「はァ? おれが探してんのは間違っても明らかに一般人で儚くて折れちまいそうなお嬢ちゃんじゃねえよ」
「儚くて折れそうな一般人……」

 サッチの言葉を繰り返した島民は「仮にもジンベエザメの魚人が護衛に付いている身ですが」とコック服に埋まったままけろりと言い放ち数歩後退した。

「人違い、ということにしておこうか」

 問いかけるような、独り言のような台詞を吐いておきながら、まるで興味を無くしたように露店を見回した島民の動きに合わせ黒髪が揺れる。

 おい、ちょっと待て。今にも何処かへ立ち去りそうな島民の様子に我に返ったサッチが島民の手首を捉えた。

「あ、その荷物は船員さんへのお土産として持って帰っていいよ。人違い≠セったみたい」
「――七武海! 海峡のジンベエがこの島に来てねえか」

 ごめんね。恐らくそう続くのだろう言葉を遮り、サッチが訊ねる。島民は考える素振りも無く、来ている。と言い、どこにいるかも分かる。そう答えた。

 何だか無意味なところで話が拗れるだけ拗れて必要以上に体力を消費してしまった気分であるが、ジンベエにさえ会えれば万事解決だ。楽観的に考えたサッチは、まだ島民に名乗っていなかったことを思い出し名乗ってみることにする。

「随分遅れちまったが、おれは白ひげ海賊団四番隊隊長サッチだ。今後会うことはねえかも知れねえが、まあ、よろしくな」
「……ああ、私は甘味処ReÍrルレイルのステンシアと申します」

 よろしく。微笑んだステンシアにサッチは愕然とした表情でまじまじとその人を見下ろした。優しい手つきで剥がされた手すらどうでもよくなってしまう程の衝撃にサッチは「嘘だろ」という一言以降何も発せず、その場に蹲る。

 まさか、まさか本当に探し人だったとは。いや、しかし、天竜人にも認められた菓子職人であり、人間国宝でもあるステンシアという人間はもっとこう、厳格な、凛とした人物であるはずで、確かに綺麗な造形はしているが、こんな、何を仕出かすか分からない自由人な人物像では一切なかった。けれど、そう、目の前の人間は確かに自分に向かって言ったのだ。自分が、その、ステンシアだ、と。

 抱えたままの紙袋の中身の購入時の姿を思い返せば、そう、嘘である可能性は低いかも知れない。ジンベエのことにしたってそうだ。人嫌いを公言するジンベエの名が、何でもない人間の口からほろりと、ついうっかり零れることはないだろう。

 そしてジンベエが――彼は七武海に加入しているから、政府からの言伝であることも考えられるが――傍に置く、或いは自ら近くにいるような人間なんていうものは、自分たち白ひげ海賊団を除けば一人しか心当たりがないのである。加えてあのこれ言ったらダメなやつだったっけ#ュ言は恐らくジンベエのいないタイミングで海賊に正体を知られてしまうと身の安全が保障できないということを示唆しているのであろう。

 サッチを真似するようにしゃがみ込んだステンシアが視界に入り、サッチは更に狼狽える。

「そんなに驚くこと?」
「っ、ああ。かなり」

 ふふふ、すみません。謝る気があるのかないのか分からない声色であっさりと謝ったステンシアは立ち上がり、裾を払ってサッチを見下ろした。

「それじゃあサッチさん、そろそろ行かないかい?」

 わしゃわしゃとサッチのリーゼントを崩していくステンシアが思い出したように問いかける。
 そうだな。答えたサッチは乱された髪を揺らす冷たい風に僅かながらの罪悪感に見舞われた。幾ら春島とはいえ晩秋言ったところの気候である時期に薄手の服を着用した女性をいつまでも立ち止まらせておくわけにはいかない。――上着の一つでも持っていれば多少は変わったのだろうけれど、生憎この程度の気候で上着を着るほど柔ではないサッチの所持品に防寒具の類はなかった。

 自慢のリーゼントを崩した相手ではあるが、サッチとて男である。下ろされた髪を掻き上げ立ち上がったサッチは視界に入り込んだ見覚えのあるシルエットを見なかったことにしてステンシアの横へ並んだ。行こう、何も気にせず。探し人本人に会えている現在の状況であの男に会いにいく理由は特に思い当たらない。確かに挨拶や近況を話したいところではあるが、この島へ上陸してからの大本命がいるとなれば、失礼ながらその思いは霞んでしまう。

「お嬢ちゃん寒くねえか」
「ふふっ、ご心配なく。きみこそ寒くはない?」
「ああ、これくらいなら問題ねえな。それよりお前、一人で出歩いて危なくねえの」
「心配性はいるけれど、出歩くときは大体一人だよ」

 サッチの言葉にうーんと唸ったステンシアはそれだけ言うと足を速めた。

「あ。ジンベエと会うのは屋内と屋外、どっちが都合いい?」

 ざりざりと塗装されていない地面を数十分ほど歩いたところで足を止めたステンシアはサッチを振り返り、世間話のように問いかける。
 屋内がいいかなあ。仮にもおれたちは四皇と七武海だし。言い終わるか言い終わらないか、むしろ口に出したか否かのところで楽しそうに頷いたステンシアはサッチの手首を掴み駆け出した。

「お、おい! 急にどうしたんだよ!」
「いいからいいから!」
「ハァ!? お前――」

 何も良くねえよ! サッチの台詞を聞いてか否か、ステンシアは爽快に笑う。容赦なく唐突に振り回されるサッチは漸く認識の間違いを疑ったものの、引かれる力に従った。


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