温めたカップに紅茶を注ぎ、ふとステンシアは首を傾げる。白ひげ海賊団四番隊隊長たる男の探し人は――探していた場所は確かにここであるはずだが、彼はジンベエに用があると言って自分を引き留めたのである。だというのに、いざジンベエ本人に会ったサッチの反応は希薄であった。
「まるで隠す気がないんだなあ」
「あ?」
「いや。好きなだけ話していけばいい」
今日はもう閉店だ。ことりとジンベエの座るテーブルへ二つのカップを置いたステンシアは事も無げに告げる。
ああ、そういえばそんな建前で付き合わせたんだったか。まるで他人事のように思い返したサッチは、掛看板を変えなかった理由を知りなるほど。と小さく呟き、顎髭をなぞった。
「慣れてんだな」
「海賊も海兵も来ると言ったでしょう?」
「ああ、聞いた。冗談じゃないのな」
「……間違っても海賊団で通ったりしないでね」
仮にも接客業である場で隠そうともせずに来るなと言った男にサッチは思わず笑い声を上げる。
まじかよ! それで成り立つのか。驚いているのか面白がっているのか、怒った風ではないサッチにステンシアはため息を吐く。
「来るのはいいけど、あなたたち四皇でしょ。赤い坊やと鉢合わせされたら立つ瀬がないんだよ」
「……赤い坊や?」
聞き慣れぬ言葉を復唱してサッチが首を傾げれば、ジンベエは視線を逸らし、ステンシアは考えるように黙り込んだ。
ステンシアの表情は、果たしてこれは明かして良いのか否かと言ったところであったが、もう一方の男の顔は、是が非でも口にするものか。とでも言いたげであった。――確かにジンベエは人嫌いで知られているし、実際そうであるのだが、彼がここまで露骨に毛嫌いするのも珍しい。不思議に思ったサッチはステンシアへ視線を向けた。
「あの子は距離感が近いから、ジンベエはよく思ってないんだ。悪い子じゃないんだけど」
「何を言うとるか。いくら昔仲間と言えど相手は四皇じゃろうが」
「……悪い子じゃないんだよ?」
「お前さんは警戒心がなさすぎるからのう」
眉を八の字にして困った様子のステンシアをちらりと横目で確認したジンベエは大きくため息を吐いた。二人のやり取りを聞いていたサッチは、まずいこと聞いたかな。だとか、ジンベエも苦労してるんだな。そう思いながらぼんやりと会話を右から左に受け流していきつつ疑問解決に努める。
果たして赤い坊や≠ニは一体誰なのか。
ステンシアが言うには距離感が近く悪い奴ではない。ジンベエが言うには信用に欠ける四皇。纏めてみれば、赤く、距離感の近い、四皇。
「……赤、髪の……シャンクス……?」
行きついた答えをサッチがぽつりと呟けば、示し合わせたように二人の視線が声の主の方を向いた。
暫くの沈黙の後、口元を引き攣らせたサッチが「ビンゴ?」どうしようもなく情けない声を上げ、肯定するようにジンベエはため息とともに瞼を閉じる。
「悪い子じゃないって。ちょっとガキなところが抜けないだけで」
「オヤジさんの船にとっちゃ立派な敵船じゃろうが」
「……それはジンベエさんにとっても敵船で、あの子が船長だから気に入らないってこと?」
「別にそうは言うとらん」
まるでそう返されることが分かっていたかのような間髪入れぬ否定にステンシアは更に困惑した。
ジンベエが人間という種を好まないことは知っているし、人間という種全てを否定して個を見ないというわけでもないことを理解しているステンシアには至極難解な問題で、ジンベエが何をそんなに警戒しているのか見当もつかず疑問符を並べる。
四皇という肩書を警戒、または厭うのであれば、ジンベエが懇意にしている白ひげ海賊団の船長、エドワード・ニューゲートも同じ四皇であり、シャンクスを毛嫌いする理由には不十分なのだ。ステンシアとてジンベエがニューゲートを慕う理由は幾度か聞かされているし、最近では「オヤジさんが」「オヤジさんの」から始まる話ばかりであることにも気付いている。
それほどまでジンベエにとって「魚人島を守ってくれた」という事実が大切なものであることは分かるのだが、見習い時代からシャンクスを知っているステンシアに今更彼を警戒しろというのは甚だ不可能な話であった。
「まあ確かに悪い奴ではねえな」
「ほら、悪い子じゃないんだって。先週も来てくれたし」
「最近はなりを潜めておると思ったが、また来とったんか」
赤髪かぁ。会うたびマルコに船員にならないかと聞いてくる男だ。ステンシアの言う通り別段悪い奴ではない。敵船の船長ではあるが。そう思い至ったサッチが頷くが、それで丸くは収まらなかった。
ステンシアはシャンクスと仲が良いけれど、ジンベエはそれが気に食わなくて――本人は否定しているけれど――それが原因で何やら面倒くさいことになっていると直感したサッチは諦めたように天井を見上げる。白く塗られた内装は全ての島の店舗共通だろうか。置かれる家具も見事なまでの白揃えの中、綺麗に配置されているドライフラワーは決して主張せず、けれども存在感を放っていた。
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