副会長 | ナノ



幕末の日々



首筋に当たる冷たい刀。目の前の人が少し動かしただけで、私の首は飛ぶだろう。そんな命掛けの極限状態であるにも関わらず、私の頭は最高に冷えていた。なぜなら…

「コスプレですか、会長」

そう。私に刀を向けているのは、優雅に着流しを着た会長だった。



少し時間をさかのぼる。
会長が卒業して、私が持ち上がりで会長職につき雑務に追われていた時だ。睡眠時間が削られているため、窓から差し込む木漏れ日が心地好く…机に突っ伏して眠りについたのは覚えてる。

眼が覚めたら、山に居た。

空には月が輝いて空気は澄み渡り…風は冷たい。私の街に山なんてあっただろうか?見知らぬ場所で歩き回るなんて愚の骨頂だが、動かざるを得ない。何てったって、寒い。恐ろしく寒い。

月明かりに照らされながら、私は山道を進む。ローファーにスカート…制服で山を歩くなんて思わなかった。

しばらく歩くと、やけに開かれた場所に出た。どうやら小さな集落の様だ。よかった。もしかしたら泊めてくれるかもしれない。…そう思ったのもつかの間で、私はその集落の異変に気がついた。

…焼けている。半壊している建物はどれも火災にあった様な焦げ後があり、恐らく建物があった場所には黒いススがたまっていた。全壊だ。

不気味に思いながらも、私は集落に一歩足を踏み出した。薄暗い森よりは焼け落ちた集落の方がまだ……いや、変わらないか。

しばらく歩き回ったが、なにもない。歩き疲れたので、集落の中心部にあった少し大きな岩に背を預ける。身体全体が冷えきっていて、瞼が重くなってきた。寝てしまおうか、そう思いはじめた時…見知った声に眼が覚めた。

「なにをしている」

否応なしに刀を突き付けられて、冒頭に戻る。



月夜に輝く薄茶色の髪にどこまでも赤い瞳。鋭い視線を一身に受け、足が竦みそうになるが視線を外せば終わりだと、本能が告げていた。

「…かいちょう、だと?」

会長は眉間にシワを寄せ、私を睨む。

「誰と違えてるかは知らないが、俺はかいちょうではない」

…は?会長が会長でないなら一体なんなんだ。あ。もしかして社長の方がよかったのか?会長はこの前卒業したし。

そう思って言い直そうとした時、見知った声が二つ聞こえてきた。

「おい風間ー!って、なんだそいつ?」
「同族、ではないようですね」

褐色の肌に黒髪。赤髪に落ち着き払った声色。

「…不知火さん、天霧さんまで」

二人ともいつもの学ランではなく…不知火さんはまさにコスプレの様な格好で、天霧さんは着流しを着ていた。会長は思い付きでやりそうだが、二人が嫌な顔せずやるなんて…しかもこんな山の中。私も連れてこられたのだろうか?もしかして劇とか…いや、流石にそれはないか。

「ほう…?間者なら大馬鹿者だな」

…かんじゃ?患者?もしかして生徒会室でうたた寝してたから病院に連れていかれたとか?…いや、なら山に一人はおかしいな。

一人頭の中で自問自答を繰り返すと、カチャリと聞き慣れない金属音が響いた。音のした方には、銃を構えた不知火さん。…銃口は真っ直ぐ私に向かっている。

「どうして俺達の名前知ってやがんだ?幕府の間者…にしてはぬけてるな」

幕府…?幕府とはあの幕府だろうか?徳川とかの幕府?なら時代設定は江戸か…ということはかんじゃは…間者。スパイ?私はスパイの役なんだろうか?

「あの、少しいいですか?」

首に刀、目の前に銃口。命のやり取りな重い緊張感の中…私はいつもの調子で聞いた。

「私は何の役ですか?」





あれから数日。どうやら会長達は私の知る会長達ではない様で、今私がいるこの世界も私の知る世界ではないらしい。とりあえずこちらでは見知らぬ服(制服)と話が通じない(内容的な意味で)ということで、私はこちらの会長に保護された。まあ監視、というのが正しいが。ちなみに不知火さんは早く殺せと急かしていた。どうやら旅をしているようだし、ハッキリ言ってしまえば足手まといなんだろう。天霧さんが居なければ私の命はなかった。会長は私の命などどうでもよさそうだった。

ああそうそう。どうやらこちらの会長は人間ではないらしく、鬼…と言うものらしい。聞かされた時は会長が演技しているのかと思って流していたが、いざ演技ではないと知るとそれも頷ける。何てったって、神々しい。こちらの会長も、私の知る会長も。

「浅見」
「会長、お疲れ様です」

いつの間に帰ってきたのか、会長達が部屋に居た。私が最初に居た場所はどうやら東北で、今は京の都に宿を取っている。…地理や言葉は私の世界と同じ…過去…というのが正しいのだろうか?

「不知火さんに天霧さんもお疲れ様です。お茶をいれましたので宜しかったらどうぞ」

副会長時代のお茶くみが評価され、私は三人のお茶くみ係になっている。最初は湯呑みすら持ってくれなかったが、たまたま会長が飲んで美味しいということがわかり、今に至る。まあ味覚も会長達と同じで助かった。

「ほらよ、お前に土産。大福好きか?」

会長達は時折私にお土産を買ってきてくれる。この時代、甘味は高価だと思うが、今着ている着物含め、私はなんだかんだ会長達に良くしてもらっている。自意識過剰ではないと信じたい。

「浅見」

不知火さんに頂いた大福を頬張っていると、会長が湯呑みを持ったまま私を呼んだ。

「何でしょうか、会長」
「その"かいちょう"をやめろ。俺はお前の言うかいちょうではない」

クイッと残りのお茶を飲み干し、赤い双眼は私を見据える。…確かにこの会長は会長だけど会長ではない。

「…では、なんとお呼びすれば」
「普通に風間でいいじゃねーか?」
「……か…風間、さん」

「「「……………」」」

………駄目だ。違和感がハンパない。

「いや、あの…ちょっと呼びにくいというか恐れ多いというか…」
「確かに、なんかお前が言うと違和感だな…」
「なら、"頭領"はどうでしょう」
「…頭領ですか」
「風間は西の鬼の頭領ですからね」

西の鬼の頭領…成る程。どうやらこちらでも会長はお金持ちらしい。そういえば今着てる着物も肌触り良いような気がしなくもない。というか、西の鬼がいるのなら東の鬼もいるのだろうか?北とか南とか。まあただの人間である私に詮索は無用か。命取りに成り兼ねない。

「でも、人間の私が頭領とお呼びしても宜しいんですか?」
「好きにしろ。邪魔になったら捨てるだけだ」
「そうですね。では邪魔物にならないよう気をつけます。頭領」

私がそう言うと、会長…いや、頭領は小さく笑った。



−−−
もしもの話。
頭領呼びをしたかっただけという。
ちょっと無理矢理ですが…まあ目をつぶってください。

top






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -