副会長 | ナノ



借金の日々



『許婚です』

考えればわかることだ。会長程のお金持ち許婚の一人や二人居てもおかしくない。それなのに、どうして私はちょっと落ち込んでいるんだ。大体私は会長の彼女でもなんでもないのに。わけがわからない。


とまあ…こーんな感じに引きずって、いつの間にか年が明けた。1月。

今年も例年と変わらず普通なお正月を私は過ごしていた。こたつに入りながら年越蕎麦を食べて、適当なお節料理を食べる…うん、普通だ。

ああ。でも、唯一違うといえば、

「……………」

我が父が私に向かって土下座をしていることだろうか。

「……………」
「……………」

さっきからこの状態。でも理由はわかってる。私は父に言った。

「お年玉ならいらないよ」
「!」

父の耳が少し動く。どうやらアタリのようだ。

クリスマスの時からか。いや体育祭のあと辺りからだろうか、我が家の経済状況が怪しい。

ささやかながらでも、毎年あったクリスマスプレゼント。今年は完全にスルー。まあ別に構わないんだけど。どうやらクリスマスも働き詰めだったらしい。大晦日も忙しそうだった。

「大変?」

こたつの上の蜜柑を食べながらそう聞けば、父は思いっきり顔を背けた。なんてわかりやすいんだろう。

「…い、いやあ!…じゅ順調順調!!」
「…………」



さて、どうしようか。
あの後、なんとか隠し通そうとしていた父を言いくるめれば、我が家の悲惨な経済状況が見えてきた。

はっきり言って予想以上だった。どうしてこうなったレベルだ。まさに予想外。

10月に行われた新しい事業開発。そこで資金を支援してくれた所がとんだ悪党だったらしい。数百万だった事業資金が、この数ヶ月で数千に膨らんだ。しかもそれに気づいたときに相談した弁護士もその悪党の仲間でさらに借金が膨らんだという…。

我が父ながら、なんとまあ運の無いことだ。まあ良い人オーラを振り撒いてる人だから、そういう輩に捕まりやすいのかもしれないけど。

父にどうして相談してくれなかったのかと聞いたら、父は困ったような微笑みを浮かべ『最近楽しそうだったから』と言った。

なんだこれは。ああ…私もそうだが、我が母もこの笑みにやられてしまったのかとつくづく思った。あんな邪気のない笑みを見てしまってはもう一度問い詰めるなんてこと、出来るはずもなく…私はブラブラと外に出てきたのだった。

話を聞いて真っ先に思ったことは、もう学校なんて行けないということだろう。行っている場合ではない。学費に当てる金があるなら借金に回さなければ。

あとバイトも始めて…時給の高いバイト…メイドカフェだろうか?駄目だ。柄じゃない。

そんなことを考えながらぼーっと歩いていた私が悪かった。

「いてーな嬢ちゃん」

いかにも悪です、的な人達にぶつかってしまった。

「すみません」

ぺこっと頭を下げて、男達の横を通り過ぎようとするが…

「待ちな」

捕まった。

人通りの少ない路地の壁に追いやられ、私の顔の横には手。

「どっかで見たことある顔だな…?」

いつの時代の口説き文句だろうか。

男達はしばし相談したあと、私を追い詰めてる男がどこか納得したような表情で私を見た。

「ああ、嬢ちゃん。浅見の娘か」
「!」

本能でわかることがある。まずい。この状況はかなりまずい。今朝父に借金のことを聞いていなかったらわからなかったかもしれないが、これはまずい。

逃げなければと思うが、如何せん身体が動かない。極度の緊張で固まってしまったようだ。

「ちょうど良い。嬢ちゃんの父親に頼みがあんだよ。一緒に来てもらうぜ」

まずい。いろいろまずい。しかし身体は動かない。

絶体絶命のこのタイミング。
まるで漫画の様に現れたのは、


「そこで何してんだ」


ビニール袋を引っ提げた不知火さんだった。




「ありがとうございました、不知火さん」

馬乗りになって男達を殴っている不知火さんにそう言えば、彼はようやく顔を上げた。

「…ったく、誰が同業者だ誰が!ヤクザじゃねーよ」

…まさか自分達を倒した彼が留年していて、今だに学ランを着て、校内を闊歩しているとは思わないだろう。

「それで不知火さんはどうしてここへ?」

聞けば私に用があったそうだ。

「風間主催の新年会。これ招待状な」
「あ、ありがとうございます」

渡された綺麗な封筒には達筆な字で、浅見楓様と書かれていた。

…いやちょっと待てよ私。
思わず受けとってしまったが、我が家の経済状況を考えれば新年会なんて行っている場合ではない。先程おそらく借金取りであろう人達に絡まれたばかりだし。

「あの、不知火さん」
「ん?」
「誘っていただけたのは嬉しいんですが、新年会には行けません」
「あ?何か用事あんのか?」

断られて不快といった風ではなく、心底不思議そうに聞いてくるので、私は今朝知った我が家の経済状況をかい摘まんで不知火さんに話した。

「そいつぁ運が無かったな」
「はい」

不知火さんはいつの間にか吹かした煙草片手に、興味なさそうにそう言った。

「で、お前どうすんだ」
「バイトをしようかと」
「おいおい。薄桜はバイト禁止だろ」
「特別な許可をとれば平気です…あ、いや学校はやめるので問題ないです」
「ああやめんのか」
「はい」

「…………」
「…………」

「はあ!?やめる!?」
「えぇ」

沈黙のあと、不知火さんは勢いよく私に向き直った。

「行っている場合ではありませんし」
「…………」

どこか呆然としている不知火さん。あ、煙草落ちた。


そもそも考えれば私にも落ち度はあった。

『最近楽しそうだったから』

確かに楽しかった。まあ楽しかったというかいろいろなことに熱中していた。

運動会のフォークダンス然り、沖田先輩や期末テスト然り、あげくに恋人でも無い人の婚約者について考えてみたり…熱中すると周りが見えないタイプとはよくいうが、たった一人の家族の変化に気づかないなんて、私は娘としていろいろアウトだろう。

恋とか愛とか考えている場合ではなかった。

「…………」

不知火さんは何かを考える様に顔をしかめ、やがて私の肩に手を置き力強く私を見た。

「いいか、バイトなら俺が探してやる」
「はあ」
「今日は大人しく家に帰れ。そんでしばらく家から出るな」
「え。いや、でも」

「出 る な」

「あ、はい」

なんとも言えない迫力に負けてしまった。やっぱり顔が整っている人の睨みは凄みがある。

私の返事に満足した不知火さんは、急用が出来たらしく颯爽と消えた。

…落ちた煙草は消しておこう。








その後数日、家から出るなと言われたものの、退学手続きは早いうちに済ませた方がいいし、買い出しだってしなくてはならない為、何度か家から出ようとしたが…そのたびに不知火さんから電話がはいった。

『出るな』

の一言で切られる。

『買い物を…』

と言ったのが聞こえたのか、ピンポンダッシュよろしく、野菜の入った袋が家の前に置いてあったりした。



そしてついに始業式。

いつものように学校にきて生徒会室に篭るが、仕事ははかどらない。

「はあ…」

ため息をつきながら書類と向き合うと、会長達が帰ってきた。

「お疲れ様です」

さっと席を立ち、給湯室で三人分のお茶と茶菓子を用意。ソファーに座る会長達の前に出した。

「浅見」
「はい」

会長に呼ばれ、振り返れば一枚の紙を差し出されている。


…………。え。これは。


書いてあることは理解できたが、頭がついていかなかった。

「あの、会長。これは…」
「書いてある通りだ。お前の家は風間グループの傘下になった」

あ、やっぱりそうなんですか。

「抱えていた借金も全て返済だ」
「え。で、でも、数千ですよ?」
「元々が違法金利だ。利子が無くなり、本来の数百に留まった。それに、もしも数千だとしても、はした金には変わりない」

「……………」

そうだった。会長は御曹司だった。
そしてハッと鼻で笑うかのように言い切った会長はなんとも言えないかっこよさだった。

「あとこれな」

不知火さんが手渡してきたのは一台のノートパソコン。

「これは…?」
「高収入バイト。風間グループの書類をまとめる奴」

『いいか、バイトなら俺が探してやる』

…本当に探してくれたんだ。


「……………」

なんかあれよあれよと進んでしまったが、ようするにこれは、会長が借金を肩代わりしてくれて、尚且つ父共々雇ってくれる…ということだろうか。


「この書類に内容が書いてあるので……浅見さん?」


「…………」

もうある程度の覚悟はしていた。学校をやめて働こうとか、そんな覚悟だ。

でも、せっかく入ったのだから卒業したいのは本音で、仲良くなった千鶴ちゃん達とクラスメイトで居たいと思うのもまた本音。

そして何より…

私はこの生徒会が、会長が好きだ。途中で投げ出したくはなかった。きっとやめていたら後悔していただろう。

「あの…」

貰ったノートパソコンを抱き抱え、会長達に向き直る。

言わなければいけない言葉が沢山ある。これからよろしくお願いしますとか、お手数かけてすいませんとか。でも一番言わなければいけない言葉はそれじゃない

「本当に、」

使い慣れない表情筋を使いぎこちなく笑いながら

「ありがとうございました」

私は深々と頭を下げた。

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