海軍は基地の中でも物騒であるのか。その問いの答えは限りなくノーである。

 そもそも海軍の本拠地である海軍本部が物騒であっては市民の平和もクソもないところで、けれど安全である≠ニ一概に言い切れないのは演習時間に訓練場から吹き飛ばされてくる訓練中の海兵が存在するからだ。

 本来ならば順を追って強くなればいいと諭されるスパルタを通り過ぎた指導を理解した上で、それでも変わることがないのは指導官の強い意志≠ナはなく、化け物のような強さをした新兵が入隊したからである。
 もちろん彼らは初めから強かったのではなく、類稀なセンスで上官の教えを吸収し、自分たちなりの正義≠確立していくまでになったからではあるのだが、天才的ともいえる彼らと同期であるがゆえに平凡と揶揄されてしまう新兵が彼らと同じ演習内容についてくることが可能か、という話になればまた違う。

 ――なんだかんだ言って結局、指導官の加減ができていないというところに落ち着いてしまうのは如何ともし難いことであるのだけれど。

「大丈夫でしょ? うん。よろしく」

 くるりと背を向けたステンシアに海兵はため息を零した。
 準備ができたと知らせが入った時、護送する本人の行方が知れないとなれば参ってしまうのだが、だからと言って説き伏せようとしたところで恐らくこの男は自分の意志を通すだろう。

 ロジャーがマリンフォードに訪れたと聞くや否や意気揚々と駆け出して行った同期を思わせる無駄に固そうな意思には些か頭を抱えざるを得ないけれど、それならばと海兵――センゴクは思考を巡らせた。

「海軍大将さんはお暇なんですねえ」

 自由気ままにどこかへ行ってしまおうとするステンシアには、やはりガープと重なる部分が大いにあり、目を離すと何を仕出かすか分からない。センゴクが選んだのはゆったりとした歩調で廊下を進む男の後を付いて回ることだった。

「……暇であることを、願いたいものだな」

 海軍大将を務める自分が暇であること。それはつまり一般市民が悪党どもの横行に恐れる必要がない日常を送れているということになる。

 要塞は建て直せばいい。けれど理不尽に積まれた形骸に魂を呼び戻すことは不可能だ。いつ自分がその形だけのモノになってしまうかと怯えることも、家族を、大切な人を奪われてしまうことを恐れなくてもいい世界というのは、何と素晴らしい世界だろうか。

 現実とかけ離れた世界をセンゴクは上手く想像することができなかったが、それでも、武力を持たない者の何気ない幸せが続くのならば、それは願ってもないことだと思う。
 そしていつの日か、そんな世界が訪れるようにとマリンフォードに構える海軍本部こそ、市民の安心の象徴なのだ。

 中立国家というどうしようもなく中途半端な諸島で育ったステンシアこのおとこにとって象徴だとか、佇む場所だとか、そういうものに関心はないのだろうけれど、意味がないというわけではない。

 ――そもそも中立国家という肩書きから気に食わない部分はあるのだ。

 武力を持たない国であり、海賊行為を咎めない国でもあると聞くその地は同時に幻の島とも呼ばれていて、誰かが存在を確かめたわけでもないのに語られ、一部の海賊は必死で探すうちに内部崩壊を迎えている。

 海賊が勝手に自滅するのは一向に構わないどころかむしろありがたいとさえ思うのだが、何故そうまでして海図に描き記されない諸島を捜し、本当に存在するのかもわからない国を中立国家として認めている理由は定かではない。と、周囲を見渡しセンゴクは舌打ちした。

 つい先ほどまで目の前にいたはずの男が見当たらないのである。

 別のところに思考を飛ばし、一瞬目を離した隙に姿を消すそれはまるでガープを相手にしているようで苛立たしく、センゴクの眉間には皺が寄った。

「まったく、厄介な男だ」

 呟いてはたと背後から迫り来る足音に気がつき身体ごとそちらを振り向けば、びしりとノースリーブの海兵が敬礼する。

「センゴク大将! ステンシア様護送の件、準備が整ったとコング元帥より伝令です!」
「……ああ、すぐに見つけて連れて行くと伝えてくれ」
「承知いたしました!」

 センゴクはぴしりと姿勢を正し再度敬礼した下士官に答礼し背を向けた。

 そこまで遠くには行っていないだろうが、あの男はどこへ姿を消したのだろうか。ため息を吐き、その先の曲がり角をステンシアとは逆方向に進んでいた。


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