菓子の日々
あの借金事件からしばらく経った。
我が家の経済状況は大分改善され、自営業だったときの危うさがなくなった。また私も一週間に二三回の割合で来る、風間グループのバイトを頑張っていた。
そしてもうすぐ、すべての菓子企業が日本全国の乙女の味方をする日がやってくる。
肌寒さの中にも少しだけ暖かさを見いだせる、2月。ついに明日はバレンタインデーだ。
そのせいか、今日からもう学校中が浮足立っている。
「やっぱり薫と平助君に渡して…」
それは私の目の前に座る我が友も同じなようで、
「斎藤先輩とか沖田先輩とか山崎先輩とかは?」
「あげるよ!後は先生達かな?」
我が友、千鶴ちゃんはこの学園のアイドル的存在。そのチョコの行方はだれもが気になるところだ。
「うん!あとは不知火さんと天霧さんで決定かな」
「…………」
我が友は時に酷な判断を下す。
「会長は?」
「え?」
「風間会長、あげないの?」
「あ…えっと……」
先月のことで、私は会長に大きな恩がある。ほら、ね。バレンタインイベントをアシストするくらいやらないと。
「…お世話になってるのはわかってるんだけど…義理で受け取ってもらえない気がして…」
「…………」
確かに会長の愛はちょっと重いと思う。明らかにやり過ぎでひかれてる。…いい所もあるのに。残念な人だ。
でも私としては千鶴ちゃんから会長にチョコを渡してもらわないと困る。何てったって恩人だ。
「…千鶴ちゃんが会長にあげてくれたら、会長の仕事、はかどるんだけどな」
「!」
それに、やっぱり好きな人には喜んでほしい。
「う…うん!わかった!」
少しセコいが、これが私からの精一杯の応援。まあフォークダンスの時よりセコくはないか。会長が喜ぶなら何でもいいよね。
ついにバレンタインデー本番がやってきた。女子はドキドキ、男子はソワソワしている。千鶴ちゃんは皆にチョコを渡せるのだろうか。
まあ、この行事に関しては私も他人事って訳にはいかない。女の子に生まれたんだから仕方ない。
昼休み
土方先生の居ない時を見計らって、原田先生と永倉先生にチョコを持っていく。もちろん市販の物。…私はそこまで料理上手ではないし、だったら見た目綺麗で美味しい既製品をあげた方がいいと思っているからだ。
「わりぃなホワイトデー返すからな」
「浅見!!あ、ありがとうなああああああ!俺、俺!うれし…ぐはっ!!」
「うるせー!新八!土方さんに気づかれたらどうすんだ!生徒からもらうなって言われてんだろうが!!」
「…………」
賑やかだ。
私は賑やかな職員室を後にした。
放課後
受け取るのを渋る土方先生や斎藤先輩にチョコを押し付け、薫君と、ちょうど遅刻の反省文を書くため一緒にいた沖田先輩にチョコを渡した。
「浅見ちゃん!」
可憐な声に振り向くと、そこには我が友、千鶴ちゃん。
「はい、チョコレート!」
「ありがとう千鶴ちゃん」
渡されたのは、いかにも手作りです!と思わせる可愛い包装のされた箱。…これが女子力か。
「手作りしたんだ!」
「へぇすごいね」
やっぱりそうなんだ。あ。まずいまずい、
私も渡さないと。
「千鶴ちゃん、これ」
「あ!チョコ?」
「そう、友チョコだよ。受け取って」
「うん!ありがとう!」
「それとこれ、藤堂君に渡しておいてくれる?渡せなかったから」
「わかった!」
またね!とはじける笑顔で去って行った千鶴ちゃん。…会長は、ちゃんとチョコレートもらえたのだろうか?
そんな事を考えながら、途中で会った不知火さんと天霧さんにチョコを渡した。
さて、ついにここまで来てしまった。
生徒会室
おちつけ、いつも通りにさりげなく。
あ、会長。これチョコです。
ああ。
よしこれだ。これで行こう。
軽くノックをして
「失礼します…………?」
中に入ると会長は居なかった、少し拍子抜け。でもまあそれはそれで都合いい。チョコとバイトの書類を置いて帰ろう。
「あ」
ふと会長の机を見ると、そこには私がさっき千鶴ちゃんから貰ったチョコと同じ包装された箱があった。
千鶴ちゃん…ちゃんとあげてくれたんだ。よかった。これなら会長が喜ぶ。義理チョコだろうけど。
…それにしても、すごいチョコの山だ。
会長の机の横には女子生徒から貰ったであろうチョコの山が出来ていた。もちろん不知火さんや天霧さんの机にも。部屋には甘ったるい匂いが充満している。…あとで換気をしておこう。
どれも可愛くラッピングしていて、女子力の高さを見せつけられる。やっぱり会長はモテる。当たり前か、顔は良いし、御曹司だし、性格だって少し我が強いだけ。皆本命チョコなんだろうな。
…本命チョコか。では私のチョコは、何チョコなんだろう?
本命チョコ、義理チョコ、友チョコ…ではないし…少なくともさっきあげた人達とは違う気持ちが入ってる。
私は会長が好きだ。でも本命チョコではしっくりこない。確かに会長は好きだけど、会長が好きなのは千鶴ちゃんだ。だからこれはむしろ…
「応援チョコ、か」
私はそうつぶやいて、私の机の上からメモ用紙とペンを取り出す。
サラリサラサラ…
「…よし」
走り書きしたメモをチョコの包装紙の中に入れ、高く積み上げられたチョコの山のてっぺんへ置く。
「ずっと応援してますから」
こうして私のバレンタインデーは終わった。
← top →