに行かないと」
ソファをゆっくりと立ち上がり、床を踏み締める。
「うん、平気そうだ」
「待ってください、それなら後で部屋に届けますので」
「君から預かった大事な書類も入ってる。悪いな、ハーツとイグニハイドがまだなんだ」
「え...い、いえ、近いうちに渡して頂ければいいものですので...いや、残り二寮なら僕が届けます」
「久しぶりに君が寄越した仕事じゃないか。最後までちゃんとやるよ」
少しだけふらつくが、歩けそうだ。
 「…くそ、フロイド・リーチめ...」
爆速で実験室を飛びたした奴はパルクールの要領で普通の道すら飛んだり跳ねたりして移動した。もともとの脚の長さも相まって、爆速は維持したままだ。酔うに決まっている。途中の階段では胃が飛び出るかと思った。私を抱えたままあのスピードってどういうことだ。

ラウンジに似合わない実験服を脱いで、中の制服の乱れを整える。アーシェングロットに案内されたラウンジの受付で、リーチの片割れが困ったような表情で私の鞄を持っていた。
「フロイドも悪気があったわけではないんです」
「...知ってる」
自分の事以外考えられる奴じゃないことくらいわかってる。実際に振り回されたのは初めてだが、ローズハートからの苦情は何回か入っているし、奴の突拍子のない言動はいつものことだ。
「明日謝罪に向かわせますので」
「いい。それよりお前ら兄弟は私の部屋をノックなしで開けるのをやめろ」
「はい。善処します」
「......」
こいつ、止める気ないな。


その後部屋まで送ると利かなかったアーシェングロットの付き添われ、自室に戻ってきた。彼用に製薬したコロンも渡せた。
「ありがとうございます。では対価は後日に、」
「いや、いいよ。あげる。ここまで付き添ってくれた対価にしといてくれ」
「は?え、ちょっと、」
「また明日、おやすみ」
驚いて目をまん丸にした彼を置いて扉を閉める。いつも副寮長の仕事をしてないし、だいたい本当の魔法薬なんて渡せないのだから、対価をもらうのはと前回も思っていた。丁度よかった。
カチッと鍵をしっかりと閉め、更に施錠の魔法をかける。まあみそっかす魔力では早朝までしか保たない気休めの魔法だ。まだ若干気分が悪いから、今日はもう寝てしまおう。



「珊瑚ちゃーーん!!」
「...ノックをしろフロイド・リーチ!」
バンッ!と扉が壊れる勢いで開けたのはリーチたれ目の方。そう、施錠なんてそんなに意味がないのだ、こいつらには。その勢いのままタックルよろしく突っ込んできたので、サッと避けて扉の方へ駆け出した。
「追いかけっこー?いいよぉ!!」
「...くそ、選択ミスった」


「おやおや」
「あージェイドー、見て見て珊瑚ちゃん捕まえた」
「......」
そもそも体格差がエグいんだから逃げられるわけがなかった。私は昨日と同じく小脇に抱えられている。
「アズールに叱られますよ」
いやお前が注意しろよ。と睨むが、片割れはニコニコと笑うだけだった。
「フロイド、昨日ことちゃんと謝罪したのですか?」
「あ、忘れてたぁ」
「ふふふ、ダメじゃないですか」
「ごめんねぇ、珊瑚ちゃん」
「...おろせ」
双子漫才に付き合っていられない。不機嫌を隠さずそう言えば、気まぐれかすんなりと私を解放した。
「お詫びに朝食をご馳走しますよ」
「いらない」
「そう言わずに」
「結構だ!」
フロイドの方はもう飽きたのだろう、今度はつり目のジェイドが絡んでくる。イライラしながら後ろの二人をどう撒こうか考えていると、アーシェングロットが前からやってきた。
「おはようございます、ロックウェールさん。一晩考えたのですが、やはりちゃんと対価をお支払いしたく…」
「じゃあ数日の外泊許可をくれ!」
「は、」
「しばらくこの双子と離れたい!!」
後ろにいる双子を指差して言い放つ。
「あぁー」
「おやおや」
「えっちょっと、ロックウェールさん!?」

苛立った勢いのまま、私はオクタヴィネル寮を飛び出した。

「お、お、お前達ぃぃぃ!!!!」
「アズールごめーん」
「すいませんアズール」

その直後、オクタヴィネル寮では寮長の怒声と全く悪びれる様子のない双子の謝罪が響いた。




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