II
『てめぇはこっから違う世界から来やがった』
『え…あの、大丈夫ですか?』
頭。
ズカンッ!!
『…………』
『…申し訳ありませんでした』
弾丸は首をかすって壁にめり込む。初歩的なイタリア語を理解しはじめ、書類整理やら掃除やらの仕事を押し付けられているとき、ザンザスはふとそんな事を言い出した。
日本に私の戸籍がなかったことや、私の証言。そしてザンザスはあの時私が白く光りながらあの場所に降りてきたを見たと言う。それらを含めて、私はこの世界の人間ではないと言うのだ。
『これを知ってるのは俺とお前だけでいい』
『…言い触らすなと?』
『ハッ!死にてぇなら好きにしろ』
『? はい』
その意味を理解したのはしばらくしてからだった。ヴァリアーは裏の組織。そのボスのザンザスに拾われて仕事をしている私も裏の人間。世界を越えた、みたいな奇特な人間は研究対象となって最悪死ぬそうだ。バラバラにされるのは勘弁だし、死ぬなんて以っての外だ。
ザンザスの秘書、と言うと聞こえは良いが、やっていることは主に雑用。しかも死と隣り合わせの職場。つい先程まで普通の女子高生だった私にとっては突然投げ込まれた状況に死にそうだった。
『あの、えっと…』
キョドると死ぬ。
『名前ってなんて呼べば、』
敬語じゃないと死ぬ。
『ラム肉をお持ちしました』
気分だけで殺される。
『てめぇはこれで二度死んだ』
あの時言われたあの言葉。あの時は状況整理に頭がいっぱいいっぱいでどういう意味か解らなかったが、今なら何となくわかる。一度目は屋上から転落したとき。二度目は空砲を受けたとき。ザンザスによって生かされた私の命はもう私のモノではなく、彼のモノだという意味らしい。人権もへったくれもない。
あるとき、報告をしに来た一般隊員が、執務室に居合わせた頭にティアラを乗せた幹部に殺された。理由は頭を下げなかったから。汗が吹き出て心臓が煩くなった。あの時叫んでいたら私は死んでいただろう。ザンザスの斜め後ろで平然を装うのが手一杯だった。片付けておけ、そう言われて、死体を直視しないように身体の震えを抑えながら手を動かした。…出来なければ私がこうなる。そんなことは火を見るより明らかだった。
そうして神経を擦り減らしながら少しずつ図太くして、今の私はある。いろいろやらかしても死んでいない自分を褒めたいね。
自分の部屋というモノはなく、主な職場であるザンザスの執務室の片隅、ベッドソファーが私の居住区だ。指示されたわけではなく、行くあてがないからそこで寝出したのが始まりである。今では用意された数枚の隊服と、下着、それとどこからかパクってきたパソコンがソファーの収納スペースに詰め込まれている。
…ちなみにザンザスが執務室に来る前に起きていないと死にかける。学んだ。
← top →