見習い船員であったシャンクスにとってステンシアはロジャー海賊団船長、ゴール・D・ロジャーが乗船させた海賊船に乗らねばならぬ理由がある一般人でしかなかった。

 彼が言った何もできない≠ニいうのは真実で、怪我も日焼けも知らなそうな白い肌は明らかに魂の何一つも欠けることなく育ってきた裕福層を思わせ、戦闘に混ぜ込むことなど到底できなかったし、ならば飯炊きでもしていてもらおうと調理場に立たせれば魚を捌くことも、卵を割ることさえ戸惑うほどのどうしようもない男だったのである。

 掃除、洗濯といった見習い船員に回される雑事は事も無げにこなしていくが、船上生活で何より困ったのは徹底された偏食傾向だった。ステンシアによれば、魚を含める全ての動物は意思疎通の可能な話し相手らしく、調理される魚が駄目なら部位ごとに切り分けられた肉にもほろほろと泣き出す始末である。
 そこで初めてシャンクスは彼のような人が菜食主義者と呼ばれる人種だということを知ったのだが、どうしてこんな面倒臭い奴を同じ船に乗せたのだと船長に問いたくなるほどには不満であった。

「だあってさ〜あいつ本当に何にもできねえじゃん!」
「う゛ァあかかお前は。ステンシアさんめちゃくちゃいい人じゃねえか! 話聞いてくれるし、優しいし、美人だし!」
「話なら誰でも聞いてくれんだろ。戦闘はできねえ、肉は食えねえ、飯も作れねえなんて厄介の塊じゃねえか。そもそも男に美人って間違ってるんじゃねえの」
「ああ!? ンだとテメエごら!!あの人に包丁握らせんのが間違いなんだよ! さてはお前、ステンシアさんの菓子食ったことねえな? あ〜〜勿体ねえ!」
「はぁ? お前こそ何言って、」

 がちゃりと音を立て船内と甲板を隔てる扉が開き、緩やかな曲線を繰り返す黒髪の男がひょっこりと顔を出したことでシャンクスは言葉を呑み込む。

「ステンシアさん! シャンクスが!」
「ん? どうしたのバギー。赤髪の坊やと何か、」
「――おれは、坊やじゃねえ」

 キッと睨みつける少年にからりと笑った男は「そうか、ごめんね」とあっさり詫びると、シャンクスの視界に入る位置にバスケットを掲げた。

「ロジャー船長とレイリーさんにも声をかけたけど、二人も一緒にお茶しない?」

 ステンシアの姿を確認したバギーが途端にパッと表情を輝かせ、親鳥に擦り寄る雛の如く駆け寄ったことが不満ならば、あの男の善人の皮を被ったような笑顔も気に入らない。

「茶だ? 海賊船の上の飲み物は酒だろ」
「きみの口から酒と出でくると何だかちぐはぐな感じがするね。それは別としてお菓子はつまみにはならないと思うのだけれど。坊やが言うなら用意しようか」
「だから! おれは!」

 謝罪が至極軽かったのはこのためか。何も聞いていないじゃないか。シャンクスは眉間に皺を寄せた。いつも何かしら言い合いになるバギーの声は何故か入ってこない。

 自分はこんなにも怒っているのに、へらへら笑う男への不満は尽きることがないし、ロジャー船長はきっとこの男のこういうところを面白がって乗せたのだろう。

「まあね、シャンクスくん。そうかりかりしないでお茶にしよう。食堂で待ってるよ」

 ぽすぽすと赤色の頭髪を撫でたステンシアは笑い、踵を返してどすりと衝撃によろめいた。簡素な謝罪を述べたのは船長であるロジャーで、よろめいた男を支えるでもなくひょいと小脇に抱えた彼は大きく笑い声を上げる。

「ニューゲートが近くにいるらしい! 甲板で茶会≠ノするぞ!」
「あら、素敵。そういうことだから、きみも一緒にお茶会にしよう」

 からから、けらけらと何が楽しいのか笑いあう黒髪の男二人にシャンクスはむっと口を引き結んだ。


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