I
あぁ。どうしてこうなった。
「おいカス。カス呼んで来い」
「畏まりました」
カスって誰だよ、一文中にカスが二つ並ぶっておかしいだろ。
ガズンッ
「…はい。直ちに」
口には出していない。内心で思ったことだ。超直感とは果てしなく面倒臭い。
先程の銃弾は私の頬をかすり、血が滲む。最初こそはビビったし、泣きそうにもなったがこんなことは日常茶飯事過ぎてすぐ慣れた。一番酷かったのは初めてザンザスに肉を持って行った時だ。ラムは気分じゃなかったらしく半殺しにされた。身体のあちこちのやけどが痛くて寝れなかった。
私がこのボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーに所属することになったのは今から一ヶ月程前のこと。
お昼を食べようと、行ったことのない学校の屋上に行って、友達とじゃれていた時だった。よっ掛かっていたフェンスのネジが外れ、地上へ真っ逆さま。死んだ、と思ってきつく目を閉じていれば、聞こえてくる外国語。ゆっくりと目を開ければ、闇夜に浮かぶ紅い双眼が目に入った。
『…−−−−』
何語か解らないが、その人は何かを言って私に黒い塊を向ける。良く見るとそれは、ドラマとかで見る拳銃で。私は思わず叫んで両手を上げた。
『ええええ!!なんで!なんで!私ここで死ぬの!?』
『…てめぇ、日本人か』
『あ、はい』
いきなり聞こえた日本語に少し安心するも、銃口は真っ直ぐこちらを向いている。
『…てめぇ何者だ』
『え、っと…しがない高校生です』
ズカンッ!!
『ぎゃっ!』
答えが気に入らなかったのか発砲された。顔のすぐ横の壁に銃弾がめり込んでいる。
『…殺されてぇのか』
『え、ぅあ、っ…』
まるで何かに射ぬかれた様に身体が動かない。汗が吹き出て、心臓が煩い。死ぬ。殺される。そんな言葉が頭を占める。これが殺気だと気付いたのは大分あとのことだ。
『…表か』
ふと張り詰めていた緊張が解け、崩れ落ちる。
『おい女。どっから来やがった』
『ど、どっから…』
下手なこと言えば殺される。でも思い返せば、私はさっき死んだのだ。学校の屋上から落ちて。そんな非現実的なことを言って殺されないか。でもこの人には嘘をついてもバレそうだ。なら、ありのままを話すしかない。
『…学校の屋上から、落ちた、んです』
『あぁ?』
『で、ですから、さっき、学校の屋上から落ちたん、』
ズカンッ!
『っ!!!』
思わず耳を塞ぐ。今度は頬をかすって壁にめり込んだ。
『殺されるとわかって、んなこと言うか。度胸はあるみてぇだな』
『ほ、ほんと、なんです…!』
殺される。目の前の男は先程より楽しそうだ。でも事実なのだからそう言い続けるしかない。
『学校の、フェンス、が外れて、屋上から落ちて…し、死んだと思ったら…ここにいて』
『…………』
『だから、』
『おい』
男はまるで地に這う様な声で呼ぶ。目の前の男が悪魔にしか見えなかった。
『てめぇ、ここがどこかわかるか』
『え、に、日本ですよね』
『ぶはっ!こいつぁ傑作だ!ここはイタリアだ』
『…え、い、イタリ、ア?』
ゲラゲラと笑う男から告げられた国の名前。イタリア…?
一通り笑った男は銃口を私に向けたまま私を見る。
『てめぇ死んだんだろ』
『、え』
『屋上から落ちて』
『は、はい…たぶん』
そう言った瞬間、男はまたトリガーに指をかけ引き金を引く。ズカンッとまた銃声が鳴った。
『…え』
白い湯気が出る銃口は真っ直ぐ私を向いている。
『てめぇはこれで二度死んだ』
『…え、?』
銃を仕舞い、カツカツとブーツを鳴らして無言で私の襟首を掴む。何を、と言う前に、私の身体は宙に浮いた。
そうして連れてこられたヴァリアーの屋敷。いろいろな人の好奇な視線に当てられながら押し込まれたのはザンザスの私室で。イタリア語で書かれた書類を渡され、『出来なきゃ殺すだけだ』なんて言われたらもう死に物狂いでイタリア語を覚えるしかなかった。
「スクアーロ様」
「あ゙ぁ?」
幹部が揃う談話室にノックを一つして慣れた様子で入れば、目的の銀髪が目に入る。先程の"カス"のイントネーションはスクアーロのことだろう。
「ザンザス様がお呼びです」
「クソボスが…任務かあ゙?」
雑な態度で談話室を出たスクアーロに次いで部屋をあとにする。相変わらずレビィからの視線が痛い。そんなに好きなら書類整理やら掃除やら率先してやれば良いのに。…いや、鬱陶しくてザンザスにかっ消されるのがオチか。
「う゛おぉぉい!!何の用だあ!!」
「るせぇ」
「ガッ!ッてめぇ!!」
あぁ、また絨毯に赤ワインが…これの染み抜き大変なんだよな。今週で何度目だろ。
ばれないようため息をついたつもりだったが、赤ワインが入っていたであろうグラスが私の頭に当って割れた。
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