「……おとなしそうな見かけしときながら、随分いける口じゃねえか」
「いえいえ、私は皆さんのお話を聞いていただけですよ」

 海って面白いんですねえ。そう続いた言葉にニューゲートは小さく笑い、ふにゃりと男の白い頬をつまむ。
 ぱっと見開かれた瞳は戸惑いを色濃く宿すくせに一切の抵抗をしなかった。初めから怯えた様子のないそれは諦めたという風でもない。――警戒心が希薄と言えばいいのだろうか。日差しをあまり浴びてこなかったのだろう肌は相当平和な島で育ったか、それを眼中に入れることさえ嫌った裕福層の人間を思わせる。

 尤も、裕福層の者すべてがそうであるとは限らないし、そもそもそういった者がわざわざ海賊に護送を頼むなど、普通なら考えられないと言っても過言ではないけれど、彼の身なりや纏う空気は確実に裕福層のそれであった。
 ――もし、海賊を海賊という名称だけで嫌う彼らの普通≠ノ包まれて生きてきたのなら、今彼がここにいることは少しばかりちぐはぐな印象を抱いてしまう。

 ならば、そう。彼はまるでこの世界から断絶されたような平和な場所の出身なのだろう。それこそ東の海イーストブルーのような。

「い、いひゃいれふ」
「おめえ、どこの生まれだ?」

 つまんでいた頬を解放したニューゲートが問いかけた。薄っすらと涙を浮かべたステンシアは僅かに首を傾げる。

偉大なる航路グランドライン、春島と夏島の丁度間に位置する諸島レティセシアです」

 何の疑いもなく答えた男にニューゲートは瞠目した。何の疑いもなく答えられたことよりも、男の口から出たのが東の海ではなく偉大なる航路だった衝撃の方が大きかったかも知れない。加えてその諸島の名は、名だけは、有名である。

「レティセシアって言やァ、それなりに有名な中立国家じゃねえか」
「……そうですね。言われてみれば確かにそんな風に呼ばれていたような気がします」

 世界政府にも海賊にも属さない中立国家。

 どこの海図にも描かれることのないその諸島は記録ログを持たず、その地へ辿り着いたという者の話はまず聞かない。その上未だかつてその諸島出身の者が確認されていないことと相俟って存在自体がまやかしなのではないかとさえ囁かれるほどの地である。
 更にはシャボンディ諸島特有とされるシャボンのなる木が諸島の中心に聳えるという噂話も有名で、それが影響するのか魚人島との交流があるらしかった。

「魚人島から流された方を見かけることはありましたが、ロジャー船長はお空から降ってきたんですよ」
「……空から?」
「いやあ、あれは助かった」

 けらけらと笑いあう二人に若干の置いてけぼりを食らっているニューゲートは取り敢えず盃を空にする。元々ロジャーの話に耳を傾け、時折相槌を打つことの方が多いからなのかは分からないが、ロジャーとステンシアの会話はなかなかどうして面白い。

 例えばロジャーが寝こけて海に落ちたとか、どうしても卵が割れず見習い船員にキッチンを追い出されたとか。何のことはない日常であるはずのそれは、海賊という身の上であり海上生活であるとは思えないような平穏を物語っていた。

 もちろん海賊らしく血生臭い話がしたいわけでも聞きたいわけでもないが、そういった話題が出てこないことに多少の違和感がある。
 存在自体を疑われる諸島出身の男が乗り込んだ船が掲げる旗印はドクロであり、ロジャーは間違う理由もなく海賊なのだ。
 別の海賊に出会えばほぼ確実に海戦が起こるだろうし、海軍と鉢合えば戦闘は免れない。彼がロジャーに頼み込んだ目的地であるマリンフォードまではまだしばらく距離があったし、海賊船に乗っている以上間違われて手配書が発行されてしまうことも考えられる。

「やさしいですねえ、おやじ殿」

 にこにこと微笑むステンシアはやはり酒を嗜むような風体ではなく、けれど口に出してはいないはずの言葉を拾い上げるそれは見聞色の覇気であろうとニューゲートは新たに注がれた酒を呷った。

 ――オーロ・ジャクソン号がシャボンディ諸島へ辿り着いたのはそれから約三ヶ月程度が経過した頃である。
 ステンシア乗船当初、反対派だったシャンクスは庇われ、ロジャーより拳骨を受けたその日から心変わりしたように彼に懐いていき、別れが近いことに駄々をこねた。

 この時シャンクスは心のどこかで彼を引き留めることができると確信していたのだ。

 わざわざ危険な外界へ出なくとも不自由なく生活していたステンシアがロジャーにマリンフォードまで連れて行ってくれと懇願した理由は周りが望むことを叶えられる者が自分以外にはいないと乞われたから≠ナしかなく、もちろんそれに自分の意志が混じっているわけではない。

 行き先がマリンフォードだったのは海軍――牽いては世界政府への異議申し立てのようなものだったからで、そもそもは諸島自体がまやかしと呼ばれ続けることを憂いた移民の賛同意見の数から沸き上がったことだったという。

 周りが望み、自分しかいないと乞われたから行動した。

 彼曰く自分の生まれ育った地が好きならば、そこに住む者たちも好きだという。その大勢の願いを叶えたいのだと。

 そこでの生活時間に比べればごく僅かな時間ではあったけれど、バギーは彼との別れを惜しんでいたし、シャンクスだって惜しいのだ。レイリーや、ロジャーも或いは同じ心持かも知れない。
 強く願えば彼は、ステンシアという他人の意志で動く男は船に残ってくれるはずである。

「なあステンシアさん、本当にマリンフォードで降りるのか? 魚人島行きたい言ってたじゃねえか」
「だって私の目的はマリンフォードだもの。きみの気持ちは嬉しいけれど、ものには順序があってね」

 にこり。男はシャンクスが嫌った綺麗な笑顔を浮かべた。

「別に今生の別れじゃないんだから、ね。今度どこかで会ったらお茶でもしよう?」

 かくしてシャンクス少年の確信は打ち砕かれたのである。


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