合宿の日々
「暑い…」
山奥の合宿所で、私は一人唸った。
じりじりとした陽射しが肌を焼き、むしむしとした空気がまとわり付く、8月。私は何故か、剣道部の合宿に参加していた。
理由は単純明解。会長が無理を押し通し、生徒会と剣道部の合同合宿にしてしまったから。
近藤校長は快く受け入れてくれたけど、土方先生や沖田先輩は心底嫌そうな顔をしていたのをよく覚えてる。
ちなみに、剣道部はこの薄桜学園で一番大きな部活である。完全な実力主義で、学年関係なくレギュラーが組まれており、その証拠に藤堂君は一年生レギュラーだ。また、顧問は土方先生だが、近藤校長や原田先生に永倉先生、さらには山南先生までこの合宿に参加している。素晴らしく豪華なメンツだ。
そんな中、私以外の生徒会メンバー、つまり会長や不知火さん天霧さん達は、剣の心得があるらしく彼らと同じ合宿メニューをこなしている。
つまり、
生徒会の仕事をしているのは、私だけ。
いつものこと?そうかもしれない。でもこのクソ暑い中、クーラーもない山奥での書類整理は、ビックリするくらいはかどらなかった。
汗で紙が手に張り付くのは勿論、風で紙が飛ぶからと扇風機も使えない。
はかどる訳がない。
「はあ…」
この合宿に来て何度目かわからないため息が出た。でも、良い事もあったっちゃあった。初日に見た、会長と土方先生の試合。あれは素晴らしかった。目を奪われるってこういうことなんだ、って思った。
まあ、そういう試合もたまにしか見ることが出来ないから、割に合わないと思うけど。
いつもの倍の時間をかけて、仕事を終わらせる。「んー」と伸びをすれば、背骨がボキボキ鳴った。
「おーい浅見。昼飯だぜー」
なんていいタイミングだろう。藤堂君が私を呼びに来た。
「ありがとう、藤堂君。今行くよ」
「早く行かねーと新八っつぁんに全部食われちまうぜ…うぉ!!」
襖を開けた途端、藤堂君は目を見開き固まった。
「浅見…これ、全部お前一人で終わらせたのか?」
「…そうだけど。ああ散らかってるのは、午後片付けるから安心して」
「え。い、いや、そうじゃなくて!!すげー量だな…」
「確かに量は多いけど、たいした内容じゃないし」
…暑くていつもより終わるの時間かかったけど。
「へー…」
藤堂君はなにやら感心したように私と部屋を見ている。…そこまですごいことはしてない。目を通してサインをするだけだ。
「…早く行かないと永倉先生に食べられちゃうんじゃないの?」
いい加減その視線にあきた私がそういうと、「あ!やっべ!!」と藤堂君は走り出した。
…表情がコロコロ変わって面白いな。
食堂
「………」
「………」
案の定というか、彼の昼食は永倉先生のお腹の中だった。私の分は天霧さんと千鶴ちゃんが守ってくれたらしく、無事。
私は藤堂君の肩にそっと手を置き、昼食を半分コした。
その日の夜。
レクリエーションということで、先生達主催の肝試しをすることになった。
横目で会長を見れば、千鶴ちゃんを見つめる会長が目に入る。
「………」
会長、千鶴ちゃんとペアになれるといいね。
そんな私の願いが通じたのか、会長のペアは千鶴ちゃんになった。
よかった。これでしばらく会長の機嫌が良くなる。会長の機嫌が良いと私も嬉しい。
ちなみに私のペアは…
「うおっ!!…なんだ、風か」
「………」
昼間の蒸し暑さが和らぎ、夜風が髪を撫でる中、私と藤堂君はゆっくりと歩いていた。
風が気持ちいい。昼間もこれくらい涼しければいいのに。
そんなことを思いながら、あくびをかみ殺す。眠い。
「…浅見。怖くねーの?」
そんな私の様子を余裕と受け取ったのか、藤堂君がそんなことを聞いてきた。
怖いか怖くないかと問われれば、怖い。私だって女の子の端くれだ。
「怖いよ。今睡魔の方が強いけど」
「…それを余裕って言うんじゃね?」
「そうかな」
でも眠いものは眠い。
「藤堂君は?こういうの平気?」
「俺?俺は……
藤堂君が言いかけたその時、ポンっと肩に手を置かれた。
「?」
振り返ると、
血だらけの落ち武者がいらっしゃった。
「………」
うわ、ビックリした。
ガシッ
え?
「−−うおおおおおおおっ!!」
急に腕を掴まれたと思ったら、藤堂君がそのまま走り出した。
「お、おい!そっちはコースじゃねーぞ!!」
去り際にそんな言葉を聞いた気がした。
「はあ…はあ…」
「…藤堂君、大丈夫?」
私を引きずりながらの全力疾走。しかも山道。いくら剣道部でも疲れたんじゃないかな。
「はあ…はあ……あ、ああ。大丈夫。それより…」
彼は肩で息をしながら、辺りを見渡す。
「ここ、どこ?」
「山奥」
「………………」
薄暗い森の中には、私達二人だけ。光はわずかな月明かりしかない。
「…その、ごめん」
藤堂君はシュンとうなだれた。その様子はまるで叱られた犬のよう。
「いや、皆怖いってあれは。私もビックリしたし」
「………お前、なんでもないような顔してたじゃん」
「表情が顔に出ないだけだよ。内心ビックリしてた」
「……………」
彼はまたうなだれた。
「………」
犬のようだ。そう思ってたら手が勝手に動いて、彼の頭を撫でていた。
「…なっ!?」
「さあ帰ろう。藤堂君」
「か、帰るったって道わかんねーじゃん!夜の山で無闇に動くなって一君が…
「道はわかってるから無闇じゃないよ」
「は…?」
藤堂君はぽかーんとしてる。本当に表情がコロコロ変わって面白いな。
「君に引っ張られてる時に色んな物、道に捨てて来たから。それを回収してったら帰れるよ」
と言っても、捨てて来たのは、靴と靴下とハンカチぐらいなんだけど。
「…そ、そういや、お前…裸足…」
「まあ、脱ぎやすかったし」
「それに、よく見たら血だらけじゃん!!」
「ああ、たいしたことないよ」
「…っ!」
「え」
次の瞬間、私の体は宙に浮いた。
「浅見!こっちで方向あってるか!!」
「え。う、うん。あってるけど…」
…これは、所謂お姫様だっこというものではないだろうか。
「…藤堂君。私歩けるよ」
「馬鹿!怪我ナメてたら痛い目みるぞ!!」
「あ、うん」
そう言った藤堂君の顔は凄い真剣だった。
…こんな表情もするんだ。
制服ごしに鼓動を聞きながら、私の藤堂君に対する好感度は上がった。
その後
私と藤堂君は無事皆と合流した。
…私は何故か、無茶しすぎと千鶴ちゃんにこってり怒られてしまった。
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