「おどれ、何者じゃあ」
「あらあらあら。道を間違えたかな?」

 初めて遭遇する海兵と処理するには線が細く頼りないセンゴクの探し人を見つけたのは、後に徹底的な正義≠掲げ、海軍元帥まで上り詰める新兵――サカズキである。

「うーんと、どこに行くんだったかな」
「……ああ、例の一般人か」

 呆れたようにため息を吐き「案内しちゃるけえ、勝手にうろちょろするな」面倒臭そうに、通常であれば拒否するような男が案内役を買って出た。

 サカズキがその行動を取ったのに大した理由はなかったように思う。ただ純粋に『海軍本部』という場所に不釣り合いな一般人――というには肝が据わっているというか、世界政府だったか世界貴族だったかを黙らせたらしいのだから、争い事に疎くとも意志は強く、それなりに頭の回転も良いのだろう男を見過ごすべきではないという思考に落ち着いたからだった。

「お兄さん、背、高いですね」

 サカズキはステンシアの言葉を適当に聞き流し歩を進める。

「海兵になったのはいつ頃ですか?」

 これにもサカズキは何も言わなかった。

「今からどちらへ?」

 ちらりとステンシアを視界の端で捉えるだけで無言を貫き、歩調を僅かに緩めた。
 それはサカズキの優しさであるのだが、どちらかと言えば速足気味に通る海軍基地の中をゆっくりと歩くのは気が進まず、沸々と苛立ってくるのも仕方のないことかも知れない。
 ――何かしら好意的な感情があったのならば違った可能性もあるが、残念ながらサカズキとステンシアはこれが初めての邂逅であり、サカズキの第一印象は決して良いものではなかった。

「きみは寡黙なんだねえ」
「うだうだ下らんことを言うちょる暇があるんならさっさと歩かんか」
「あーはいはい、そうだねえ。でも何だかんだ言ってきみはやさしいじゃない」
「フン、迷われても迷惑なだけじゃあ」
「そうかい。大抵無関心に放っておくものだと思うけどな」

 からりと笑った男にサカズキは足を止めた。

 確かに何も見なかったことにして立ち去ればよかったと後悔しないことはないけれど、目の前のひ弱そうな男はふらりとマリンフォードへ訪れ、人間国宝だ何だと無意味にも思える地位を確立した男であり、聖地マリージョアへの護送が確定している男である。それがふらふらと一人で行動しているところを見ると、監視役としてついていただろう海兵の目を盗んで逃げ出したに違いなかった。

「……厄介な男じゃのう」
「ここに来てからよく言われます」

 いつの間にか正面へ回り込んでいた幾らか上に見積もってもサカズキより十は下だろう男はやけに大人びた微笑を浮かべ、海軍キャップが影を作る顔を覗き込む。
 呆れを含んだ怒気を宿す黒色の瞳に固く引き結んだ口は、明らかな苛立ちを物語っているというのにステンシアの表情は何一つ変わらなかった。

「お兄さんお名前なんて言うんですか?」

 この先会うことなどないだろうに何の役に立つのか甚だ疑問に思いながら名乗れば、自らもそれに倣い、今度は見た目相応に微笑んだ。それ以降言葉という言葉は交わさず、けれどどこか上機嫌なことを訝しんだサカズキに応えるようにステンシアは口を開く。

「サカズキさんの前に何人かと少しだけお話したんだけど、名前を教えてくれる人はいなくてね」

 にこにこと嬉しそうに話してはいるが、それは幾許かの時間一人で徘徊していたという事実に他ならない。――まあ、過ぎたことは変えられないし、これから護送用の船に連れて行くまでの間、自分が目を離さなければいいというだけであるのだが。
 海軍という悪の根絶を目標に掲げる組織にいながら知られては困る名などないだろうに、わざわざ秘匿とする理由は分からない。昇格すれば必然的に知られることになるし、海兵として名が広まればより一層屑どもを潰せる場が増えるというのに、躊躇う理由があるのだろうか。

 ――いや、ない。

 海軍大将、センゴクがステンシアを見つけたのは、サカズキがその答えに至った数秒後であった。

「ああ、お暇な海軍大将さん」
「誰が暇なものか!」
「あら? そうでしたっけ」
「悪いなサカズキ、助かった」
「いえ、わしは何もしとりません」

 からから、けらけら。
 何が楽しいのか、男は笑う。

 聖地マリージョアへ行くこと自体に興味はないのかも知れないけれど、自分自身のことであるのに悲観さえしないのはどうなのだろうと何となくサカズキは一考し、柄じゃないと思考を放棄した。


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