ぐらりと船体が揺れる。弾けるように立ち上がるのはいつもと何も変わりがないが、ただ一つ、バギーの行動はいつも通りではなかった。
 緩慢な動きで辺りを見回すレイリ―も、豪快に笑ったロジャーもいつも通りだというのに、バギーだけがどこか違う。

「ステンシアさん! 危ねえからせん、なっ」

 ぐらり。更に大きく揺れたオーロ・ジャクソン号の影響で身体を揺らした見習い船員は言葉を打ち切った。
 ああ、そうか。この男のせいだ。シャンクスは独り感じた違和感に納得し、まるでその男を庇っているようなバギーに舌を打つ。

 自らの乗る船に砲撃を打ち込んだそれが掲げるのは、カモメではなくドクロ――つまりは海賊船である。

「覚悟はいいな!」

 ロジャーが笑いながら吠えた。レイリ―は笑う。
 敵に怯むバギーは、それでも守る姿勢を取った。男は何が起きているのか分からないといった表情で甲板を見回した。
 困惑を強く滲ませる空色の瞳が、一人の少年の瞳とぶつかる。

 いけ好かない目だ。いかにも綺麗なところしか知らないだろう澄んだ輝きは、見透かしたような底知れぬその色は、見下されているようでもあって不愉快だと睨みつける。

 男の視線が他へ移動し、即座に戻された。困惑から焦りに変わった男の表情に、伸ばされた掌に、情報処理が追い付かず音が遠ざかる。

「―――!」

 男は何かを叫んでいるようだった。

 柔らかな衝撃とふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りに我に返ったシャンクスは戦闘中でありながら意識を別へ飛ばしてしまっていたことに気がつく。

 ――視界に広がるのは、自らの船長の後ろ姿であった。

 あとで注意力散漫だと叱責されることは容易に想像がつくが、ならばこの、緩やかに波を打つ黒髪は――。

「お、まえっ!」
「――ステンシア、とは、呼んでくれないんだね。シャンクスくん?」

 にこりと綺麗に笑った男はシャンクスの名を呼び、わざとらしく首を傾げた。

「ばっかじゃねえの! お前何考えてんだよ!」
「危なかったじゃない。ロジャー船長が助けてくれたけれど」
「そういう話じゃねえよ! それにおれは別に助けてくれなんっ痛ってぇえ!!」

 愛の拳とも呼べるだろうロジャーの拳骨が赤い頭髪に振り下ろされる。
 ああ、痛そう。全くの他人事で呆然とそれを眺めていたステンシアは、赤く丸い鼻が特徴的な少年がぷりぷりと怒っていることに疑問符を浮かべた。

「折角おれ様が守ってやってんのに、自分から敵の射線に入っていくバカがあるか!!」
「あ、あ〜? ……敵、てきかあ」
「戦えねえのに! 怪我したらどうすんだ!」
「危ない≠チて思ったら身体が動いちゃったんだもん。仕方ないでしょ? 怪我だってしてないし」
「今、結果の話はしてねえだろ!? そもそもテメエは何ぼォーっとしてんだよ! おいシャンクス!!」

 言い募るバギーと変わらず疑問符を浮かべ続けるステンシアの頭をぽすぽすと撫でたレイリーはロジャーを見遣り小さくため息を吐く。

「同じ船に乗ってんなら楽しい方が良い。なあ? レイリー」

 船長はわははと豪快に笑う。

 つられてからから笑うステンシアに不満も邪推も何だか馬鹿馬鹿しく思えてしまったシャンクスはやはり口を引き結び、けれど口端を持ち上げた。

 白ひげことエドワード・ニューゲートが指揮する白ひげ海賊団の船舶――モビーディック号とオーロ・ジャクソン号が船首を合わせたのは、それから程なくした穏やかな海上である。
 正確な時刻は測りかねるが、大きな笑い声が木霊するその空は太陽が地平線へ沈み始め、空を赤く染める頃合いだった。

 軽快かつ今まで聞かなかった足音を捉えたニューゲートは「新しいのを拾ったのか」と投げ掛け、ロジャーは首を横に振る。「じゃあなんだ、迷子か?」ロジャーはそれにも首を横に振った。

「あれのいた島で面白い音を聞いた」
「それじゃあおめえ、人攫いか」
「いいや違う。あいつはおれにマリンフォードまで連れて行けと言ったんだ。ガープにケンカを売るには上出来だろう? 二つ返事で引き受けた」

 盃の酒を一気に飲み干したロジャーは赤ら顔で笑う。本当にこの男はよく笑ものだ。きっと、その身の最期でさえ笑顔で締めくくるのではないかとさえ思えるのだから、ロジャーという男は元よりそういうやつなのだろう。

「あら、おやじ殿もよく笑うではありませんか」

 ひょっこりと現れた男の胸辺りまで伸びる黒髪と中性的な顔立ちはまだ幼く、その容姿から似つかわしくない酒瓶を片手ににこりと笑顔を浮かべた。

 果たして今、口にしただろうか。そもそもこの、見た目だけでは男か女か区別の難しい男にオヤジ≠ニ呼ばれる覚えはない。

「ロジャー船長、レイリーさんからです」
「さすがレイリーだ、よく分かってる。どうだステンシアも混ざらねえか」
「ああ……いえ、遠慮します。先程お兄さま方を潰してしまったところですから」

 笑いながら問いかけたロジャーへ拒否を示したステンシアは欠片も申し訳ないとは思っていないような表情を浮かべた。

 「いくらお前でもニューゲートは潰せねえから安心しろ」と大したことではないとでも言うような赤ら顔の男に甲板を見遣れば、なんと、大の字で寝転がる船員たちの姿ばかりが目に入る。だというのにロジャーの盃に先程持ち寄った酒瓶を傾けた男には酔った様子が欠片もなく、ならば自発的に落ちたのかと思えばそれも違う気がするとニューゲートは目を眇めた。


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