副会長 | ナノ



卒業の日々 3



憧れか、恋か。
贅沢な私が望むのは一体何だろう?

隣に立つなんて恐れ多い。会長の三歩後ろが心地好いんだ。

『…君ってさ、周りが見えてる様で見えてないよね。いや、自分が見えてないだけか』

さっきよりいい顔してるよと沖田先輩は私を解放した。なんだか意味深な言葉を残された気がする。



そして…ついに卒業式当日。

土方先生に名前を呼ばれ、在校生代表として祝辞を言う。不知火さんと目が合った。何か笑われた。

厳かに式が進む。次々と卒業生の名前が呼ばれ、不知火さん、天霧さん、沖田先輩に斎藤先輩。そして、会長。知っている人の名前が次々と呼ばれ…卒業証書授与が終わった。

「…卒業生代表、生徒会長、風間千景」

土方先生の声が体育館に響く。会長は堂々とした態度で、舞台に上がった。

白ランに色素の薄い茶色の髪。掠れるような低音の声に、見下すように細められた紅い瞳。…全てにおいて惹き付けられる。

「退屈ではあったが、それなのには…楽しめたな」

思わず口元が緩んだ。卒業式でこんなこと言えるのはこの人だけだろう。近藤校長は愉快そうに笑い、隣の土方先生は額に青筋を浮かべている。保護者達は動揺しているが、生徒たちは慣れた様子で笑った。やはり会長は何をしても絵になる人だ。

会長の短い答辞が終わり、大きな拍手に包まれて…第XX回薄桜学園卒業式は終了した。私は小さく手を叩いた。


卒業生がいなくなり、在校生も帰宅して…静まり返った校舎。私はゆっくりとした足取りであの場所を目指していた。

張り紙を見つけたあの掲示板。

一年の教室に、体育倉庫。

図書室と、それから…


「失礼します」


生徒会室。


ノックをして中に入れば、会長がいる。つまらなそうに書類をめくっていた。不知火さんと天霧さんはいない。

会長はこちらを一瞥して、何事もないように書類に目線を落とした。

給湯室に入り、お茶を入れる。ベスト温度は80度だ。

「どうぞ」
「あぁ」

この会話も何回しただろうか?全てが懐かしく感じる。

前日あれだけ挙動不審だった私は、当日だと言うのに今日は落ち着き払っていた。会長を目の前にした今も…。やはりそれは、昨日の沖田先輩の所為だろうか?結局彼は何がしたいのかわからなかった。いつものようにからかう訳でもなく…ただ、うじうじとしていた私の本音を吐き出させた。

『僕がその恋、応援してあげる』

いつぞや言われたその言葉。…ああ、本当に彼は最後まで不思議な人だった。私には謀りきれない。

でもそのおかげで、私がいつの間にか贅沢になっていたのはわかった。

「会長」

私はどうしてこの人が好きなんだろう。暴君で、口も悪くて、好きな人も居て。容姿は整いすぎてるけど、声も素敵だけど、御曹司だけど。ああ…駄目だ。悪口なんて出て来ない。

「なんだ、浅見」

名前を呼ばれるだけで嬉しい私はやはり重傷だ。どうして、とかではない。好きなんだ、きっとそれに理由はいらない。言葉に出来ることは本当ではないと、どこかで誰かが言っていた。

「ご卒業おめでとうございます」

小さく頭を下げてから、会長を見る。深紅の瞳と目が合った。思わぬ不意打ちにフリーズしそうになったが、なんとか落ち着けて見つめ返す。

「この一年間、貴方の補佐として副会長になり…とても充実していました」

贅沢な私は、いつもより大胆だ。

言いたいことはたくさんある。でも、私の言葉は不完全で、伝えたいことは伝わない。

「会長」

だから一言。その一言に全てを込める。


「貴方のことが、大好きです」


見てるだけでよかった。
貴方の姿を見るだけで満足だった。でも私は贅沢だから、欲張りだから、これで離れるのならば…貴方の記憶にもう少し私を刻みたい。

返事は…どうだろう。贅沢な私はそれを望むのだろうか?…でも今は伝えられれば満足だ。

「…………」

吸い込まれそうな紅い瞳はじっと私を見つめている。やがて会長は、まだ湯気のたっているお茶を一口飲んだ。

「…貴様の茶が一番うまい」

………。

「あ、ありがとうございます」

思わず対応が遅れた。お茶か、それはそうだ。天霧さんに会長の好みを聞いて、それに合わせてお茶屋のおじさんに美味しい入れ方を聞いたのだから。

「俺は一度手に入れた良質の手駒を手放す程、愚かではない。それに貴様のことは天霧や不知火も気に入っている」

会長はぐいっとお茶を飲み干した。

「貴様が俺を好いていようがなかろうが、そんなことは些細なことだ」

鋭い深紅の瞳が、私を射抜く。


「お前はすでに、俺のモノだろう?」


にやりと口元をあげ、さも当然のように言いのけた会長。

ああもう、今まで悩んでいたことがあっという間に消えた。そうだ、会長に私の気持ちなんて関係ない。

もう手駒でも配下でもなんでもいい。

私を必要としてくれている。
それだけで幸せだ。

愛とか恋とか、婚約者とか好きな人とか…そんなこと全てを吹き飛ばす。

「浅見」

必要とされているのなら、

「茶だ」

私はこの人についていこう。

「はい、会長」

それが私の特別だから。



副会長の日々


「ただいま、父さん」
「おかえり楓。あれ、何か良いことでもあったのかい?」
「うん。とりあえず就職先は安定したよ」



数年後。
私は会長…いや社長の秘書として、まだ彼の側にいる。



Fin


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