XV
目が覚めて一週間くらい経ったのだろうか。家光は毎日飽きずにここへ来る。拘束はされていないが監視されているのはわかったので大人しくベッドと洗面所を行ったり来たりしている日々。初めこそは質問責めだったが、今は世間話というかくだらないことばかり話している。…あぁ、なんだか嫌な予感。
「家光殿」
仮にもヴァリアーの私が、こんな衣食住の揃った所で寝起きしているか。
「ん?どうした」
門外顧問自ら、話し相手になるだろうか。
「私はいつ、ヴァリアーに戻るのでしょうか?」
そう尋ねれば、家光は普段のおちゃらけた様子から一気に仕事の顔になった。
「…戻りたいのか」
「もう、私の居場所はあそこですから」
少し前、それこそ指輪争奪戦が始まる前だったら、私は喜んでこの生活を受け入れただろう。…でも、私はもう、戻れない。
それに、あの圧倒的な存在感に…炎に…声に…私は惹かれてる。
「…ここ数日、君と話していて、思ったことがある。君は普通の人間だ。殺しや命の危険があるヴァリアーは、似合わない」
似合わない…?自分の息子をボスに推しといて何を言うんだか。
「君には、ヴァリアーを抜けてもらう」
…ほら、嫌な予感は当たるものだ。
「17歳と聞いた。ボンゴレが援助している日本の高校に編入してもらう。手続きはもう済んでる。あとは、」
「無理ですよ」
「…まだ君は、やり直せる」
…やり直せる?ははは、ついにこの人は頭おかしくなったのか。
「何を思ったのか知りませんが、私はもう普通の生活なんて出来ませんよ。大体、私は貴方の息子さんを殺そうとしたんですよ?」
「ツナは生きてる」
「結果が良ければ許すんですか?随分甘いですね。ではこれならどうです?」
険しい顔の家光と視線を合わす。
「…ゴーラ=モスカ。あれを暴走させ、貴方の息子さんに9代目を殺させるよう仕組んだのも、私です」
どうですか?表になんて戻れないでしょう?
そう続けても、家光は、
「9代目も生きている」
眉間にシワを寄せながらも、そんな甘いことを吐かした。
それから数日、家光は顔を出さなくなった。定期的に食事を運んで来るバジルしか私を訪ねる人はいなかった。
でも、
「初めまして、ゆきさん」
「…9、代目、」
車椅子に乗ったその人が来るとは思わなかった。後ろには数日ぶりの家光も見える。
「少し、話をしたくてね。家光から聞いているよ。とても気さくで、普通の少女だと」
「…………」
気さく…?ただ普通に受け答えしていただけだ。家光は何を言っているんだ。
「さて、本題に移ろうか」
なんて、人の良さそうな顔をしているんだろ。本当にマフィアのボスとは思えない。
「学校には、行きたくないのかい?」
「…表には、戻れませんよ」
家光に言ったことを繰り返す。でも9代目は笑顔を崩さないでうんうんと頷くだけ。
慈愛に満ちた瞳。…私はこの目をついこの間、見た。私が殺そうとした、沢田綱吉と、同じ。
「もし君が、綱吉君と私を傷つけたから普通の生活が出来ないと言うのなら、それは間違いだよ」
「…っ」
痛いところをついてくる。…人を殺した、殺そうとした、自分の命と引き換えに何でもした。その負い目は、少なからず…ある。
でも、あそこに居たい理由は…もう、それだけじゃない。
「大丈夫、ゆきさん。君なら大丈夫だ」
「…9代目、」
優しい瞳に、全てを許された気がした。
勿論、気がしただけ。
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