一般隊員の憂鬱
「結局ゆき様ってなんなのよ!」
「…ボスの側近で雲の幹部の方よ」
「そんなことは知ってる!」
「なら何?」
「だっていつも書類整理ばかりしてらっしゃるし、ひょろひょろだし」
「…あんたくらいよね、ゆき様に不満持ってるの」
「皆懐柔されちゃってるじゃない!ジェシーはどうなのよ!」
「私は結構嫌いじゃないよ。幹部の方としての実力はお持ちだし、何しろ一緒に任務すると気遣ってくださるし」
「はあ!?」
「ほら、私の部隊は嵐だから。ゆき様ってベルフェゴール様に連れ出されて任務すること多いでしょ?傷とか出来たら治してくれるし、ベルフェゴール様のお遊びが全部ゆき様にいくから楽なのよ。あの人容赦なく私達を殺しに掛かるから。ゆき様が居るとそれがゆき様に集中するの」
「…え。ゆき様ってベルフェゴール様のナイフから逃げられるの?」
「……ロゼッタあんた、ゆき様と任務したことないでしょ」
「…ない、けど」
「言っておくけど、ゆき様は幹部よ?私達よりお強いわ」
「そんなことっ…!」
「スクアーロ様仕込みのナイフ捌きに、雲のカラスによる防壁、多少の怪我なら直ぐに治しちゃう晴の回復力」
「うっ………」
「しかもこの前のミルフィオーレとの大戦でちゃんと功績をあげたそうだし」
「……………」
「これでも不満?」
「…ちょっと、」
「なら明日一日、ゆき様についてみれば?」
「……は?」
「あんた、明日非番でしょ?」
「いや、そうだけど…」
「なら良いじゃない。大丈夫よ、ゆき様はむやみやたらに部下を殺す方じゃないし、使えるものは使う主義の方だから」
「えぇー…」
昨日ジェシーに言われた所為か、あまり寝付けず目が覚めた。…まだ日が高いじゃない。今日は非番だし、もう一度寝ても良いが…何故か目がばっちりと冴えている。
「…鍛練でもしよう」
せっかくの非番だけど、こんなに朝早いならだれも訓練所に居ないかもしれない。独り占めできることは少ないから、こんな日もたまには有りだろう。
…とか思ってたのに。
「…おはようございます、ゆき様」
大きな荷物を抱えた真鶴ゆきに会ってしまった。…なんで幹部がこんな朝早くに起きて、訓練所近くをウロウロしてるのよ…!!
「おはようございます」
しかも律儀に返してくるし、頭まで軽く下げるし…。幹部の方って無視が普通でしょ!しかも、
「あの、ゆき様…そちらの荷物は、」
「あぁこれですか。今日は天気が良いのでたまには外に干そうと」
「いえ…洗濯物だというのはわかるんですが…使用人にやらせれば良いのでは?」
「………………」
「………………」
「まあ…これが仕事ですから」
「は、はぁ」
どこか遠い目をする真鶴ゆき。…これが幹部、私やジェシーより強い幹部。
なんで幹部が雑用みたいなことしてるのよ。
「…あの、ゆき様」
昨日ジェシーに言われたからってのは勿論ある。でもそれ以上に、この幹部っぽくない幹部のことを知りたくなった。
「今日一日、ゆき様のお手伝いをさせて下さいませんか」
「…掃除、ですか」
「はい」
洗濯物を手伝った後は、まさかの掃除。
今まで報告にしか入れなかった執務室や談話室を丁寧に掃除していく。…私、なにやってんだろ。
そのあとはいつも食べてる食事をゆき様と食べる。…幹部ならもっと良いもの食べなさいよ。
ボスに食事を届けて、他の幹部達を起こして、書類整理。他の幹部の方にもつねに敬語だし、言いなりだし…私の知ってる幹部じゃない。
「あの、失礼ですが…ゆき様は、幹部ですよね」
「名前だけですが、幹部ですね」
…名前だけって。
「私はザンザス様の付き人兼幹部ですから」
「…そうですか」
私がそう言った途端、カンッと目の前で音がした。
「しししっ!」
「これはベルフェゴール様」
私の前でいつの間にか取り出したナイフを構えるゆき様。ベルフェゴール様に直ぐさま頭を下げると、足元にベルフェゴール様のナイフが落ちていた。
…ナイフなんて気づかなかった。気を抜いてはいない。でも今、庇われなければ死んでた。全身から冷や汗が出た。
「ゆきー何そいつ?」
「雨部隊の隊員ですよ」
「へぇー隊長のとこか」
! 私のこと知ってたんだ。
「…頭は下げたままで」
小さく聞こえたその声にならい、深く頭を下げたままで待機する。ゆき様は下に落ちてるナイフを拾った。
「無闇にナイフを投げないで下さい」
「知らね。だって俺、王子だし」
「…それで、ベルフェゴール様は私に如何様ですか?」
「今夜の任務、付き合えよ」
「…確かSでしたね。申し訳ありませんが遠慮、」
「お前に拒否権ないから」
「…………左様で」
「10時に車まわしとけよ」
「畏まりました」
ゆき様が仰々しく頭を下げると、ベルフェゴール様はどこか楽しそうな雰囲気で行ってしまった。
「もう大丈夫ですよ」
「…はい」
緊張で固まった体をゆっくりと起こすと、ゆき様がどこか心配そうにこちらを見ていた。
「…申し訳ありません」
「いえ、無事なら良いのです」
そう言って自身のナイフを仕舞い私を見る。
「さて、夜に任務が入ってしまったので、私はこれからザンザス様へ報告と仮眠をとります。今日は非番にも関わらずお手伝い頂き、ありがとうございました」
「い、いえ!そんな大したことは、」
「もし私に任務が来て、人手が居るようでしたら、ロゼッタさんにお願いしますね」
「!」
先程も思ったが、まさか名前まで知ってるなんて思わなかった。
「…私の名前、知っていらしたんですか」
「ヴァリアーの事務の全てをやってますし…先の大戦で隊員の人数も減りましたから、名前くらい覚えていますよ」
「……………」
…幹部の方が私の名前を覚えているなんて、それこそ…さっきのベルフェゴール様みたいに殺されることだってあるのに。
「あの、ゆき様」
「何でしょうか?」
「今日はありがとうございました」
そう言って頭を下げると、ゆき様は驚き、そして少し笑った。
「こちらこそ」
最弱幹部、真鶴ゆき。
その印象が凄く変わった一日だった。
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