子守狼!
とても静かな夜のイタリア。鬱蒼と広がる森に一台のリムジンが走る。その車内、私の疲れた声はよく響いた。
「ザンザス様」
「…るせぇ。たった三ヶ月だ」
「ですが、」
「カス共に伝えとけ」
「…畏まりました」
車を運転しながら、バックミラー越しに見えるアンバランスな二人組に、私はため息をつくしかなかった。
「名前はルカ。本日付けで三ヶ月、このヴァリアーに配属となりました。皆様よろしくお願いします」
「よろしくおねがいしまーす!」
幹部が起きて来る昼過ぎ。談話室にノックをして入った途端に飛んできた挨拶のナイフを弾き開口一番にそう言うと、幹部は固まり、隣にいる子は大きな声で復唱した。うん、元気なことは良いことだ。
「良い声です」
「ホントに!?やった!」
褒めると嬉しそうにするのでいい子いい子と頭を撫でる。
「ではこれで、」
「っゔお゙ぉぉい!!!ちょっと待てぇゆきッ!!!意味わかんねぇぞ!?」
部屋を出ようとしたら正気に戻ったらしいスクアーロが相変わらずの大声で私を止めた。
「ですから、本日付けで配属になった…
「それが意味わかんねぇって言ってんだぁ!!だいたいそいつ何歳だ!?」
「8さいだよ!」
「8だぁ!?」
少し頭に血が上ったスクアーロに睨まれても、彼女、ルカはニコニコとするだけ。…随分度胸がすわってる。
そんなこと考えてると、いつもより少し本気な感じのナイフが頭の上を飛んでった。…しゃがむのが遅かったら危なかったな。
「で、どーいうことだよゆき」
「可愛い子だけど…何者なの?」
「僕には厄介事の臭いしかしないよ」
幹部全員から疑問の眼差しを向けられ、なんとかため息を押し込めた。当人のルカはニコニコしながらスクアーロの髪に夢中だし、ザンザスは昨日の夜から私に投げっぱなし…。
「…長くなりますが、聞いてください」
どこか遠い目をした私に、幹部達は何かを感じ取ったのか静かにソファーへ座った。
昨日はザンザスの付き添いで本部にいた。10代目と和やかに会談…とまではいかなかったが、それなりに話が弾んでいたと思う。
そんなとき、パタパタと小さな足音がして広間の扉が開いた。足音の主は部屋に入るなり、10代目に抱き着いた。
『じゅ、10代目!申し訳ございません!ほら行くぞルカ!』
『やだー!ツナといっしょがいい!!』
『我が儘言うんじゃねぇ!!』
『あははは…』
困った様に笑いながら紹介されたのがルカだった。どっかの中小ファミリー間で起きた抗争に巻き込まれ、天涯孤独の身になってしまったところをボンゴレが引き取ったそうだ。
『…甘ちゃんが、まだ乳臭さが抜けてねぇのか』
『おいザンザス…てめぇ10代目に、』
『お、落ち着いてよ隼人』
つかみ掛かりそうになる獄寺を10代目が押さえる。…立場的には逆だろうに、相変わらずか。
そんなこと考えてるとルカと呼ばれた少女が私のことを見上げていた。大きなアイスブルーの瞳に私が映る。
『わたしルカ!おねーさんは?』
『私はゆきです』
『じゃあゆき!いっしょにあぼうよ!』
『私は仕事中なので駄目ですよ、獄寺殿に遊んでもらいなさい』
『えーハヤトはかくれんぼしかしてくれないんだもん』
『それはてめぇが隠れるからだろうがッ!!』
『…こんな小さい子に振り回されるなんて、』
『うるせぇぞ真鶴!!ガッ!』
そう言ったところでガラスの灰皿が獄寺に当たった。ザンザスを見れば眉間にシワを寄せウィスキーを煽ってる。
獄寺がまたもやつかみ掛かりそうになったので今度は私が押さえつけ、ルカと共に部屋を出た。コブが出来たであろう箇所を晴で治し、クロを開匣する。突然出て来たカラスにルカは目を輝かせ、クロの後を翔けていった。
『…そうか、匣使えばいいのか』
『お疲れの様ですね』
『まぁな…元気すぎて疲れるぜ』
しばらくするとクロが戻ってきてちょこんと私の肩に乗る。分身と入れ替わってきた様だ。
失礼しますと部屋に入れば、ザンザスはまだ眉間にシワを寄せていた。…外でうるさくしてたから?そんなことも思ったが、先程とは違う苦笑いを浮かべた10代目の顔を見たらなんとなくなんかあったんだろうなと察した。
けど。
『…ゆき』
『はい、ザンザス様』
『あのカスガキをウチで預かることになった』
『あぁそうですか……って、はい?』
まさかここまで予想外なこと言われるとは思わなかった。
『いや、あの…ウチは暗殺部隊ですよね?』
『三ヶ月だ』
『さ、三ヶ月もですか?』
『るせぇ、喚くな』
『ですが…』
ズガンッ!
『……………』
首をかすめて壁に銃弾がめり込んだ。…ここ本部なのに。
晴で高速治癒をしていると、10代目が苦笑いで助け船を出してくれた。
ヴァリアーの不祥事(主にベルフェゴールのご当地暗殺者狩り)をいくつか不問にする代わりに、ルカを三ヶ月預かって欲しいとのことだった。ここ数年で溜まった始末書の提出やペナルティがなくなる…ザンザスが引き受けたのは、まぁわかる。でもあの優しさの固まりみたいな10代目が、幼い少女を暗殺部隊に預けるとか想像が出来なかった。
『…大空属性を、ですか?』
『うん』
聞けば稀少な大空属性の炎を持っている可能性があり、下手に孤児院へ預けられないそうだ。…確かに引き取られた先がろくでもないところだったら(ウチが一番ろくでもないと思うが)火種になると考えているんだろう。でもそれにしたって、ウチはないだろう。殺しのエリート集団、暗殺部隊ヴァリアーだ。子供の教育に悪すぎる。第一、ベルフェゴール辺りに殺されるのが目に見えてる。
『…どうしても避けられない抗争はある。その度に、ルカみたいな子は生まれてしまうんだ。ルカを引き取るときも上層部と揉めたよ。でもルカには訳があるから、なんとか言いくるめたけど…そういう子を何度も引き取ってはあげられない。あの子だって、ウチで引き取ってしまった以上…この道は避けられないから』
悲しそうに10代目は言った。
やはりこの人は変わらない。中学生だったあの時から、どこまでも優しい。ザンザスはそこが嫌なんだろうけど、もう諦めてそれを含めて10代目を認めてる。ザンザス本人に言ったら殺されるが。
『三ヶ月の間に、もう一度幹部でルカの処置を決めたいと思ってるんだ。だから、しばらくの間ルカをよろしくね』
困った様にはにかまれれば、私はもう断れなかった。…10代目のあの顔は苦手だ、断れない。
「…という訳なんです」
「へーあのおチビさんに大空の炎ですかー」
「ボスと同じ…」
「変態キモ」
「…10代目と初めて会った時に、握手をしたら指輪から炎が出たそうです」
「はめてないのにですかー」
「はい」
だからザンザスもその潜在能力を感じ取ったのか、使える様だったらウチがかっ攫ってもいいとか言っていた。そのことを話すと幹部はあーとかうーとか。
「…ということですので、くれぐれも殺さないでくださいね」
ここで特定の人物を見るとすかさずナイフが飛んで来るのであえて今だじゃれてるスクアーロとルカを見た。
「…ルカ」
「なにーゆき」
「駄目ですよ、スクアーロ様から離れなさい」
「えぇー」
駄々をこねる様にスクアーロの足にしがみつく。まだ子供だし仕方ないと言えば仕方ないが…ここは暗殺部隊。そんなことも言ってられない。
「目上の方に対する敬意」
少し低めの声で言えば、ルカはバツが悪そうな顔をする。
「うっ…」
「謝罪は?」
「えっと、ごめんなさい」
「よろしい」
根は素直ないい子だ。スクアーロにたどたどしく頭を下げるルカを見て私はうんと頷く。…こんな子供、いくらザンザスの命があったとしてもムカついたら殺すのだ、ここの人間は。だから今朝起きた時からここで生きていく為の心得を少し叩き込んでおいた。
「お゙、おぅ」
「ではスクアーロ様には後日説明をしますので、これにて失礼します」
「しつれーします!」
ルカは私の真似をしてペこりと頭を下げ、元気よくそう言った。…元気なことと図太いとこは評価出来るな、うん。
私の後をトトトとついて来る小さな足音に、私は昨日から何度目かわからないため息をついた。
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