半ば丸め込まれる形のそれに天竜人が了承したのは、レティセシア諸島に続く品評会という催しの主催を世界政府とし、最も優れたものをマリージョアへ献上するという条例をステンシアが呑んだからであろう。

 拡声器でマリンフォードを駆け巡ってしまった真実隠しに芸術品≠ニ評されるようなものを公開したのなら、そちらに食いつくのではないかという安易な発想に渋々といった様子で海兵たちも頷いた。そうと決まれば即座に出版社へ圧力を掛け、レティセシア諸島出身者が名乗りを上げたという事実を無かったことにすることに成功した。

 しかしその記事は新聞の一面を飾ることなく、けれど小さな記事の凡そ七割を占める写真と、でかでかと書かれたその見出しは目に付かないとは言い難い。
 ――可もなく、不可もなく。といったところか。

「まあ、問題はないのでは?」

 まるで初めから大々的に取り上げられるはずがないと分かっていたかのような態度に海兵の眉がピクリと動いた。

「天才的芸術家パティシエ現る、ねえ。私を天才的だなんて言ったら、世の中には天才が溢れ返っているということになりませんか?」
「お前がそうしろと言ったんだろう」
「おや、私は一つの記事の掲載を取りやめる代案として提示しただけですよ」
「――ッ! 貴様っ」
「そう、ところで私の処遇は結局どうなりましたか?」

 怒る海兵を気に留めずステンシアはつらつらと言葉を紡ぐ。
 男の感情の変化には――否、初めから彼は苛立っていたようであるから変化など感じなかったのかも知れない。海兵は己に大した興味も示さずに問いかけるステンシアに舌打ちを一つ零し、けれど話し合いの末に決まった目の前にいる男の立場≠ゥらびしりと敬礼した。

「……貴公は、人間国宝として聖地マリージョアで保護≠ウれるという形で協議が決定しました」
「あっはは、何だか気持ちが悪いね。私はこれからどうしたらいいの?」

 にこにこと問いかける男に海兵は眉を顰める。
 人間国宝として聖地マリージョアで保護されるというそれはつまり、天竜人の所有物であることを証明する焼き印を入れられない状態でその地に足を踏み入れる許可が下りたということだ。
 自分たち以外の全ての生き物を見下すあの天竜人たちが、自らの住む地に王の血族でもないただの人間を招き入れると言ったのである。この世界でそれを上回る光栄はないだろうに、それを告げられてもステンシアに感情の動きは見られない。

 世界事情を知らないガキかと思えば、現実問題奴隷とさして変わらないだろうことを憂える程度の頭を持っていたということなのだろうか。けれど、それにしては反応が薄いような気がすると海兵は一度口を引き結んだ。

「品評会は世界行事として執り行われるのでしょう? それなら私の肩書きなんて、正直どうだっていいんですよ。さて、私はこれからどこで何をしたらいいんですか?」

 びしりと改めて姿勢を正した海兵が言う。

「コング元帥が聖地マリージョアまで護送します。準備が整い次第お声がけさせていただきますので今しばらくお待ち下さい」
「……まだ待つの? うーん。適当にどこかふらふらしてるね」

 くあと欠伸を零したステンシアはつまらなそうに呟いた。
 ロジャーにマリンフォードまで送ってもらい海軍と話ができる状態になるまでしばらく待ち、更に時間をかけて天竜人との謁見を果たしはしたが、新聞記事が正式に発行となるまで待っていたのである。

 その間ステンシアが滞在を言い渡されたのは一人で時間を過ごすにはやや大きすぎる客室で、廊下へ繋がる扉の向こう側には始終見張りの海兵らしき人影があり、抜け出すことなどできるはずもなかった。
 せめて、調理場と材料さえあれば退屈することなどなかったのに。と、そう思わずにはいられない時間を過ごすことを余儀なくされ、ようやく事が進んだかと思えばまたもや「待て」である。
 何ができるとも知れない部屋で待つことよりも、広い海軍基地内を歩き回っていた方が退屈しないことは明白だった。

「は、お待ちください!」
「何で? ここからは出ないし、邪魔しようってわけでもないんだけど。海軍は基地の中でも物騒なの?」

 問いかけて、男は笑う。


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