思えば、いつからだっただろう。

 我らが船長――フィッシャー・タイガーが縋ったあの人間が、恩義があると微笑んだあの男が、恨みも嫌悪も嫉妬も憧れもある、陸上でしか息の出来ない脆弱な種族の生き物が、同じ船上にいることへの違和感が消えたのは。

 笑顔に絆されてはいけない。と、仲間が振るった暴力さえも笑って受け止めた人間を、それで気が済むのなら、死ぬことさえ厭わないと言い切った彼に救いを求めたのは。

 いつだったのだろう。

 罪も、人も、世界ごと全てを平等に愛する彼の特別になりたいと願ったのは。とても彼の特別にはなれないと諦めたのは。隣に並ぶことを恐れたのは。何よりも、彼を特別だと思ってしまったのは。

 どうしてだろう。

 タイのお頭が言った「あいつは魚人海賊団のタイヨウだ」という台詞が思いの外すんなりと入り込んで来たのは。その言葉を船員の誰もが否定出来なかったのは。


 ――きっと、彼は人間≠ナはないのだ。


 ある時、船長が口にした言葉に躊躇い無く同意してしまったのは。それを疑いもしなかったのは。
 誰もがそれを心の内に抱えながら、それでも意識的に言葉にしなかったのは。

 彼は人間ではない。人魚でも、魚人でも、当然のように仲間を虐げる天竜人でもなければ、見て見ぬ振りを続ける一般人でも、奴隷制度を正当とする海兵でもない。

 ならば、彼は何なのか。

 知らず知らずの内に神格化していた彼の笑顔が曇ったことに気付きもしなかったのは、気が付こうとさえしなかったのは。

 自分は彼ではないから分からないし、もしそれが本音であるとしても彼の口からそれを聞きたくないから真実は分からないけれど、彼は誰よりも絶望していて、初めから何にも期待していなかったのかも知れない。

 仮に彼が何にも期待していなかったとして、自分たちが彼に過度な期待をしていることは明白な事実だった。


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